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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「虚しい弾丸」

※シンクレール視点の三人称です。

 シンクレールの心中(しんちゅう)には、怒りをとっくに超越した(むな)しさがあった。


 シャンティの能力を看破(かんぱ)したことで、彼女の攻撃が無茶苦茶な方角へ向いてしまったこと。血族たちに対し、今すぐ逃げ出すようにと必死になって呼びかけたにもかかわらず、受け入れてもらえないどころか逆上させてしまったこと。彼女の異常な暴力に対し、なにひとつ止める手立てを持っていなかったこと。


 四方五十センチの箱となり、絶命までの時間を苦痛に(さいな)まれながら過ごすことを運命づけられてしまった者たちを(なが)め、シンクレールはあまりの無力感に呆然(ぼうぜん)としていた。こうならないために手を尽くした事実があるからこそ、徒労感(とろうかん)は巨大な波となって押し寄せてくる。


 いかにも、彼は無力だった。


 魔力は枯渇(こかつ)寸前(すんぜん)。たとえ魔術を展開したとしても、このグロテスクな悲劇を止められたかは怪しい。


 号泣して頼み込んだならばどうだったか。きっと彼女は、涙するシンクレールに同情の言葉を振りまきながらも、やはり身内を箱に変えただろう。


 いかに悲嘆(ひたん)に暮れようとも、当人に出来ることは決まっている。仕方ないとしか言いようのない状況なのだ。そうやって物事を上手に諦めて、忘れ去るのが賢いのだという考え方もある。割り切ることを強さと呼んだりもする。


「クロエは」


 ほとんど無意識のうちに、シンクレールは声に出していた。


「クロエは、なにも諦めたりしなかった」


 少なくとも、感情喪失前のクロエは。傷を負い、血を流しながら、一歩一歩前進するその姿こそが、シンクレールにとってのクロエだった。


 ――正義の芯を持ち続けて進んだからこそ、今があるんじゃないか?


 ――仕方ないなんて思ったら、ずっと前に終わってたはずだ。


 ――僕だってきっと、トリクシィに反抗しなかったはずだ。


 クロエに感化されたからこそ、自分はここまで来られた。眼前の圧倒的な残虐性に対して、折れるつもりなんてない。そんなふうに言い聞かせても、シンクレールの心から虚しさの影は消えなかった。


 ただ、虚無感に包まれていても、今この瞬間にすべきことを彼は理解していた。


 岩場に流れる(うめ)き声を、終わらせてやらなければならない。


氷の(グラス)……散弾(レイド)


 這いつくばりながら、片手を真上に(かか)げる。するとシンクレールの頭上にひび割れた氷塊が形成され、シャンティへと(はな)たれた。――といっても、ゆるゆるとした、老人の歩行ほどの速度である。


「ボロボロじゃん」


 そう言って、シャンティは短く笑った。血族たちの攻撃に対して見せたような防御手段を取る気配はない。


 かといって、傷を負うつもりもないのだろう。そもそも彼女はスライムで肌を薄く(おお)っている。それが防御膜となって決闘中も無傷でいられたのは、シンクレールもとうに(さっ)していた。血族たちの攻撃をあえて別のスライムで防いだのは、彼らの攻撃がそれなりに苛烈(かれつ)だったことを示している。(よう)するに、シンクレールの魔術は彼女にとって些末(さまつ)な攻撃でしかないのだ。


 氷塊が間近に(せま)ると、彼女は両腕を大きく広げて目を閉じた。お好きにどうぞ、とでも言いたげに。


(はじ)けろ!」


 彼女の鼻先で氷塊が砕け、細かな弾丸となって散った。


 シャンティの全身を小さな氷の粒が襲ったが、いずれも表皮のスライムを貫通することなく、着弾と同時に霧散(むさん)していく。


「う~ん。マッサージありが――」


 目を開くと同時に、彼女の言葉が途切れた。シンクレールの放った氷の弾丸が、標的に残らず命中していたことを把握したのだろう。


 弾丸は、箱となった血族たちをひとつ残らず撃ち抜いていた。


 呻き声は消えている。


 命もまた、()たれた。


 そこにはもう苦痛はない。


「優しいね、シンクレールくん。助けようとしてた相手を殺した気分はどう?」


「……虚しいよ」


 言って、シンクレールはうつ伏せに倒れた。もう身体のどこにも力が入らない。小指サイズの氷だって作り出せやしない。ただ意識が途絶えるのを待つような状態にあった。


 ただ、目だけは開いていて、シャンティの足から視線を離すことはなかった。だからだろう。岩場中に広がった紫色の液体――スライムが彼女の(かかと)のあたりに吸い込まれていく(さま)が見えた。


 ものの数秒で、岩場はもとの()()ない()せた色彩に戻った。


「さて、と」


 シャンティが一歩、シンクレールへと近づく。


「そこで寝てるオジサンは後で殺すとして……シンクレールくんはもう戦えそうにないよね」


 寝てるオジサンというのはカリオンのことだろう。彼もシャンティによって殺される運命にあることを、シンクレールは歯痒(はがゆ)く思った。そして、どうか折れないように、と願うばかりである。死は敗北ではない。その意思を、最期までもっていてほしかった。


「どうしようかな。先にリクにしよっか? それとも、後のほうがいい?」


 後。


 先。


 それが殺害する順番を示していることくらい、シンクレールは痛いほど分かっていた。


 ――僕を先にやれ。


 そう言おうとしたが、声になってくれなかった。


 シンクレールの頭上で、声が淡々と降り(そそ)ぐ。


「おれから始末してください」


 ――駄目だ。


「そう。リクは随分(ずいぶん)大人しいじゃん。シンクレールくんを守ってくれたのはありがとうだけど、なんか(たくら)んでるんじゃないの?」


「いえ。俺はシャンティ様の従僕(じゅうぼく)です」


「従僕ね……。そう言えばさ、シンクレールくんを守ったとき、みんなに対してなんか言ってたよね。私に代わって(とが)めるとかなんとか。リクにそんな権利あるの?」


「そうは言っておりません。勝手な真似をする者を咎めると言ったのです。シャンティ様に代わってなどとは――」


「あのさ、私、あんたのそういうところが嫌いなんだけど。口答えしないでくれない? シンクレールくんを守ったのは偉いと思うけど、あんたのそういう言い分って、ホント、嫌い」


「……申し訳ございません」


「申し訳ないなら、どうすればいいか分かってるよね?」


 シャンティの爪先が持ち上がるのが、シンクレールの目に映った。リクが(ひざまず)き、虚ろな目をしてそれを舐める様子も。一瞬だけ目が合ったが、リクはすぐに視線を()らした。


 これから自分を殺す相手の靴を舐める。そこになんの意味があるのか、シンクレールにはまるで理解出来なかった。ここまできて従僕たらんとする彼の意志もまた、狂気的だと感じたほどである。


「もういい、逆に汚れる」シャンティは爪先で彼の鼻を軽く蹴りつけ、足を引いた。「立って、私と戦ってよ。本気で」


「それはどういう意味でしょう……」


 リクと同じく、シンクレールも当惑(とうわく)していた。


 殺すのではなく、戦う?


 シャンティは苛立(いらだ)った口調で返した。「いや、分かるでしょ。馬鹿なの? 私はこれまで誰にも能力を見破られたりしなかったの。そうならないように力を制御してきたってわけ。だから、全力出して戦ったことなんて一回もないの」


「はぁ」


「……次『はぁ』って言ったら許さないから」


「申し訳ございません」


 跪いたままのリクが、彼女の靴に顔を寄せる。が、舐める前に蹴り飛ばされた。


「もう舐めんなっての。気持ち悪い。……いい? 私だって全開で戦ってみたい気持ちはあるの。そのチャンスなんだから、本気で相手しなさいって言ってるの」


「本気で、ですか?」


「そう。勝ったらなにもかも思い通りよ。私の土地だって全部リクにあげちゃう。お望みなら、金輪際(こんりんざい)私に服従しなくてもいい。腹癒(はらい)せにリクの故郷を潰したりなんてしない。口約束だけど、魅力的な取引じゃない?」


 リクが立ち上がり、その顔がシンクレールの視界から外れた。


 今、彼がどんな表情をしているかは分からない。が、声は決然としていた。


「それでは、私が勝ったら――」


 シンクレールを殺さないと約束してください。


 リクは、はっきりとそう言った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて

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