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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「不器用な救世主」

※シンクレール視点の三人称です。

 リクと再会する数時間前まで、シンクレールは意識を喪失していた。睡眠ではなく、昏睡(こんすい)というほうが正しい。どろどろに粘ついた漆黒に、彼の意識は沈み込んでいた。


 昏睡の原因は過度な魔力消費による体力の消耗だが、引き金となったのはシャンティの拷問である。十指(じっし)に貼りついた灼熱のスライムが指先を徐々に焼き、焦がし、溶かすその痛みが、張り詰めた彼の意識を闇に沈めたのである。


 地面に(しょう)じた亀裂に彼が回収(・・)されたのは昏睡してからのことで、当然ながら、目が覚めてからの混乱は(いちじる)しいものだった。前線基地にいるはずのない相手が目の前で騒いでいるのだから、現実とは思えないのも無理からぬことであろう。


「このまま目覚めないんじゃねえか……?」


「なんて不吉なことを言うのかしら!? そんなひどいこと二度と言わないで頂戴!?」


「ご、ごめんよ。不安になっただけなんだ。オイラだって、シンクレールがこのままなんて嫌だよ……」


「なら信じなさいな! シンクレールは元気に起き上がる。復唱!」


「シ、シンクレールは元気に起き上がる……と、いいな」


「また不吉なことを……!」


「い、痛い痛い。叩かないでくれよ。……だってよお、もしそれが嘘になったら余計に傷付くだけじゃないか。オイラも、リリーも」


「はぁ……いいかしら? クラナッハ。信じるっていうのは、そんなビクビクブルブルしながらするものじゃなくってよ。胸を張って、堂々と信じるの」


 これが、シンクレールの意識の闇に届いた会話だった。続いて薄く開いた目に、ランプを挟んでやり取りをする血族の少女と、埃っぽい毛色の獣人が映った。


 ぼんやりした頭でも、記憶はするすると彼を刺激する。少女の名はリリーで、確か、夜会卿(やかいきょう)に父を殺されてグレキランスへと落ち延びた血族。獣人のほうは少女の従者を名乗る男で、クラナッハという名前だ。樹海で一緒に行動した記憶がある。


 どうして自分が二人のそばにいるのか、シンクレールはまるで理解出来なかった。二人とも樹海に(とど)まったはずで、今回の戦争に協力するという話は聞いていない。ましてや前線基地に配置されたのは人間だけである。


 橙色の光に照らされた岩肌は(なめ)らかで、天然自然の空間には見えなかった。声の響き方からして、小部屋と言って差し(つか)えない狭さである。一見すると洞窟の一角に思えるが、おおかたリリーが自身の能力――陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)――で作り出した一室だということは予測がつく。しかしどうしても二人がここにいるという理由が呑み込めず、シンクレールはつい『僕は死んだのか』と思ってしまった。だとしたら、二人も死んでしまったんだろうか。だとしたら、随分切ないな。そう感じ()った矢先のことである。リリーと目が合った。


「シンクレール!!」リリーはそう叫ぶや(いな)や、仰向けに横たわった彼の胸に飛び込んできた。「生きてた! 生きてるわよね!? まばたきしてるんですもの! 心臓だって……ほら! ちゃんと動いてるわ! ワタクシの祈りが通じたのよ!」


 肩をがくがくと揺さぶられ、視界が攪拌(かくはん)される。眩暈(めまい)からくる気分の悪さを感じて、そこでようやく彼はこの状況が(まぎ)れもなく現実なのだと把握した。


「リリー! もっと優しくしてやらねえと。怪我してるんだから」


「そ、そうね。オ、オホン。ごめんなさいね、シンクレール」


 じんじんと耳の奥で血管が脈打っている。視界の動乱が収まると、シンクレールは身を起こそうと拳を突いた。


 握った拳を開こうとしたのだが上手くいかず、痺れに似た痛みがある。それに、拳に伝わる感触も岩のそれではない。


 突いた左手に視線を落とすと、妙な物体があった。シンクレールの手首の先は拳よりもふた回り以上大きい球体になっていて、白と緑が混ざり合った(まだら)模様が表面に浮かんでいた。ぎょっとして右手のほうを見ると、そちらも同じ有り様である。


「ワタクシが手当てしたのよ!」とリリーが誇らしげに胸を張る。顔の両側に下がった金色の巻き髪が揺れ、ランプの光を反射して豪奢(ごうしゃ)(きら)めいた。「感謝してもよくってよ?」


「ごめんな、シンクレール。リリーが自分で手当てするって聞かなかったんだ。包帯のなかは全部薬草だから、心配しなくていいけど」


 そう補足したクラナッハは、すぐさまリリーに(にら)まれて身を(すく)めた。


 パッと見る限り異様な物体だが、正体が分かればなんてことはない。稚拙(ちせつ)極まりないが治療の産物(さんぶつ)というわけだ。


 ありがとう、と言ったシンクレールの声はひどく(かす)れていて、二、三度空咳(からぜき)をしてからもう一度言い直した。「あ、ありがとう」


「どういたしましてぇ」


 紫の肌の少女がにっこりと笑った。それを見ているとなんだか気が(ゆる)んだが、この状況に対する違和感が消えることはない。


「え、っと……どうして僕が二人と一緒にいるのか、教えてくれないかな」




 リリーが得意気に語ったところによると、二人は戦争に参加する獣人たちの隊列にこっそり(まぎ)れ込んだらしい。その理由は彼女の(げん)によると『クロエとシンクレールをピンチから救い出すため』である。グレキランス地方と獣人たちの住む樹海との中間地点にある山で、見知らぬ獣人からシンクレールの居場所を聞いてから、真っ直ぐ前線基地まで進んだという。もちろん人目につかぬよう『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用して。


「前線基地が近くなって地上に出てみたら、びっくりしたわ。大勢の血族が遠くでワラワラ! それから高いところからじっくり全体を確認したら、大ピンチのシンクレールを発見したの」


 地面でのたうち回るシンクレールを救うべく、『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』で作り出した亀裂から手を伸ばし、彼を地中に引っ張り込んだという流れらしい。そしてそのまま前線基地の地下で、彼が目覚めるのをじっと待っていたという。


「シンクレールを掴んだのはオイラだけどな。……しっかし、おっかなかったよ。正直、生きた心地がしなかった」


 クラナッハはそのときのことを思い出したのか、身を震わせ、苦々しく首を横に振った。


「ワタクシも」意気揚々(ようよう)と語る様子から一転し、リリーもぽつりと呟く。「ほんのちょっぴり怖かった。なにせ、相手は悪名高い『簒奪卿(さんだつきょう)』なんですもの。地面のなかにいたって安全とは言えないわ……」


 でも、と彼女は顔を上げ、真っ直ぐにシンクレールを見た。


怖気(おじけ)づいたらここまで来た意味がないわ。ピンチから救うために来たんですもの、怖い目に()うくらい想定内でしてよ」


 そう言って、リリーはぎゅっと目をつむった。すぐに(まぶた)は開いたが、まばたきにしては長く、そして力が(こも)っていた。


 そんな彼女を見ているうちに、シンクレールは落ち着いた気分になっていった。自分のために身体を張って助けに来てくれる相手がいることが、なにより大きな救いだと思えた。


「ありがとう、二人とも」


 シンクレールは、リリーの頭上に手を伸ばした。あまり意識せず、腕が自然と動いていた。そして球状になった拳で彼女の頭を()でる。


 不快だったりしないだろうか、と少し不安を感じた。年頃の女の子だし、血族と人間の違いがあるにせよ、こうやって異性にべたべた触られるのは嫌なんじゃないか。


 シンクレールは手の動きを()めかけたが、リリーの表情の変化を見て、動きを再開した。


 ほどけるような、ゆるみきった笑みがそこにあったのである。そしてなぜか、クラナッハも照れ臭そうに笑っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『スライム』→無害な魔物。詳しくは『10.「使命と責任 ~スライムゼリーを添えて~」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果としての行動。可哀想な人の味方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』→周囲の無機物を操作する呪術。リリーが使用。初出は『618.「大人物の愛娘」』

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