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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「人魔共同戦線」

※シンクレール視点の三人称です。

 前線基地において、監視の用途(ようと)に適した高台は数か所ある。そのうちひとつは谷にかかるアーチ状の足場となっており、それぞれの端は幅広だが、中央部はひとひとりがギリギリ()れ違える程度に狭くなっている。滑落(かつらく)したなら命はない――とは言わないまでも、重症は(まぬか)れられない高さである。


 そんな天然の橋を視界の真ん中に収め、シンクレールは岩場に立っていた。数メートル右には谷底へ通じる崖がある。谷を流れる夜風が調子はずれな唄に聴こえた。


 月が、ちょうどアーチの真上にかかっていて、生白い光で地上に陰影を(えが)いている。


「本当に、みんな死んじゃったんだね」


 崖を覗き込みながら、シャンティが抑揚(よくよう)のない声で言った。月光に洗われた彼女の横顔には、薄い微笑が浮かんでいる。寂しそうでもあり、同時に、どこか満ち足りた気配もあった。おそらくは両方なのだろう。彼女はずっと罰を望んでいたのだから。


 彼女から一歩引いた位置に、左腕を失ったシルエットが(たたず)んでいる。シンクレールからは背中しか見えず、彼がどんな面持ちでシャンティを見つめているのか(さだ)かではないが、痛々しい表情は想像出来なかった。


 ――おれに出来ることなら、なんでも協力する。


 シンクレールが協力を申し出た際に、リクは一切迷うことなく即答したのである。シャンティの意向を確認しようとさえしなかった。ただ、続くシャンティの言葉には明らかな動揺を見せた。


 ――いいよ、シンクレールくん。いくらでも君の力になってあげる。と言っても、(おとり)になるくらいしか出来ないけど。


 ――シャンティ様! そのようなことを(おっしゃ)らないでください。従者であるおれが代わりに戦います。


 ――好きにすればいいよ。リク。あんたはあんたで自由にやればいい。私も好きにするだけだから。


 何往復かの押し問答はあったが、結局のところ二人とも納得して協力してくれることになったのである。もちろん、すべてのリスクを承知で。


 シンクレールは、捕虜(ほりょ)だから、本来は敵だから、血族だから、という理由で二人の動員を決めたわけではない。リクとシャンティ。どちらも必要だった。


 不意にリクが振り返り、シンクレールを見据(みす)えた。「抵抗はないのか?」


「君たちと共闘することに対してか?」


 リクはぐるりと周囲を見渡して、皮肉っぽく笑った。「この状況にだ」


 確かに、異様ではあった。月明かりの下の岩場は静寂とは程遠い。獰猛な(うな)り声が絶えず折り重なるように響いている。


 グールの爪とキマイラの牙が月光を(はじ)き、タキシムが闇に(まぎ)れ、ハルピュイアが夜空を飛び遊ぶ。それら全部を、キュクロプスのひとつ目が見下ろしている。


 大型魔物から小型魔物まで、膨大な数の魔物が周囲に広がっていた。連中は思い思いにうろうろしているが、シンクレールたちの周辺に(とど)まっている。そして、人間である彼を襲おうと牙を()こうとはしない。


「確かに、これまで想像したことはなかったよ。これだけの数の魔物と一緒に戦うだなんて」


 シンクレールはほんの少し、唇の端に笑みを(にじ)ませた。王都の騎士として魔物と戦っていた頃の自分が見たら、きっと卒倒するだろう。血族の手先になったのかと錯覚するに違いない。


 魔物を使うことを提案したのはほかならぬシンクレールだった。シャンティは魔王から預かった魔物を統率出来る。


 ――そうだね。ラガニアから連れてきた魔物たちは、私みたいにイブちゃんと契約した貴族にしか統率出来ない。直接契約を結んでないリクには、操る資格がない。


 ――契約?


 ――そう。戦争に参加します、っていう契約。


 シャンティが言うには、魔王の魔物は血族やその協力者を攻撃しないような制約が働いているわけではないらしい。魔王と契約した血族、言うなれば統率者のひと声によって、どんな命令でも遂行(すいこう)するというのだ。気に入らない血族を魔物たちに引き裂かせることだって出来る。


 ――もちろん、あいつだって標的に出来る。それを狙ってるんでしょ? シンクレールくんは。


 ――ご明察(めいさつ)


 シャンティの率いる魔物すべてをシフォンにぶつける。シンクレールの考えたなかでもっとも有効な対シフォン計画がそれだった。


 シャンティに求める役割は魔物への号令だけである。もし魔物たちが突破されれば、あとはリクとシンクレールの仕事だ。病み上がりで、自分の武器のほとんどを失った女性にこれ以上を要求するわけにはいかないし、そうする必要もない。


「臆病者はカリオンひとりだけだったな」


 いつの()にかシンクレールの隣にやってきたリクが、吐き捨てるように呟いた。


「僕はそう思わない。彼は大局が見えてるんだ」


 カリオンは今、前線基地内の地下空間で息を(ひそ)めていることだろう。リリーやクラナッハ、そしてエイミーとともに。


 ――俺は断固として反対だ。シフォンに立ち向かうだと? 確かに奴は敵であり、放置するのは悪手(あくしゅ)だ。しかし、闇雲に戦って命を散らすのは最悪だ。いいか、総隊長殿。この前線基地の状況は持ち帰るべき貴重な情報だ。エイミー殿の交信魔術を使えば伝達可能と考えているかもしれんが、そもそも交信が成功している保証もない。生身で情報を持ち帰る。そして(しか)るべき戦力でシフォンを撃滅する。今必要な判断はそれだ。猪突猛進ではない。


 すっかり冷静になったカリオンに対し、シンクレールはただただ感心するばかりだった。彼の言い分は利がある。前線基地のほぼすべての生命を消し去った少女を相手に戦うのが無謀であることぐらい、シンクレールも重々承知していた。勇者一行が例外なく難敵であることも身に染みて分かっている。シンクレールとしても、自分のなかの冷静な判断に(もと)づけば大規模拠点である王都か煙宿(けむりやど)まで撤退するのが適切だと思っていたのだ。それでもシフォンと相対(あいたい)すのにこだわるのは、少なからずエゴがある。


 ――逃げるのか、カリオン。


 そう言ったリクの表情は真剣そのもので、カリオンを(あざけ)っている様子は欠片もなかった。ただ、結果的にカリオンが首を縦に振ることはなかったのである。リクは明らかに失望したようだったが、シンクレールとしてはむしろ、カリオンの決断を尊重している。生き残る人数は多ければ多いほどいい。特に、絶望的な相手であれば。


「カリオンに比べて、あの少女は勇敢だ」


「リリーのことかい?」


「そうだ。お前を助けに戦場までやってきたのもそうだが、彼女は最後まで戦おうとしていた。確かに、高貴なる魂を持っている」


 リリーに聞かせてやりたいものだ、とシンクレールは内心で呟いた。そのためには生き残る必要があって、しかし、今は生存に手を伸ばすべきではない。自分と同じくリクも、死の覚悟を持ってここに立っているのだから。


 安全地帯である隠し部屋から出発する直前まで、リリーは自分も戦うと主張していた。それをなんとか、シンクレールとクラナッハで(なだ)めたのである。いささか骨が折れたが、彼女には戦闘以上に重要な役割があるのだ。カリオンとエイミーを王都までエスコートするのもそのひとつ。


 そしてもうひとつは、シンクレールではなくリクにとって重要なミッションとなる。


「シャンティ」


 まるで身投げ直前のように崖際に立つ簒奪卿(さんだつきょう)へと呼びかける。すると彼女はほんの少しだけ首をひねり、横目でシンクレールを見やった。


「なぁに?」


「約束を忘れないでくれ」


「分かってるよ、シンクレールくん。魔物が突破されたら、私はあのチビッ子に回収される。それで、髭もじゃのオジサンたちと一緒にグレキランス城までまっしぐら……そうでしょ?」


 リクはシャンティの生存にどこまでもこだわった。その結果がシャンティの離脱である。魔物というリソースを消費し尽くしてしまったら、もはや抵抗の力はない。撤退してもらっても戦力としてはなんの問題もなかった。リリーたちに対して危害を加える懸念はどうしても(ぬぐ)えないが、丸腰のシャンティであればリリーのほうがよほど強いはずである。『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』でいくらでも隔離可能だ。


 そうした現実的な可能性は勘案(かんあん)しつつも、シンクレールの見る限り、シャンティに抵抗の意志は見えなかった。もはや全部が終わってしまったのだとでも言いたげな、満ち足りた雰囲気がある。


「お出ましだ」


 リクが呟くのと同時に、シャンティも、シンクレールも、同じ方角に視線を向けた。


 数百メートル先――北東の岩場に、月光を浴びた銀の人影があった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『タキシム』→人型の魔物。全身が黒い靄に覆われている。指先から高速の呪力球を放つ。警戒心の強い魔物で、なかなか隙を見せない。詳しくは『341.「忘れる覚悟」』にて


・『ハルピュイア』→半人半鳥の魔物。狡猾。詳しくは『43.「無感情の面影」』にて


・『キュクロプス』→巨人の魔物。『51.「災厄の巨人」』に登場


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『イブ』→魔王の名。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果としての行動。可哀想な人の味方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『煙宿(けむりやど)』→王都の北に広がる湿原の一角に存在する宿場町。ならず者の理想郷とされ、出自を問わず暮らすことが出来る。要人や富裕層の住む『不夜城』と、一般的なならず者の住む『ほろ酔い桟橋』に区分されている


・『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』→周囲の無機物を操作する呪術。リリーが使用。初出は『618.「大人物の愛娘」』

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