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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Riku.「妄信者回想録㉓ ~金色の丘の悪人~」

※リク視点の三人称です。

 ブロンの北東に位置する丘には、(たけ)の長い雑草が()い茂っている。上半部は色素が薄く、下半部は生命感のある真緑に染まっている品種だが、その雑草の名前をリクは知らなかった。育つにつれて、色素のもっとも薄い先端部がほろほろと瓦解(がかい)していくのが特徴である。風に吹かれ、獣に散らされ、白茶けた残骸(ざんがい)が舞い上がる。一説によると残骸に種子が混じっているらしいのだが、(さだ)かではなかった。草花の研究に(せい)を出すような者は今も当時もブロンにはいない。


 黄昏(たそがれ)の風に(あお)られた丘は、金色の波が立っているように見えた。雑草の残骸が風に乗り、空中で細分化されていく。あたかも金色の大海に()えず散りゆく飛沫(しぶき)(おもむき)があった。そこに(たたず)む人々もまた、夕陽色に染まっている。全住民ほどの数ではないが、少なくとも半数程度は丘に(つど)っているようだった。


『リク様!!』


 丘にたどり着いたリクを、いくつかの声が出迎える。はっきりと彼の名を呼ぶ声もあれば、言葉の断片だけを発する者もいた。


 この半年、ずっと(やしき)(こも)りきりだった領主がようやく姿を現したのだから、驚きもするだろう。しかしながら人々の意識はどうやらリクだけには向けられていない様子である。彼らの視線の半分以上は、丘の先――五メートルほどの距離を置いて並び立つ者たちに(そそ)がれていた。


 ブロンの人々の対面には、マナスルの住民がずらりと直立していたのである。物々しい雰囲気で、じっと押し黙っていた。


 彼らの中心にはリクの良く知る女性が、見知らぬ(よそお)いで立っている。


 リクは人波を()き分けながら、覚束(おぼつか)ない足取りで最前列まで歩み出る。ちょうどシャンティと向かい合う位置に。


『つい先ほどマナスルの者が現れたのです。何用かは分かりません。領主か、それに相当する者を呼べと……。我々だけで話をするつもりでいたのですが、お出向きいただき、ありがとうございます』


 リクの隣で、年老いた男がそう説明してくれた。


 その老人が議会のメンバーであることすら、リクは認識していなかった。一瞥(いちべつ)さえすれば理解したはずだが、リクの視線はシャンティに固定されたまま、まったく動かすことが出来なくなっていたのである。


 かつての彼女は、白の衣服しか(まと)わない女性だった。それが今や、上半身は肌の露出の多い黒のシャツ、下は様々な汚れが(まだら)(ほどこ)された大きめのズボンを履いている。髪にもかつての面影はない。額際(ひたいぎわ)から頭のかたちに沿って、等間隔の編み込みがなされている。編み込みと編み込みの間には紫の頭皮が見え、交互に配置された黒と紫の曲線が後頭部まで続いていた。なんの加工も感じさせない黒の(あで)やかな長髪からはかけ離れた髪型である。露出した両耳にも、リクにとって見慣れないものがあった。耳たぶを貫通した大ぶりの輪に、沼魚の鱗がぶら下がっていたのである。


『さて、領主も来たことだし……はじめよっか』


 シャンティの顔をした女性が、シャンティの声で言う。


 リクは彼女の変化に面食(めんく)らってしまい、ろくに思考も働かない状況にあったが、半年という時間が取り返しようもなく過ぎてしまったのだということだけは実感出来た。自分が抜け殻の日々を過ごしている間に、シャンティはかつての姿を失った。その理由は、自分と決して無関係ではない。


 リクが呆然(ぼうぜん)としている間にも、場は進行していく。


 マナスルの人々の間から屈強な男が現れ、後ろ手に縛られた者を突き出し、正座させた。二人の男女である。リクの知らない顔だった。容姿は十代後半といったところであり、したがって実年齢は十歳に満たない子供と推測される。


『さて……この子らは見ての通り、私たちマナスルの民だよ。私たちがブロンと不可侵(ふかしん)の関係にあることは村の全員が分かってる。そうだよね?』


 シャンティの問いに、二人の男女が(うなず)いた。どちらも沈鬱(ちんうつ)面持(おもも)ちである。


『ブロンの者が私たちの領地を(おか)したら容赦しない。逆もまた(しか)り。マナスルの者がブロンに踏み()るのは認めない』


 シャンティが片手を水平に伸ばす。すると、先ほど二人を突き出した大男が、大ぶりの(なた)を彼女の手に収めた。


 夕陽を反射して刃が(きら)めく。ブロンの人々の間から、ハッと息を呑む音が広がった。


『この子らはブロンの農地を荒らしたの。自分たちの腹を満たすためにね』


 リクの周囲で(ひか)えめなざわめきが起こった。人々は顔を見合わせ、目を丸くしている。


 リクだけが、なにがなにやら分かっていなかった。当時の彼は農作物被害のことをまったく知らなかったのだから、当惑(とうわく)するのも当然である。先ほど彼に声をかけてくれた老人も、このときは説明してくれなかった。リクのことを気にしている余裕がなかった、と言うほうが正確かもしれない。


『ほら』シャンティが二人の下手人に(うなが)す。『なにか言うことがあるでしょ?』


 二人のうち、男のほうは地面を見つめて震えていた。そんな彼を一瞥し、女性のほうがパッと顔を上げる。視線はリクへと向いていた。


『交易がなくなって、食べる物も減って、苦しかったんです。だから、あなたたちの食べ物を盗んでしまいました……すみませんでした』


 それはブロンの人々全員に対する言葉だったが、彼女はただ真っ直ぐ、リクだけを見据(みす)えていた。リクの呼吸が急速に苦しくなったのは、その視線を受け止めきれなかったからである。胃の奥底が冷えていく感覚を味わっていた。


『……すんませんでした』


 男のほうも、そう言って頭を下げた。()ねているように聞こえたが、震えが一層強まったことから、そうではないのだと誰もが理解したことだろう。やむを得ない事情があったにせよ、今この瞬間、彼は苦しんでいる。後悔している。


 一方、女性のほうは決然と頭を上げたまま口元を引き結んでいる。自分は言うべきことを言った。しかし、やったことは後悔していない。そんな意志を感じる眼差(まなざ)しだった。


 当時のリクの知るところではないが、交易を拒絶したマナスルの人々がどのような生活を送っているかについては、この半年の間、街のあちこちで話題になっていた。それらの会話はマナスルに同情的なものばかりである。議会でも定期的に使者を送り、交易再開を提案してきたが拒絶され続けていた。


 ブロンの人々の多くは、作物被害が獣ではなく人によるものであり、なおかつマナスルの()えた者による犯行だと分かっていた。分かっていながら、許容していた。あえて警備を(ゆる)めた農家もあったほどである。


 こんな断罪の瞬間が訪れるとは、農家の人々も予期していなかったはずだ。だからひたすら困惑していたわけだが、二人の少年少女の態度を目にして、自分たちの言うべきことを思い出したのだろう。農家のひとりが声を上げた。


『許そうじゃないか。なあ。二人はきっと食べ(ざか)りなんだ。腹も減るだろう』


 すると、あちこちで肯定の声や頷きが起こった。そこには、二人を縛り上げて正座させていることに対して、多少なりとも非難するような雰囲気もある。


『そうだ、許すべきだ』


『少しくらい作物が盗られたっていいじゃないか』


『盗むのは悪いことだが、仕方ない事情もあるさ』


『これからも腹が減ったら来るといい。でも、黙って盗っていくのは良くないから、ひと声かけてくれないかな』


『そりゃあいい! 誰も君たちを拒否したりなんかしない。俺たちはマナスルの良き隣人なんだから』


 (うるわ)しい光景だった。誰ひとりとして二人を責めようだなんて考えていない。彼らの窮乏(きゅうぼう)を知っているからこそ、むしろ手を差し伸べる。


 少年が顔を上げて目を輝かせたのも、少女がぽろぽろと涙をこぼしたのも、自然な反応だったろう。


『ほ、本当に? わたしたちに、怒ったりしない? わたしたちの罪を、許してくれる?』


 罪、という言葉がリクには少し引っかかったが、周囲の人々は一向に気にしていない様子だった。


『ああ、もちろんだとも。君たちの罪は許された。君たちは清らかだ』


 誰かがそんなことを言った。


 シャンティも訳知(わけし)り顔で頷いている。


『良かったね、二人とも。これで二人はなんの罪もない清浄な子供だよ。無垢(むく)で、(けが)れのない、純粋な存在。幸福になる権利を充分に持った希望の塊。二人をそれでも罰そうとするような人は、間違いなく悪い人だよね。ブロンの人たちもそう思うでしょ?』


 遠慮(えんりょ)がちな頷きが波のように広がっていく。


 十秒。


 それだけの時間、シャンティは人々の反応を見守っていた。それから――。


『でも、そんなことは関係ないの』


 銀の刃が二人の首を()いだ。

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