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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「共通の怯え」

※リク視点の三人称です。

 前線基地内には一部、隠し通路が(もう)けられている。一見しただけでは分からないように細工した入り口は、入るにもコツがいる。万が一の際に敵から身を隠して急場を(しの)げるように、あるいは敵の裏をかいて移動出来るように、といった目的のためだった。したがってそこには数日分の食料があり、同じようにカモフラージュの(ほどこ)されたいくつかの出口がある。隠し通路の使用は各部隊の隊長格の判断に(もと)づくため、その存在は一般の兵士には知られておらず、扉の開閉方法も隊長格でないと分からない。


「とはいえ、ほかの隊長が部下に漏らした可能性はあるからな。安全に休める場所まで移動する」


 洞窟内を歩きながら、カリオンはそう説明した。彼の手にしたランプの明かりが、窮屈な通路をぼんやりと心許(こころもと)なく照らしている。ランプは隠し通路に入ってすぐのところに置いてあったものだった。


 大男の後ろを歩きながら、リクはただひたすらに、カリオンの背負っているシャンティを見つめ続けた。右肩を負傷したことで、もはや主人を背負う力さえ失った自分を情けなく感じる。自らシャンティを背負えないという精神的な苦しみもまた、肉体の痛みと同様に耐え忍ぶほかないものだった。


 カリオンの言う『安全に休める場所』にたどり着くまで、リクは自分の意識が途切れずに続いてくれるかどうか自信が持てなかった。感覚という感覚がことごとく曖昧(あいまい)なのである。今こうして歩けているだけでも驚嘆(きょうたん)すべきことだった。そして歩く以上のことさえ、リクはしようとしている。


「感謝する」


 もつれる舌をなんとか制御し、リクは言った。


 カリオンがいなければ、リクとシャンティは兵士たちに殺されていただろう。狂気に支配された刃が飛び()い、二人分の血を大地に解放したのは間違いない。


「ふん」とカリオンは鼻を鳴らした。返った反応はそれだけで、歩調も変わらない。


「なぜ、助けたんだ……?」


 救われたのは事実である。ただ、救われるだけの理由がなかった。カリオンは敵であり、岩場にいたときにも、敵であるという意識は失っていない様子だったのだ。体躯(たいく)に似合わぬ臆病さを(さら)しはしたが、血族に(くみ)する態度は見せなかった。


「……お前が戦うのを見ていた」


 カリオンの呟きに、リクは自分の眉根(まゆね)が寄るのを感じた。


「おれとシフォンとの戦闘か?」


「ああ、そうだ」


 シフォンとリクとが対峙(たいじ)しているさなか、カリオンは意識を取り戻したらしい。それを聞いてリクは(おぼろ)げな記憶を探ってみたが、あの谷底での戦闘中にカリオンらしき影を見た覚えはない。


「死んだふりをしていたのだ」大男は正面を見据(みす)えて歩きながら、自嘲(じちょう)気味に漏らした。「下手に動けば殺されると思ったからな」


 それを聞いても、リクはさして驚きはしなかった。カリオンが臆病であることは知っている。それに、あの場面で起き上がったとして、はたしてどう行動するのが適切かなんて判断しようがなかったろう。シフォンは人間であり、血族を裏切ったわけだが、だからといって前線基地の兵士たちの味方ではないことは明らかである。彼女の刃は自然現象のごとくあっさりと、なんの心理的抵抗もなく兵士たちを切り刻んだのだ。その場面を見ていたなら、シフォンの味方をするという発想には(いた)らないだろう。かといって敵であるリクと組んで、シフォンに刃を向けるのもナンセンスである。自然の()()きに任せて死者に擬態(ぎたい)するのが、ある意味もっとも妥当(だとう)な選択肢ではあった。


「シフォンはおれたちを裏切ったが、お前の味方でもない。むしろ、あの場で一番の脅威だった」


 リクがそう返すと、カリオンの後頭部が短い(うなず)きに揺れた。「そうだ。あの女は人間にとって敵でしかない」


 リクは思わず歯噛みした。苦々しさが身体の下方から喉元近くまでせり上がってくる。その不快感には、自分自身のふがいなさも多量に含まれていた。


「ならばどうして、シフォンにとどめを刺そうとしなかった……! 覚醒(かくせい)した兵士たちはいずれもおれとシャンティ様を狙っていたはずだ。お前は標的にならない。だからこそお前だけは、シフォンを仕留めることが出来たはずだ」


 声を振り絞ってから、リクは自分がいかに無意味なことを喋っているかを思い知り、情けなさが増していくのを感じた。自分の選択を棚上げにしてカリオンを責めるのは間違っている。内省して唇を噛んでから、もしや、と(ひらめ)いた。もしや彼は、あのあとでシフォンを始末したのではないか。


 確かに、その可能性はあった。リクとシャンティが戦場を去ったあと、なにがどうなったのかは不明である。擂鉢状(すりばちじょう)(へこ)んだ薄暗がりの戦場で、カリオンが一大決心をしたのかもしれない。


 リクの頭に生まれた希望は、しかし、沈黙が継続するにつれ、みるみる(しぼ)んでいった。シャンティを背負う大男の背中が、ランプの光に(ふち)どられながら曖昧に揺れている。


 濃く長いため息がカリオンのほうから流れた。


「……恐ろしかった」野太い声が小刻みに震える。「あの女の命を奪う自分がどうしても想像出来なかった。それより、奴の首を絞めた瞬間に、あるいは岩かなにかを頭に振り下ろす瞬間に、あの女が目を覚まし、俺の全部が細切れになるほうが簡単にイメージ出来た」


 リクはなにか言葉を返そうとして口を開いたが、なにも言わずに閉じた。彼の臆病さを責める資格がどこにあるのだろう。今しも語られた恐怖は、まさにリク自身にも覚えがあった。一撃で仕留めなければ必ずや目を覚まし、こちらの命を細断する。リクとカリオンが(いだ)いた(おび)えはそう変わらない。


「シフォンを殺せなかった以上、俺たち前線基地の兵士たちも、お前ら血族どもも、(ひと)しく奴に殲滅(せんめつ)される。そうだろう?」


「……そのはずだ」


 リクの知る限り、前線基地にいる血族のなかにシャンティを(しの)ぐ実力者はいない。それはおそらく、人間の側も同じだろう。であるなら、覚醒したシフォンを討てる者などこの地にいないのだ。


「前線基地の隠し通路で嵐が過ぎ去るのを待つ。その後、俺は王都に帰還する。二人の捕虜(ほりょ)を土産にして」


 リクは息を呑み、カリオンの後頭部を(にら)んだ。が、たいして憎む気になれなかったのは、カリオンのこの行為がなければ自分もシャンティも死んでいた事実があるからだった。


「異論なかろう? お前たちは人間に負けたのだ。敗北の過程にシフォンという異分子はあれど、お前たちを最後に追い詰めたのは人間だ。俺はお前たちを殺すのではなく、捕虜として役立てる方針を選び取った。それのどこがおかしい? ……リク。もしお前が捕虜になりたくないと言うのなら、今すぐこの大女を殺す。そしてお前の四肢(しし)をもぎ、お前だけを戦利品として王都に運ぶ」


「……シャンティ様に手出しをしたら、許さん」


「なら、受け入れることだ。そして大女が目覚めたら状況を呑み込ませろ。自分たちは捕虜となって王都に入るのだから、なにひとつ抵抗しないと誓わせるのだ」


「……分かった。努力する」


「努力ではなく確約しろ」


 リクはカリオンの要求に対して、なんとも返事が出来なかった。彼にはシャンティを制御出来ない。ただ、カリオンにより生き永らえたという事実はある。


「最大限、お前の利益を優先する」


 そう答えることが限界だった。実際に、カリオンの言う通りにするつもりである。シャンティはこの地において、遠からずすべての兵力を失うだろう。毒色(どくいろ)原野(げんや)の毒霧の周期を考慮すれば、あと一ヶ月はラガニアに帰還するのも不可能である。シフォンが前線基地を去るのを待ってカリオンを殺し、どこかで一ヶ月身を(ひそ)めるという選択肢はあるが、敵地でたったふたり息を殺して生活することにリクは現実味を感じられなかった。捕虜となった先に待ち受ける運命がいかに悲惨なものであるかは判然(はんぜん)としないが、そのすべてを背負うのが正しいのだろう。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて


・『毒色(どくいろ)原野(げんや)』→人も血族も住まない荒廃した土地。グレキランスの人間は『中立地帯』と呼んでいる。夜会卿の統べる都市とキュラスとの中間に広がった荒野を指す。常に濃い靄に覆われており、毒霧が発生しているとの噂がある。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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