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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「危機の途上で」

※シンクレール視点の三人称です。

 シンクレールは檻の前に立っていた。小部屋の光源はランプひとつで、それは今、カリオンのそばにある。したがって檻の内部にはシンクレールの影が薄く大きく伸びていた。シャンティは影のなかで眠り続けている。その横で、リクの身体はちょうどシンクレールの影とランプの光を半々に受けていた。


「以上が、事の顛末(てんまつ)だ」リクはそう(むす)んでから、すぐに首を横に振った。「いや、顛末と呼ぶのは相応(ふさわ)しくないな。おれたちは誰もが、まだ中途半端な道のりの上にいる。どんな結末が待ち受けてるかは誰にも分からないだろう」


 リクが語った内容は、言うまでもなくシンクレールに混乱と不安をもたらした。


 シフォンによる裏切りと惨殺(ざんさつ)。その刃は、前線基地の敵味方問わず対象となっている。寒気を覚えるに足る情報だった。


 いまだに昏睡(こんすい)しているシャンティを見下ろし、シンクレールはそっと檻に触れた。彼女もまた、シフォンに敗北したのである。自分がどうあがいても勝利を掴めなかった強者が、深手を()って倒れている事実はとんでもなく重い。シフォンは勇者一行のひとりである上、騎士団の元ナンバー2なのだから猛者(もさ)には違いないだろう――とはシンクレールも思っていた。ただ、あくまでも漠然(ばくぜん)とした印象に過ぎない。自分を軽々と蹂躙(じゅうりん)したシャンティにさえ勝利を収めたシフォン。その事実が、少女の強さに生々しい彩りを添えたのである。


 包帯に包まれた人さし指を格子(こうし)に押し付けると、肉の奥のほうで小さな痛みが(にじ)んだ。十指(じっし)を焼かれている最中の痛みを、シンクレールは正確に思い出せない。もう二度と味わいたくない拷問だったという印象ばかりが強く、思い出そうとすればするほど身体の末端が無意識に震えた。


 ――シャンティでも勝てなかった。


 決して口に出すことはなく、内心で言葉を噛みしめる。充分絶望に足る情報だったが、しかし、心のなかで呟いてみたことによって、シンクレールはさして自分がショックを受けていないことにも気付いた。リクが淡々と語った内容のうち、重大なのはシャンティの敗北と前線基地内外の人間および血族の惨殺だったが、それ以外の物事のほうにこそ目を向けたい思いになっていた。現実逃避かもしれないが、常に最重要事項にだけ思考や感情を働かせる者が現実を正視(せいし)しているわけでもない。


「シャンティは君の姉だったんだな」


 言って、シンクレールは自然と微笑んでいる自分に気が付いた。自分たちの置かれた状況に対して、なんて場違いな言葉と表情なんだろうと思う。けれど、悪い気分ではなかった。


「あえて言う必要はないから黙っていただけだ。敵に伝えるべき情報ではない」


 シャンティを一瞥(いちべつ)したリクの横顔に、シンクレールは複雑な感情を見出した。苦しさと愛おしさが同居した、どこか寂しげで満足な顔だった。


 カリオンがシャンティとリクを救った理由がそれであればいい。が、カリオンはそれについて、ただただ『捕虜(ほりょ)として有効利用するためだ』としか言わなかった。真実は分からない。単に衝動的に救ったという見方も出来るし、万が一シフォンにこの場所が見つかったとき、二人の捕虜を(おとり)にして逃げ出すつもりだったという推測も可能である。なにしろリクが語ったところによると、王都から支給された武器には洗脳魔術が(ほどこ)されており、カリオンも一時的にその状態だったが、今は剣を失ったことによって当初の感情を取り戻しているとのことである。シャンティとの一度目の決闘後に現れたカリオンはただひたすらに血族への憎悪に駆られ、冷静さを失っていたわけだ。今は本来の思考と行動が可能であり、したがって計算づくの決断も可能だろう。といっても、シンクレールはカリオンのもともとの性格についてよく知らなかった。王都の監獄長をしていたストイックな大男、というざっくりした情報くらいしか押さえていない。たとえ洗脳されていたとはいえ、自分に怒声(どせい)を浴びせた勇猛な姿が真の彼なのではないかと思ってしまう自分を止められなかった。


「そこの血族の娘は地面に穴を開けられるのだろう?」


「『血族の娘』ですって!? 信じられない! ワタクシは『高貴なる――」


 ひと悶着(もんちゃく)起こる前に、とシンクレールは振り返って口を挟んだ。「リリーの力はそんなものじゃないよ、カリオン隊長。彼女は地中を自由に移動出来る」


「そうよ」とリリーは得意げに口角を上げる。「その気になれば、貴方みたいな筋肉ダルマは岩に挟んでぺしゃんこなんだから」


 カリオンは一度だけ眉をぴくりと動かしたが、落ち着いた様子で口を開いた。


「ならば、全員ここから無事逃げられるな。地下を移動して王都まで帰還出来る。エイミー殿の報告もそのときすればいい」


「……エイミーの報告?」


 シンクレールは心持ち首を(かし)げ、(すみ)っこの女性に目をやった。彼女はサッと目を伏せ、ひどく都合の悪そうな曖昧(あいまい)な笑みを口の端に浮かべた。


「あ、あのですね」か細い声が、エイミーの喉から途切れがちに(あふ)れる。「周りに物があると、その、上手く交信が、出来なくて、ですね……」


「エイミー殿は総隊長が決闘で敗北してすぐ、この隠し部屋に(こも)ったのだ」


 カリオンが平然と言い放った瞬間、エイミーは顔を上げて大きく息を吸った。顔には汗の玉が浮いている。「でも、簒奪卿(さんだつきょう)のことはちゃんと他の拠点に伝えましたし、え、っと……シンクレールさんが、その、負けたことも……伝えました」


 おそらく、それが最後の交信だったのだろう。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の危険性も、王都から支給された剣に洗脳が(ほどこ)されていることも、そして前線基地の現況もまた、ほかの拠点には伝わっていないことになる。


 前線基地崩壊についてはまだしも、白銀猟兵(ホワイトゴーレム)と剣については早急に連携する必要があるだろう。


 急務には違いないが、リリーの能力で前線基地から離れてからでも遅くはない。そんなカリオンの言い分もまた、シンクレールにとって理解出来るものだった。なにより、地上に出てからエイミーの交信が完了するまで、シフォンの目を逃れられるだろうかという不安もある。先ほど高台で前線基地の状況を確認したときのことを、シンクレールは思い出した。地上に出てから少女が現れるまで、ものの数分程度。偶然かもしれないが、感知したと考えるほうが彼にとっては自然だった。遠方からでも魔力を知覚する力が備わっている者はいる。遮蔽物(しゃへいぶつ)があっても魔力を読める者もいるが、この隠し部屋がシフォンによる侵攻を受けていない以上、彼女の感知能力は(ひら)かれた空間で作用するものと考えられる。


「谷底に出て素早く交信することは出来るかい?」


 シンクレールの問いに、エイミーはかぶりを振った。


「交信魔術は色々種類がありますけど、私に扱える遠距離の交信は……たとえるならボールみたいなものなんです。方角と強さを決めて交信を投げて、それを受信側の交信魔術師が上手くキャッチしてくれれば届きます。もちろん、近くにいる人たちへの交信はもっと簡単に出来ますけど、ほかの拠点となると……さすがに谷底からボールを投げても届かずに終わります……」


 となると、危険を(おか)して地上に出て交信するか、あるいはカリオンのアイデアを採用するか。


 どちらにせよ、ひとつ問題が残る。


 シフォンをどうするかだ。交信魔術の成功後に王都へ逃げるにせよ、この脅威を放置していいのだろうか。


 この場において、指揮権を握っているのはシンクレールである。そして彼は、自分がどうすべきなのか、ほとんど決めていた。


 決断を口にすべく、リクのほうを振り返る。そのとき、シンクレールの瞳は(かす)かな動きを(とら)えた。横たわった女性――シャンティの右手が震えたのである。それは断続的に繰り返され、右手以外の部分にも生命の動きが伝播(でんぱ)した。


「シャンティ様!!」


 従者の叫びが反響する。その直後、シャンティの(まぶた)大儀(たいぎ)そうに開き、シンクレールと視線が交差した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて

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