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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「ありがとう、そして、さよなら」

※シンクレール視点の三人称です。

 王立騎士団、元ナンバー2。嵐のシフォン。勇者ニコルの道のりを支えたひとりであり、ゆえに王都最大の裏切り者とされている。


 そして今や、彼女の裏切りは人間ばかりではなくなった。共闘者であるはずの血族さえ血祭りに上げたのだ。なぜそんな真似をしたのかはシャンティにもリクにも分からないようだった。夜の訪れを待つなかで、シンクレールは二人にシフォンのことをたずねてみたのだが、予兆の片鱗(へんりん)さえ見えなかったらしい。


 数百メートル先から真っ直ぐに歩んでくる少女を見据(みす)えて、シンクレールは『僕も同じだ』と内心で痛感した。シフォンの一切が分からない。感情や論理がなにひとつ見通せない。彼女が人間を裏切った理由がどこにあるのかも、皆目(かいもく)見当がつかなかった。


 勇者一行の顔がひとつずつ、シンクレールの脳裏に浮かぶ。


 テレジアは魔物に同情的だった。彼らのための聖域を作り、自ら守り手となった聖女である。


 ルイーザは一見享楽的(きょうらくてき)で、魔物にも血族にもこだわっている様子はなかった。ただ、彼女は自分の願いを――魔術を捨てるという願いを――実現するためにニコルと魔王を使い、そして見事に魔力の一切を失ったのだとシンクレールは推察(すいさつ)している。あくまでも自己実現のために、魔王の側に立つ必要があった。


 スヴェルは魔王城で死んでおり、以後の肉体は傀儡(かいらい)でしかなく、したがって動機など持ち得ない。


 ゾラはそもそも獣人であり、人間を憎んでいた。ゆえに、グレキランスを滅ぼそうとするニコルに反対する理由がない。


 あとひとり、シンクレールのよく知らない人物であるジーザスも、ヨハンの兄だと聞いている。つまり血族だ。はじめから人間サイドに立っていない。


 こう並べると、シフォンだけがまったくの空虚に思える。顔に浮かべた無表情と同じく、動機やら理由やら建前といったものが欠片も見えない。ニコルとの繋がりがそれだけ濃いのかとも空想出来るが、現実的ではない。なにより、シンクレールはただの一度も彼女が人間らしい感情を見せたところを知らないのだ。


 スヴェルと同じく、抜け殻なのかもしれない。そう考えるべきだと、シンクレールは自分に()いた。


 相手は人形だ。災害を()き散らす、破壊すべき人形だ。


 シフォンが歩むごとに、心臓の鼓動が強く速くなっていくのを感じた。ひどく落ち着かない気分になっている理由は、きっと死への恐怖ばかりではない。


「リク。剣を貸して。刃こぼれがないか見てあげるから」


「いえ、大丈夫です。お気遣い感謝いたします」


「あのさ、親切心で言ってるわけじゃないから。もし私の回収が遅れたときには、リクが戦うことになるわけでしょ? 道具が万全か確認するのは私のためでもあるわけ。分かったら早く見せて」


「……分かりました」


 少しばかり気落ちした様子で武器を手渡すリクを、シンクレールは横目で見た。刀の銀色が月光を反射する。シャンティの手に渡ったそれは、刃こぼれひとつない見事な刀身だった。


「シャンティ。そろそろ魔物を――」


「分かってるってば。シンクレールくんはせっかちさんだね」


 シフォンは現時点ではまだ、魔物からは敵として認識されていない。血族の隊列に加わっていたときと同じく、攻撃対象にはなっていないのだ。魔王が貸与(たいよ)した魔物を除く、天然の魔物はその限りではないが。


 魔物をけしかけたところで不意打ちにならないことは、作戦を立案した当初から分かっている。シャンティが地上に姿を見せた時点で、全魔物に号令をかけるシナリオは容易に想像出来る。だから魔物による襲撃は物量に任せたストレートな攻撃でしかない。シフォンからどれだけ多くの時間と体力を奪えるか。その身にどれだけの傷をつけられるかがカギになる。いかに強大であろうとも、簡単には全滅させられない数と質が、この岩場には揃っていた。特に、たった一体とはいえキュクロプスの存在は大きい。二十メートルを優に越す巨大な魔物が相手では、さすがのシフォンも手を焼くはずである。


「ふ」と、ひとまとまりの吐息がシャンティの口から漏れた。直後、彼女は手にした刀で優雅に半月の軌跡を(えが)き、水平に腕を伸ばした状態で静止した。切っ先はシフォンの方角に向いている。


「魔物ども!!」


 凛と張り詰めた声には、部隊の将に相応(ふさわ)しい芯があった。


「シフォンは逆賊だ!! 骨も残さず食い殺せ!!!」


 周囲の魔物たちが一斉に少女へと顔を向ける。(ほとばし)った殺気にシンクレールは思わず身震いした。魔物の総数は不明だが、千はくだらないだろう。地上を行くグールやキマイラ、遠距離攻撃が可能なタキシム、空中からの襲撃を得意とするハルピュイア……バリエーションも豊富である。いかに強力な魔物であっても簡単に斬り伏せてきたシフォンでも、この数と種類の魔物を相手にしたことはないはずだ。


 もしかすると、魔物の大軍勢だけでシフォンを撃破出来るかもしれない。そう思えてしまう光景がシンクレールの眼前に広がっていた。殺意を(みなぎ)らせて少女へと行進する魔物たちは、先ほどまでの待機状態とは比べものにならないほどおぞましい迫力がある。


 自分の両手が小刻みに震えているのを自覚し、下唇を強く噛んだ。


 なにがなんでも勝つというのは、こういうことなんだ。正々堂々、身綺麗でいられるほど甘い世界じゃない。使えるものはなんでも使ってでも勝たなければ、未来が丸ごと失われてしまう。前線基地の全勢力を滅ぼすだけの猛者(もさ)は、どう(ひか)えめに見積もってもグレキランスの勝利を(かげ)らす存在だ。(いさぎよ)く、手段を選んでどうにかなる相手ではない。


 それでも、どうして呼吸が乱れてしまうのだろう。


 必要な残酷さを積極的に引き受けると決めたから、自分はハンジェンを殺したんじゃなかったのか?


 どうしてシフォンが別だと言える?


 なぜここ一番で、余計なことばかり考えてしまう?


 シンクレールの脳裏には()る光景が浮かんでいて、そこに自問が雪崩れ込んでいた。


 いつかキュラスで目にした光景。


 ロジェールの気球から見下ろす、(いただき)の街。ヨハンの、骨と皮ばかりの腕が宙を()で、その手から小瓶が放物線を(えが)く。瓶は地上で(はじ)け、魔物たちが姿を現す。テレジア攻略のために魔物を動員したヨハンに、怒声(どせい)を張り上げた女性がいた。正義を信じて聖女を殺したその人は今、感情を失っている。表情はあれど、心は()なのだと言っていた。


「大丈夫か、シンクレール」


 肩を叩かれ、シンクレールは我に返った。


「……大丈夫。なんの問題もないよ、リク」


「ならいいが……」


 今すべきことは追憶ではない。現実の認識だ。


 シンクレールは拳を握り、頬の内側を噛んだ。


 仮に自分が考え尽くしていないまま戦場に立っていたとしても、今さら考え不足を取り戻せるわけじゃない。なにもかも動き出してるんだ。時間は一秒だって待ってくれないのだから、自分自身の歩みを現実の時空間に一致させなければならない。


 シフォンと魔物の先陣が接触しようとしているのが見えた。少女の右手には針のごとく細い剣。彼女の歩みは一切乱れることなく――。


 魔物の(うな)り声が絶叫に、肉体が靄へと変わった。


「リク」シンクレールは気を取り直し、共闘者へと視線を移した。「僕たちも前線に行くぞ。魔物に(まぎ)れて攻撃する」


 リクは一切迷うことなく(うなず)き、シャンティへと踏み出した。「シャンティ様。おれの刀を――」


 彼女は微笑していた。先ほど魔物に呼びかけた戦士(ぜん)とした威容(いよう)はどこにもない。


「キュクロプス」


 それは(ささや)くような小声だったが、魔物たちの唸り声に()き消されることなく、静けさを(たも)ったままシンクレールの耳に届いた。


「二人を捕獲して、グレキランス城まで走りなさい。絶対に殺しちゃ駄目だからね」


 耳を疑った。


 そんなプラン、どこにもない。


「シャンティ様、なにを言って――」


 呆気(あっけ)に取られるシンクレールの身体が、野太い手に捕らわれた。もう片方の手に、リクの身体ががっちりと捕まえられる瞬間が目に映る。


「じゃあね、シンクレールくん。リク」


 ありがとう。さよなら。


 シンクレールにはそう聴こえたような気がしたが、疾駆を開始したキュクロプスによる猛烈な風音に、ほとんどが掻き消されてしまった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は記憶と魔力を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』詳しくは『第二章 第六話「魔女の館」』参照


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。『夜会卿』に仕えている。『黒の血族』と人間のハーフ


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『タキシム』→人型の魔物。全身が黒い靄に覆われている。指先から高速の呪力球を放つ。警戒心の強い魔物で、なかなか隙を見せない。詳しくは『341.「忘れる覚悟」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。リリーを裏切り『緋色の月』に協力したが、シンクレールに討たれた。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『キュラス』→山頂の街。牧歌的。魔物に滅ぼされていない末端の街であるがゆえに、『フロントライン』と呼ばれる。勇者一行のひとり、テレジアの故郷。一度魔物に滅ぼされている


・『ロジェール』→キュラス付近の山岳地帯にひとりで住む青年。空を飛ぶことに憧れを抱き、気球を完成させた。テレジアの幼馴染であり、元々はキュラスの住民。『救世隊』の一員だった。詳しくは『298.「夢の浮力で」』『347.「収穫時」』『349.「生まれたての太陽の下に」』にて

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