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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「命よりも大切な」

※リク視点の三人称です。

「専門外だなんて、謙遜(けんそん)が過ぎる」


 包帯にすっぽり包まれた左腕を見つめて、リクはしみじみと呟いた。腐敗した肉を切除してから患部を縫合し、軟膏(なんこう)を塗り込んでから包帯を巻く――それがどれほど難しい処置であるかは、治療術に詳しくないリクにもなんとなくは分かった。こうした技術の習得にかかる時間と労力も決して少なくないだろう。


「わたしの本分(ほんぶん)は交信魔術ですから、ほかのことがどれだけ上手く出来たって素人なんです」とエイミーは謙遜してみせた。施術(せじゅつ)に使った道具類を片づける彼女は、どう反応していいのか分からず戸惑(とまど)っている雰囲気である。だからだろう、誤魔化すようにリクへと水を向けた。「腕を縫ってる間も全然気絶しなかった貴方のほうが、よっぽどすごいです」


 それは麻痺魔術(レームング)の効能だろう、と言おうとしてリクは口をつぐんだ。治療中は確かに、少なくない痛みに襲われた。カリオンに患部を切断された瞬間が一番強烈だったが、縫われている最中には文字通り皮下を(おか)す細かくて鋭い痛みの群れがあったのだ。ただ、耐え忍んだという自覚はない。シフォンとの戦闘以後、痛みは彼のそばにべっとりと寄り添い続け、(さいな)んできたのだ。もはや痛みに慣れてしまっていて、意識の断絶には(いた)らなかったというだけに過ぎない。そもそも、自分の身体を(むしば)む痛みの数々は勲章などではなく、掴み損なった勝利を味わわせる苦杯(くはい)とさえ言える。


 檻の向こうでは、カリオンが背を向けて敷布の上に横臥(おうが)していた。リクの腕を切断してすぐに、さっさと部屋の奥に退散したのである。彼の腕には、肉を切断した感触が生々しく記憶されていることだろう。それに対する嫌悪感が、広い背中に少なからぬ悪寒(おかん)(しょう)じさせているだろうことはリクにも(さっ)しがついた。岩場の上で血族たちを一心不乱に両断していった勇猛さを想うと、オブライエンの洗脳魔術の効果がいかに絶大だったことか。


「あの、聞いてもいいですか?」


 小声でたずねたエイミーに、リクは(うなず)きを返した。本来ならこのまま眠りに落ちて精神と肉体の恢復(かいふく)(はか)りたいところだったが、どうにも意識が()えてしまっている。疲労困憊(こんぱい)してはいても、睡眠が訪れてくれないと知っていた。その理由の大部分がシャンティにあることも自覚している。カリオンとエイミーは人間であり、当然ながら敵である。捕虜(ほりょ)の立場になった以上、彼らに従うほかないものの、いまだ目覚めないシャンティのそばでのうのうと眠りに()くなど出来そうになかった。二人が彼女に危害を加えるとまでは思っていなかったが、もし自分が寝ているとき、シャンティに動きがあったらと思うと気が気ではない。覚醒(かくせい)した彼女に状況を説明するのは自分であるべきだった。そしてなにより、もっと不幸な事態も考えられる。自分が寝こけているうちにシャンティの呼吸が止まったり、無意識の喀血(かっけつ)をしたり、なにかしらの処置が必要な異変が起こったとき、二人が敏感(びんかん)に察知してくれる保証がなかった。


 自分の恢復よりも、主人の体調を気遣(きづか)いたい。それが独善だとしても。


「貴方は、あの女性の家族……だったりするんですか?」


「は?」


 思わず漏れた一音だった。エイミーを見やる。彼女はリクの反応を前にして、びくりと身を縮こまらせた。


「すまない、(おび)えさせるつもりはなかった。意外なことを聞かれたものだから、つい……失礼を()びる」


「あ、いえ、ごめんなさい。わたしも変なことを聞いてしまって……。家族だったら必死になって助けるのが当たり前です、よね……」


 しおらしく目を伏せたエイミーを、リクはじっと見つめる。


 喉が上下し、温かな唾が喉奥を(くだ)っていった。


 リクとシャンティが姉弟であることを、カリオンは知っている。が、それをエイミーに知らせたとは思えない。なにせ彼女は、カリオンに連れられてやってきたリクが血族であることに心底驚き、恐怖していたのだから。


「あ、すみません、わたしまた変なことを言って――」


「家族に見えたか?」


 エイミーの瞳に反射する自分の顔を、リクはなんとはなしに眺めていた。我ながら切羽詰まった表情だ。


「は、はい……なんとなく、似てると思ったので……。血族が長命(ちょうめい)なのは知ってますから、もしかしたら親子かもしれませんけど、どちらかと言えば――」


 姉弟に見えました。たぶん、貴方が弟さんなのかな、って。


 エイミーの声が檻の内側を何度も反響するように、リクには思えた。が、実のところ自分の耳が、何度もそれを反芻(はんすう)しているに過ぎないのだろう。


 自分とシャンティが姉弟であると思った根拠を、根掘り葉掘り、長い時間をかけてでも問い詰めたかった。が、息が詰まり、喉が震え、まともな言葉になってくれそうになかったから、リクはただ黙しているほかなかった。岩壁に背を預け、目をつむる。そうしていないと、目から(あふ)れそうなものを止めることが出来なかった。


「そうか。そう見えたか」


 そんな短い呟きさえ、どこか震えを()びていた。


 胸の奥がじんわりと温かい。エイミーが自分とシャンティの関係性を正しく直観(ちょっかん)したとして、それでなにがどうなるわけでもないのだが、それでもリクは今この瞬間、(むく)われたと感じた。ここまでシャンティを運んできたことに対してなのか、戦争に参加したことに対してなのか、はたまた、正しく()ることを自分に課した日々すべてに対してなのか、あるいは彼女に拝跪(はいき)したことに対してなのか、自分でも分からない。ただただ、理由も分からず、報われたと感じたのである。


「そのひとは、おれの姉さんだ。命よりも大切な、たったひとりの家族だ」


 エイミーの「……そうだったんですね」というしみじみした声が耳に届き、自然と口角が上がった。この女性が今どんな顔をしているか、見ずとも分かる。顔いっぱいに(たた)えられた同情を、どうして彼女は敵に対して見せられるのだろうか。捕虜(ほりょ)になったとはいえ、殺し殺される関係だったというのに。


「きっとすぐに目を覚ましますよ」


 右手をそっと包み込む感触がある。薄目を開けると、ほっそりした女性の指先が自分の手を(おお)っていた。


「……少し、眠ってもいいか?」


「ええ、もちろん。お姉さんの様子はちゃんとわたしが()ておきますから」


 ありがとう、と返したつもりだったが、声になってくれたかは(さだ)かではない。張り詰めていた意識が急激に弛緩(しかん)して、すべての疲れが一致団結して自分を眠りへと導いているように感じた。


 やがて全身の感覚がぼんやりと()せていき、どうしてか、温かい水のなかを(ただよ)っているように錯覚した。水中はぼんやりした蜜色(みついろ)の光に満たされていて、あたりを見回しても自分に危害を加えそうなものはなにもない。


 その空間には、不安などひとつもなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『麻痺魔術(レームング)』→肉体に麻痺を施す魔術。通常はやや痺れる程度から、局所的に動きを奪うほど。無機物に施して罠に使うことも可能


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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