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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「均衡の終わり」

※シンクレール視点の三人称です。

 斬った相手の意識を奪う刀を、(たぐい)まれな剣術で(あつか)うリク。


 変幻自在にスライムを操り、(つね)に意表を突く攻撃を仕掛けるシャンティ。


 五分もあれば決着がつくと思われた戦闘は、すでに十分を経過していた。


 戦闘を観察するシンクレールは、ほとんどまばたきをしなかった。一瞬の暗闇でさえ、決定的な瞬間を見逃してしまう恐れがあったのだ。それほどに戦いは激しさを増している。にもかかわらず、互いに有効打はなかった。シャンティは硬質化したスライムによって、リクは尋常(じんじょう)でない対応力によって、相手の攻撃を(しの)いでいる。


「あは」


 シャンティの口から、(こら)え切れずといった様子で笑いが漏れた。彼女の作り出したスライム製の鞭が、リクの刃に両断された瞬間のことである。鞭の残骸は彼女の手からこぼれ、地に落ちた。


「その調子だよ。上手に斬れたら、私のスライムちゃんだって無力化されちゃう。頑張って、リク。もっともっと私を愉しませて」


 シャンティの使役(しえき)したスライムが切断されたのは、これが最初だった。彼女の口にした通り、スライムとてリクに斬られれば意識を失う。そもそもスライムに意識などあるのかという疑問はシンクレールの頭にもあったが、どうやらきっちり存在していたらしい。それゆえ、最前まで武器として振り回していたスライムが、今や地面に散った粘性の液体と化している。


 シャンティはスライムの使役以外に、液体の操作という固有の能力を所有していることは、すでにシンクレールが看破(かんぱ)した事実である。地に落ちたスライムを見つめ、シンクレールは彼女の能力に対し、またひとつ新たな知見を得た。


 彼女の液体操作能力は、相手の意識を(かい)して行われるのではないか。


 意識を失った生物。その内側を流れる液体は操れないからこそ、彼女の鞭は崩壊したと考えるのが妥当(だとう)である。つまりシャンティが操作可能な液体は、生物の体内に流れるそれに限られる。


 たとえ無意味なものであっても、ある種の発見は興奮をもたらす。このときのシンクレールも例外ではない。朦朧(もうろう)とする意識に、多少の晴れ()(のぞ)いた。


「まだまだスライムちゃんの在庫はあるから、安心して斬ってね」


 シャンティは目を細め、笑いを(こら)えるような口調で言う。


 言葉通り、彼女の右腕は新たな武器――巨大な槍と化していた。


 シャンティがどれだけの数のスライムを使役しているのか、その判断材料はない。スライムたちは常に彼女の皮膚や周囲の地面から湧き出るのだ。どこかにストックしているのだろうと想像したところで、実態は分からない。ただ、一体分のスライムが減ったことは確かである。考えようによっては希望ともなるだろう。リクがそのあたりのことをどう認識しているのか、シンクレールには読み取れなかった。


 リクは一向に表情を変えず、シャンティが繰り出す槍の連撃を(さば)いている。その無表情の裏に、一切の感情が隠れてしまっていた。


 リクの刀とシャンティの槍とが、鈍い金属音を(かな)でる。彼女の槍は、先ほどの鞭のように切断されることはなかった。リクの斬撃の軌道を読み切り、ちょうど刃の直撃する箇所に硬度を集中させて両断を防いでいるのであろう。すると、切断された鞭は彼女にとって――嬉々とした言葉を口にしていたが――例外的な事件なのかもしれない。


 油断があった?


 あえて斬らせた?


 どちらも(いな)だ。見る限り、この戦闘において手加減や演出めいた余裕は存在しない。つまり、斬撃を完璧に読んだシャンティさえも、リクは凌駕(りょうが)したことになる。それはたった一度しか起こっていないものの、戦闘はまだ継続している。彼が変わらず集中力を維持し続け、完璧に彼女の攻撃を潰し、その上で、刃の軌道を彼女の読解以上のものに仕上げれば充分に勝機はあるはずだった。


 ――高度な戦闘というものは、しばしば、一瞬で状況が変わってしまうものだ。均衡(きんこう)を失った天秤は、雌雄(しゆう)を決するほど急角度で(かたむ)く。


 シャンティの槍は彼女の身の(たけ)以上の巨大なサイズだったが、繰り出される刺突(しとつ)は的確にリクの急所を狙っており、(すき)も少なかった。細かなフェイントを入れた攻撃の連続。一方で、リクは距離を詰めるべく前進を(こころ)みている様子だったが、いずれも刺突に(はば)まれて成功には(いた)っていない。槍の先端はもちろん、胴に斬撃を入れても両断は叶わず、やや刺突のリズムと軌道に乱れが(しょう)じる程度だった。


 永遠に終わらない均衡状態に見えたからこそ、リクの膝が槍の先端に貫かれた瞬間、シンクレールは「あっ」と声を上げてしまった。


 リクの眉間(みけん)苦悶(くもん)の皺が寄り、口元が一層引き締まる。奥歯を噛みしめているのだろう、こめかみに硬い緊張が走った。


 槍が引かれ、鮮血が宙に散る。シャンティの、歓喜の笑いが(はじ)ける。リクが膝から崩れ落ち――。


 シンクレールはその瞬間、確かにまばたきをしていなかった。にもかかわらず、『見逃した』と錯覚(さっかく)したのである。リクの姿がシャンティの目前にあり、すでに斬撃を(はな)っていたからだ。


「――っ!!」


 弾けた嘲笑(ちょうしょう)は、くぐもった(うめ)きに変わる。


 幾条(いくじょう)もの銀の閃光が彼女の周囲を駆けた。直後、シャンティの皮膚からドロドロとした色彩豊かな液体が流れ出す。彼女の手にした槍も、(ねば)つく液体となって岩場に落ちた。


「おれの勝ちです、シャンティ様」


 リクの刃が、彼女の首筋に()れる。彼はそれ以上、刀身を動かすことはなかった。


 雌雄は決した。シャンティが皮膚上に隠し持っていたスライムは、彼の刃によって意識を喪失し、力なき液状の(かたまり)と化したのだろう。


 今、彼女の身を守るスライムはいない――シンクレールはそう直観した。だからこその勝利宣言なのだと理解した。これまでリクは、シャンティのあらゆる仕掛けを察知して回避してきた。それだけ敏感な男が、刃を振り抜くことなく、静かに勝利を告げたのだ。少なくともリクの目には、もはや彼女は無防備な存在と映っているに違いない。


「あーあ」


 ため息がひとつ。シャンティは気怠(けだる)い表情をして見せた。「終わりだね」


「……決闘前の約束は守っていただけますか? シンクレールを生かしてくれさえすればいいのです。おれは、シャンティ様の従僕(じゅうぼく)であり続けます。死ねと言うのなら、甘んじて受け入れます」


 風が甲高く鳴いた。谷に()いた洞窟の内部を、一陣(いちじん)の風が猛然(もうぜん)と通り抜けたのだろう。


「シンクレールくんだけでいいんだ。謙虚(けんきょ)だね。ちなみに、あのオジサンは?」


 彼女の指先が岩場の一角を()す。そこには意識を失ったままのカリオンがいた。


 リクはしばし逡巡(しゅんじゅん)した様子だったが、やがて口を開いた。


「ご随意(ずいい)に。約束したのはシンクレールの命だけです。それ以上を追加で要求するのは、当初の約束を軽んじることになりますから」


「そう。まあ、気絶してるオジサンなんてどうでもいいんだけどね。だって、シンクレールくんがバラした私の秘密だって聞いてないわけでしょ? なら、せっかくの贈り物だし、取っておこうかな」


 意外なことに、カリオンも生存を約束された。


 シンクレールは歓喜を表情に出さないよう精一杯の努力をしたが、それでも口元が(ゆる)んで仕方ない。


 ――美しき魂は、生きねばならない。


 リクが口にした理想が、現実になろうとしている。


「スライムちゃん、たくさん斬られちゃったな。それは計算外だったよ。うん。素直に驚いたし、ムカつく。でも、リクの勝ちじゃないよ。ほら、私の首を斬ってごらんよ。それで正真正銘、勝ちを手に入れられる」


 斬れるものならね。


 彼女は確かにそう言った。そして、口元を半月に(ゆが)めて笑ったのである。


 リクの表情に焦りの色が浮かんだ。目だけをきょときょとと動かし、呼吸は明らかに荒い。


 やがて彼は、先ほど勝利宣言をぶつけた相手――自分の主人に視線を固定した。


「おれに、なにをしたんですか?」


 彼女はクスクスと笑い、ゆっくりと刃から逃れ、リクの鼻先を指でなぞった。彼の身体は石像のように微動だにしない。標的が(のが)れたにもかかわらず、刃はかつて首が存在した虚空(こくう)()えられている。


 当惑(とうわく)するリクの(ひたい)を、彼女の指が(はじ)いた。


「あんたの負けだよ、バーーーーカ!!」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて

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