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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「天罰への喜び」

※シンクレール視点の三人称です。

 シャンティは決して嗚咽(おえつ)することなく、項垂(うなだ)れもせず、ただただシンクレールへと視線を固定したまま涙を流し続けた。


 彼女がこれまで見せていた高慢さとのギャップにシンクレールは少しばかり戸惑いを感じていたが、不思議と拒否感はなかった。シャンティにはシャンティなりの感情と、それを喚起(かんき)するだけの過去を持っているということだろう。それで非道な行いが帳消しにはならないにせよ。


「バチ……ですか?」


 檻のなかのリクが唇を震わす。が、シャンティはなにも聴こえなかったかのように無反応を貫いていた。彼女の(あご)を伝って落ちる雫のリズムも、まったくと言っていいほど乱れない。


 シャンティはこの前線基地において、自軍の勢力をほぼすべて失った。ラガニアに退避するのも、たった二人では困難だろう。仮に戦線離脱が成功し、帰郷が叶ったとして、多くの貴族から厄介者扱いされている彼女が無事に余生を送れるかは怪しいものだ。私刑(リンチ)()うとみるのが自然である。いかに強力な能力を持っていても退けられない相手はいるものだ。シフォンのように。


 そんな末路を()して、これまでの悪逆非道の数々に下った罰だと言ったのだろう。しかしシンクレールの目には、シャンティは哀しそうにも、悔しそうにも見えなかった。彼女の安堵(あんど)した表情に添えられた涙は、諦めではなく喜びを意味しているように感じたのである。


「シャンティ。君は、ずっと裁かれるのを待ってたのか」気付くとシンクレールは、涙する血族に呼びかけていた。「悪者の自分に天罰が下れば、これまで自分が痛めつけてきた人たちみんなが救われるんじゃないかって……。いや、違うな。間違ってる自分が裁かれることで、正しい考えとか、正しい行いとか、そういうものの正当性を証明したかったんじゃないか?」


 信じたいがために、(かえ)って誤った行為をする。その(むく)いを受けることで、信仰の正しさを実感したかったのではないか。彼女の故郷は信仰に(あつ)かったと聞いている。その土地の信仰を確信することが出来ず、けれど捨て去ることも出来ず、間違いを重ねることで逆説的に証明を試みていたのではないだろうか。いつか自分がすべてを失うときが来るとすれば、信仰の正しさを心から信じることが出来る。正しさを抱えて死んでいった人々も含めて肯定出来る。リクが『美しき魂』と言っていたように、彼女もそうした善的な存在に強く期待していたのかもしれない。ただ彼女の場合、逆行というアプローチを選んだというだけのことで。


 もちろんこれは世迷言(よまいごと)だ。前線基地で起きた出来事は彼女の言うような天罰ではない。シフォンという予測不可能な強者によってなされた惨殺劇(ざんさつげき)に過ぎない。あの少女がシャンティのバックボーンを加味して行為に(およ)んだわけがないのだから。そして、全知全能の霊的ななにかがこの世の悲劇を都合よく配分し、悪には罰を、善には祝福をキッチリ与えているという世界観を信じる気にもなれない。


 シャンティは、シンクレールにも返事をしなかった。ただただ満足気に落涙するばかりだった。


 どうしてかリクも片腕で目元を押さえ、肩を震わせている。


 リリーもクラナッハも、そしてカリオンもエイミーも呆気(あっけ)に取られ、なにがなにやら分かっていないだろう。シンクレールもまた、彼らのすべてを理解などしていない。二人には二人の過去があって、もちろんそれらは密に繋がっているわけでもない。ただ、今このとき、二人の血族はほとんど同じなにかを獲得したような、そんな気がシンクレールにはした。


 十分以上、二人は泣き続けていた。先に落ち着きを取り戻したのはシャンティのほうで、彼女は細く長く吐息すると、やや疲れた面持ちでシンクレールに微笑みかけた。


「もうスライムちゃんの在庫はないよ。正真正銘、あれが最後。だからもう私にはなんの抵抗も出来ない」


「……アシッド・スライムとかいうのは嘘だったんだな」


「そう。そんなスライムは存在しないよ」


 大した演技だ、とシンクレールは純粋に感心してしまった。あのときの彼女の表情には完璧な余裕があったことを思い返す。リクから状況を知らされて、最後のリソースを投げ打ったのも、天罰とやらへの無抵抗の表明なのかもしれない。そのあたりの心情は明瞭(めいりょう)ではないが、今の彼女が無力な存在であることはすんなりと信じることが出来た。


「よし! なら貴様は捕虜(ほりょ)になることを認めて大人しくするのだな?」


 シンクレールの背後で威勢のいい声が(はじ)ける。カリオンだ。


「好きにすればいいよ」


「よろしい。なら、話は早いな。そこの血族の小娘の力でさっさと戦果を持ち帰るぞ」


 またしても『小娘』呼ばわりに腹を立てたのか、リリーが「ワタクシは小娘じゃなくってよ!? いいわ! 貴方は特別に生き埋めにして置いてけぼりにしてあげる!」と不穏当極まりない宣言をした。


「そんなことは許さん! いいか小娘! 貴様が人間の味方だというのなら俺に危害を加えるなど――」


「お生憎(あいにく)様。ワタクシは人間の味方じゃなくて、シンクレールとクロエの味方よ。だから筋肉ダルマがどうなっても、ちっっっっとも心が痛まないわ」


「リリー。生き埋めにしたら死んじまうんじゃねえか?」


「確かに……クラナッハの言う通りね……。さすがに死んじゃうのは心が痛いわ。ならこうしましょう。街と街のちょうど中間にポイする。名付けて『半日くらいテクテクの刑』よ!」


 ――などと騒がしいやり取りが続くなか、シンクレールはじっと鉄格子を見つめていた。(いな)、考え続けていた。


 カリオンの案は適切である。速やかにここから離れるべきだろう。シャンティとリクを『戦果』と呼ぶ気にはなれないが、放置するわけにもいかない。彼らの身柄に危険が及ばないように(かくま)う必要がある。となると、王都の地下牢が妥当(だとう)だ。


「カリオン隊長」鉄格子に映ったシンクレールの姿は、楕円形に歪んでいる。「前線基地の役割はなんですか?」


「ふん。そんなもの、敵の一番槍の撃破ないし足止めだ。命尽きるまでこの地で戦うことで、我々は真価を発揮する。前線基地に配備された兵士のすべてが(きも)(めい)じている」


 グレキランスの平和を守るため、命を捧げる。捧げた命が勝利に繋がる。それが前線基地の意義であり、配備された兵士が暗黙裡(あんもくり)に合意した運命だ。そして実際、ほとんどの命がここで散ったと言える。


「それを分かってるなら」シンクレールは振り返り、カリオンと視線を合わせた。「すべきことはひとつです」


「総隊長殿。まさかとは思うが――」


 この地には、まだ敵がいる。


「シフォンを討つんです。どんな手段を使っても」


「勝てる見込みは――」


「死は敗北を意味しない。そうでしょう?」


 シャンティとの決闘の直後、闖入者(ちんにゅうしゃ)であるカリオンが放ったその言葉を、シンクレールは皮肉でもなんでもなく、その通りの意味で口にした。命ある限り戦い続ければ、たとえ死んだとしても、大局的な勝利に繋がっていく。否、そうやってしか繋がらないほど人間の勝利の糸は細い。今ここでシフォンから逃げるのは、勝利を自ら手放すことを意味するのではないかと、シンクレールは(なか)ば本気で考えていた。


 ぽかんと口を開けて目を見開いたカリオンに背を向け、シンクレールは檻の(じょう)に手をかける。錠はみるみるうちに霜に(おお)われ、やがて金属音とともに砕け、地に落ちた。


 鉄格子を(ひら)くと、リクとシャンティ、二人分の視線がシンクレールに(そそ)がれた。


「手を貸してくれないか。シフォンを倒すために」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果としての行動。可哀想な人の味方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『スライム』→無害な魔物。詳しくは『10.「使命と責任 ~スライムゼリーを添えて~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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