11.「夕暮れの骸骨」
ダフニー。それが町の名前だった。
東西に延びた街道は直線的に町を貫いている。丘から見下した町は、南側に林が、北には耕作地が広がっていた。
林を突っ切って町に入ろうと思ったのだが、挫折した。木々の間に鉄製の網が張り巡らしてあったのである。グールよけの対策にしてはお粗末だが、ないよりはマシということなのだろう。かくして林をぐるりと回り、東の街道から町に入ったのだった。
街道沿いの家並みは、中心地に向かうにつれて煉瓦造りが多くなっていった。それにつれてぽつぽつと商店も増えていく。町ゆく人の装いは農作業着や色彩豊かなローブなど一見ばらばらである。が、町自体がここまで露骨であれば服装から住まいの位置を想像するのは容易い。質素で機能的な農作業着は町はずれに住み、華美で象徴的な服装は中心部で安穏と暮らしているのだろう。
王都でも多少は街区ごとのヒエラルキーがあった。王はそれを均すため、外壁近くの街区の多くに騎士団の駐屯場を造ったのである。同じ王都の民に、貧富による生命の差があってはならないとの考えだ。
外の世界――ニコルによって転移させられた最果ての地。粗野で、露骨で、卑しい。しかし、真剣だ。どこまでも必死だ。階級意識に同調することはできないが、非難する気には決してなれなかった。南の林に張られた鉄柵も、南北に魔術師を隔離したその決定も、保身の表れである。過剰な魔力は魔物を引き寄せるが、魔術がなければ魔物に対抗出来ない――ゆえに、魔術師を町はずれに住まわせているというわけだ。
街道はやがて石畳になり、しばらく歩くと広場に出た。議会所と図書館が、それぞれ広場を覆うように左右に広がっている。
迷わず図書館へ入ろうとしたのだが、入り口で止められてしまった。帯剣した警備兵が言うには、入館証か入館証所持者の紹介が必要らしい。
地理的な情報さえ手に入れば問題はない、と考えて道行く人々にたずねてみたのだが、答えはバラバラだった。知らない、たぶん西、たぶん東、あっち、こっち。そんな具合で全く役に立たない。
うんざりしてしまったので、気分を回復させるために服でも見て回った。
素敵な服はいくつか見つかった。深い藍に染まったロングスカートだとか、襟と袖口に金糸をあしらったフリル多めなシャツだとか。
結論からいうと、それらを手に入れることはできなかった。耳飾りを換金してくれる住民はおらず、衣類との物々交換も断られてしまった。曰く「そんなもん、なんの役にも立たない」。
かくしてわたしは、がっくりと肩を落として中央広場のベンチで休憩することにしたのである。
夕暮れが迫る頃、広場に妙な男が現れた。痩せた長身、仕立ての粗い黒のコートを前開きにし、下に着込んだフォーマルなシャツは皺だらけだった。ズボンはコートより多少は良い素材らしく、張りがあるように見える。手に提げた茶の鞄は傷だらけで、許容量以上詰め込んでいるらしく随分と膨れていた。それと同系色の靴も同様に、傷と土汚れが目につく。手入れさえ怠らなければ、もっと照りがあって形も崩れはしなかったろうに。漆黒の艶やかな髪は瞼の辺りまでの長さで、全体的にぐねぐねと癖がついている。瞳には生気がなく、薄墨色の隈がくっきりとついていた。おまけに頬はこけ、そのためか顔の輪郭がくっきりとしている。
骸骨。そう思わずにはいられない。多分、町の人々も同じ印象を抱いたことだろう。
彼はわたしの隣に腰を下ろした。よりにもよって、と悪態をつきたくなったが一台だけのベンチなのだから仕方がない。
いい潮時だと思って腰を浮かしかけて、また座り直した。服装から見るに、彼は明らかにこの町の人間ではない。とすると流れ者か旅人か、はたまた落ちぶれた役人かなにかだろう。町の外から来たのであればなにか知っているかもしれない。いずれにせよ、あたってみる価値はゼロではないはず。
「すみません、少しおたずねしたいことがあるのですが……」
話しかけるや否や、彼は俊敏に顔を向けた。思わずびくりとしてしまう。
彼は黙してこちらを見つめている。目は虚ろだったが、じっと、奥底まで探られているような気味の悪い視線。
「あの……」
「ああ、ごめんなさい。びっくりさせてしまいましたねぇ。癖なんです、観察するのが。ほら、じっと目を見つめていると人となりが分かってきたりするでしょう? そうやって観察しない限りはおちおち話もできやしないんです」
「はあ……」
彼は相好を崩して饒舌に語った。目を細め、身振り手振りをまじえて喋るその姿はあまりにギャップがあった。案外声が若いのも気になる。見た目は三十代の男なのだが、もしかするとわたしと同じくらいかもしれない。なにからなにまで奇妙だ。
「こんなナリだから警戒されることがよくあるんですが、いやはや、困ったものですなぁ。ところでお嬢さん、私の歳はいくつに見えます? これでぴたりと当てた人はひとりもいませんでしたよ。きっと驚くと思いますよぉ」
「さあ……」
町に出なければ良かった。目的はなにひとつとして遂げられず、おまけにわけの分からない奴に捲し立てられている。話しかけたのはわたしだけど。
「いいですかぁ? 驚かないでくださいねぇ。私はこれで三十六歳なんですよぉ! ……どうです? そうくるとは思わなかったでしょう? 予想通りじゃないか、ってねぇ。へっへっへ」
「はあ……」
「ところで私になにかご用ですかなぁ? 私はこう見えて親切心は人一倍ですから、なんでもやりますよぉ。魔物だろうと魔術師だろうとドンと来いですよぉ」
「……グレキランスへはどうすれば行けますか……」
「ああ、王都ですね。いやはや、グレキランス! 素敵な響きですよねぇ。硬質でびくともしない感じがします。ときに、グレキランスの――」
「長くなるなら、わたしはこの辺で……」
もうこれ以上聞いていられない。眩暈がする。
「おっと! お待ちになってくださいよぉ。話はこれからです。なあに、そう長くかかりゃしません。ほら、地図もここにしっかりしまってあるときた!」
そう言いつつ、彼は鞄をバシバシと叩いた。
地図。わたしが求めていた物をこいつは持っている。
「その地図、譲っていただけませんか!」
「譲ってあげたいのはやまやまなんですが、しかし、大切な物ですからねぇ。これがなくちゃ私も仕事にならんのですよ」
「見せていただくだけでも!」
彼は一瞬、空を仰いで顎に手を当てた。
「よろしい。負けましたとも! その情熱や良し! お見せしましょう」
ただし、と彼は続けた。「ギィブ、アンド、テェイク、です」
彼は鞄をがさがさと漁っている。なかなか目的の物が見つからない様子だったが、ややあって「ああ、あったあった!」と呟いた。
「実は旧い友人を探していましてねぇ。たまたま近くに来たものだから訪ねようとしたんですが、いかんせんどこに住んでいるのか分からない。この町もそこそこの規模でしょう? いちいち探すのも骨が折れますからねぇ。――そら! このかたですよ。この娘を知っていますかねぇ」
彼が出したのは、鉛筆で精巧に描かれた似顔絵だった。
薄い唇、張りのある頬、細い首。輪郭や目鼻立ちまでハルにそっくりだった。思わず絵から彼へとさりげなく視線を移すと、虚ろな瞳がこちらをじっと覗き込んでいる。瞬間的に悪寒が走ったが、反応しないよう努力した。
「……見たことないですね」
返事をしても彼は目線を外さなかった。そして一言。「嘘を言っちゃいけねぇよ」
呼吸を整え、動揺を身の内に押しとどめる。
「本当に知りません。お力になれなくて申し訳ないです」
しばらくして、彼はようやく相好を崩した。まるで水中に縛りつけられているような時間だった。
「すみませんねぇ、面倒かけて。知らないならしょうがないです。またいちから足を動かして捜索ですよ。いやはや、友達に会うだけなのにやたら苦労しちゃいますねぇ。……そうそう、約束通り地図を差し上げます」
男はそう言って、鞄から一枚の世界地図を取り出して見せた。大雑把ではあるものの、王都の位置は把握出来た。もちろん、ダフニーとの位置関係も。距離については町と町をめぐって初めて分かるだろう。
王都への方角。この町と王都の、地図上の直線距離。次の町までの直線距離。それだけを頭に叩き込んだ。
「……ありがとうございます。助かりました」
「いいですよぉ、差し上げます。ねぇ、実は地図なんかたくさん持っているんです。さっきのは吹っかけただけなんで、気を悪くしないでくださいねぇ。ほら、受け取ってください」
「そこまで言うなら、ありがたく頂戴します。……では、わたしはそろそろ失礼します」
にっこり笑ってお礼を言う。そしていそいそと立ち上がって彼に背を向けた。
変人にしつこくされて、けれども嫌とは言い出せず、なあなあで付き合ってしまう気のいい女性。その解放感溢れる去り際の仕草、足取り、表情や口調を演じた。
きっと彼は、わたしの姿が見えなくなるまで虚ろな視線を向けていることだろう。
後をつけられていないことが分かっても、わざと遠回りをして帰路をたどった。あの男の巧妙に押し殺された魔力が、いつまでもわたしを見つめているような錯覚に捉われながら。
【改稿】
・2017/07/10 表記揺れ訂正
・2017/11/17 口調及び地の文の調整。ルビの追加。
・2017/12/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。




