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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「薄闇に銀の影」

※リク視点の三人称です。

 人間と血族の意識はそう変わらない。もともとひとつの(しゅ)だったのが、望まぬ分岐(ぶんき)()げたのである。両者の差異は表面的なレベルに留まっているとさえ言える。皮膚や寿命、あるいは肉体の強度や生命維持能力、ないしは固有の異能があれど、脳の構造それ自体は共通している。ラガニアの悲劇を知る者のなかでも、比較的フェアに物事を見つめる血族にとって、それはありふれた考え方だった。有史以来最低の悪魔――オブライエンと同じルーツを持つという事実に心乱されない者には、自明(じめい)ですらある。


 リクもまた、そのひとりではあった。むろん、これまでまったくと言っていいほど人間と関係する機会がなかったからこそ得られた視座(しざ)なのだが。


 そんな彼が戦争に参加することになったのは言うまでもなくシャンティが理由である。彼女がニコルの誘いに乗った結果が今だ。


 彼女が標榜(ひょうぼう)したのは徹底的な侵略行為であり、そこに『過去を清算する』といった意志は見られなかった。


 蹂躙(じゅうりん)


 ただそれだけ。


 戦争の拒絶はリクにとって不可能だった。彼はシャンティの従者であり、主人の決め事に逆らう権利はない。その行為が悪であると知りながら加担(かたん)しなければならない。心を痛めながら、悪に沿う。限りなく悪に接しながらも正しい心を持ってさえいれば、精神と肉体の乖離(かいり)に苦しみ続ければ、そこには善的ななにかが宿(やど)ってくれるはずだとリクは信じていた。そも、シャンティに付き従うということは、しばしば手を汚すことを意味する。


 リクの恐れているのはたったひとつだけだった。


 幸福になってしまうこと。すなわち悪であること。また、自分と対極に位置するシャンティが善となってしまい、したがって不幸を味わうこと。


 内心の(おび)えを救うために、リクは善なるものを身の内に保管した。それにより彼は、シャンティの隣で()しき行為を手助けしながらも、ひたすらに苦しみ続けることが――つまり不幸であり続けることが可能だったのである。


 詭弁(きべん)だろうか。


 彼はときどき、そんなふうに思う。そして答えを出すことなく、考えるのをやめる。


 シャンティに対する執着は、リクの精神の奥深くまで根を張っていた。洗脳と同じように。




「――キリがない」


 リクは、肩で息をしながら汗を(ぬぐ)った。額を流れる不快な液体を拭い去るだけの時間的余裕が生まれたのは、戦闘開始から二十分以上が経過してからことだった。


 意識を失った人間たちが、谷底に折り重なるようにして倒れている。そんな彼らをなんの遠慮(えんりょ)もなく踏みつけて、人間たちが(せま)ってくる。邪悪な剣を握って。


「殺せ!」

「殺せ!!」

「殺せ!!!」


 人々の咆哮(ほうこう)は、やむことなく谷にこだましている。かれこれ百人以上の意識を奪ったはずだが、連中は次々と現れては一直線にリクへと刃を振りかざす。それを(かわ)し、あるいは先に刀で斬りつけて意識を()つ。その繰り返しだった。


 永遠に終わらないのではないか。


 そう思ってしまったのも無理はない。ここは敵地であり、血に飢えた兵士がどれほど潜んでいるのか(さだ)かではなかった。彼らが唸り声を上げることで、それを聞きつけた別の兵士がやってくる。抹殺すべき敵がここにいるぞ、と。オブライエンの作り出した剣によって完全に洗脳された兵士たちは、理性を失っているようにしか見えない。血走った眼は敵の姿だけを凝視しており、憎悪の導くままに罵詈雑言(ばりぞうごん)を吐く。個体としてはまったくもって狂気でしかなかったが、群体としての彼らは統率されている。血族を殲滅(せんめつ)するという意志のもと、餌に群がる虫たちのごとき一貫性を持つ。餌と見做(みな)された者にとっては地獄じみた状況であった。


 だが、ひとつだけありがたいこともある。彼らは一番近くにいる血族により強い憎悪を持つらしい。つまり、兵士たちの標的はもっぱらリクであり、後方に倒れるシャンティに遠距離攻撃を仕掛ける者はいなかった。


 自分がこのまま戦い続ければ、主人が危害を受けることはない。


 しかし、いつまで続ければ終わるのだろうか、という問題は依然(いぜん)として巨大な影をリクの心に落としていた。


 ()えず不安にさらされながら、しかし、彼の動きに(よど)みはない。体力は着実に減っていたし、そもそもここに来るまでに肉体を酷使(こくし)している。呼吸のたびに肺が鈍く痛み、足にはときおり甘い痺れが走った。


 それでも彼の刀が描く軌跡(きせき)にほんの数ミリのブレさえなかったのは、(まぎ)れもなくこの状況のもたらした必然である。


 誰かの命を守ることは輝度(きど)の高い善である。たとえ守護対象が悪党であろうとも。(いな)、悪党だからこそ。


 ――生きねばならないひとを生かすために、おれは戦っている。


 少しずつ摩耗(まもう)していく体力を感じながら、リクは満足さえ覚えていた。決して油断には(いた)らない充足を得ていた。


 こんな日が来るのをいつか夢見たことはなかったろうかと自問する。少年だった頃、いつかシャンティを守って命がけで戦う自分を想像し、微笑()じりの(うなず)きを繰り返したりはしなかったろうか。


 そんな自分がいたことなど、覚えてはいない。そもそもその(たぐい)の夢想を(いだ)いた瞬間はなかったかもしれない。


 それでも、呼びかけてやりたい。


 その夢はいつか必ず叶う。実現した瞬間はひどく苦しいものだが、しかし、同時に満足でさえある。不幸には違いないが、それゆえに望ましい。


「殺せ!!」


 人間の手にした剣――狂気の源である刃が、リクの眼球のすぐそばを通過した。刃の軌道を完全に読み切り、回避する必要がないと判断したのである。渾身(こんしん)の一撃が空振りに終わろうとも、敵に失意はなかった。燃える瞳は狂気を宿し、リクを視界の外に置くことはない。体勢を崩しながらも()いた左手をリクへと伸ばす。


 指先。


 たったそれだけをリクが斬ることで、襲撃者はその場に崩れ落ちた。


 こんな具合の直情的な攻撃が幾度(いくど)も繰り返されている。形成された人の山は地獄的な様相(ようそう)を示してはいても、誰ひとり命を失ってはいない。意識の数が減っているだけのことだった。


「邪悪な侵略者め!」


 三人の男が、示し合わせたかのようにリクへと飛びかかった。


 一歩後退し、敵の刃の有効圏内を外れ、すぐに距離を詰めて斬る。これでひとりが無力化された。ほかの二人は同時に剣を振り下ろすが、リクの刃のほうが速い。


 リクの(あご)から(したた)った汗が、足元で気絶する男の上に落ちて(はじ)けた。


「邪悪な侵略者、か」


 彼らの言う通りだとリクは思った。シャンティはまさしく、そう映るだけの実態がある。彼女に(つか)える自分もまた、同じ評価を得るのは道理である。


 しかし違うのだと、内心で小さく言葉を返した。


 ――おれは()くありたいのだ。侵略など望んでいない。なにしろ、得る物などないのだから。


 ひとり、ふたり、意識を喪失した肉体が折り重なっていく。


 ――シャンティ様は多くを得るだろう。きっと、そうだ。しかしその分だけ、おれは着実に(うしな)っていく。損なわれていく。不幸になっていく。


 五人まとめて斬り伏せると、再び汗を拭うだけの時間を手に入れた。


 ――シャンティ様が幸福であれば、それでいい。


 斬られて倒れる人々は、顔も背丈も異なっていた。当然だ。しかし一様(いちよう)に敵でしかない。この状況がある種、雑多な容姿の人々をひとつの群体に変えていた。


 ――どうしておれは、彼女に幸せになって欲しいのだろう。


 斬撃の動きのなかで、リクは静かに自問する。


 肉体を酷使しているからだろう、思考にまとまりがない。それゆえ、頭に浮かんだ答えらしきものは論理を超えていた。リクが日常的に行う思考のロジックからはかけ離れた、意想外の代物(しろもの)


 ――たったひとりの家族だから。


 刃の動きが乱れたが、迫りくる兵士を斬り伏せるという目的には支障をきたさなかった。しかしながら、彼の斬撃が乱れたのはこれが最初である。


 自分自身の思考に驚いた。それもある。が、決してそれだけではない。リクの視線は急坂の上に向けられていた。そこに現れた銀の髪に。


「――っ!」


 思わず息を()み、後退した。


 心臓が強く速く鼓動している。


 夜の入り口と言える時間帯で、薄闇に全身を(ひた)しながらも、その姿を見間違えるはずはなかった。


 ()てついた無表情。


 銀の鎧。


 遠目には針のように見える、細く長い剣。


「――シフォン」


 シャンティをここまで吹き飛ばした存在が、息の根を止めにやってきたのだ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より

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