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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「希望の容貌」

※シンクレール視点の三人称です。

 リクが話を終えて()もなく、くぐもった(とどろ)きがシンクレールの肌を震わし、意識が現実へと呼び戻された。


 顔を上げたシンクレールは、戦場の一角に奇妙な物体を見出(みいだ)した。巨大に(ふく)れた青いなにか(・・・)が、(うごめ)く血族たちの間に屹立(きつりつ)していたのである。青い半透明な肉の内側で、(にご)った煙が(うず)を巻いていた。


「残り一体だな」


 ぼそりと呟いたリクに、シンクレールは怪訝(けげん)な表情を向ける。が、視線を戦場へと戻すと、すぐに言葉の意味が理解出来た。


白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が……」


 言いかけて、言葉が詰まった。四体残っていたはずの白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が残り一体まで減っていたのである。躍動(やくどう)する孤独な白い影を見て、自然と鼓動(こどう)が速まっていった。


 半透明の物体はみるみる(しぼ)んでいき、やがて血族たちに(さえぎ)られて見えなくなってしまった。


白銀猟兵(ホワイトゴーレム)というのだな、あの兵器は」リクは視線を戦場に固定して、淡々(たんたん)と言う。「お前が気を失っていた一時間のうちに、二体が先ほどと同じように始末された」


 先ほどの轟きは、白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の自爆がもたらしたものらしい。今しも(しぼ)んでいった青い物体の内部で爆発したのだと、シンクレールは(さっ)した。地面にクレーターが出来上がることもなく、周囲の血族たちを吹き飛ばしてもいない。青の物体が白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を包み込み、破壊し、自爆の衝撃を緩和(かんわ)したことは明白だった。


「シャンティがやったのか……?」


 シンクレールの問いに、リクはあっさりと(うなず)いた。「シャンティ様の力だ」


「魔術なのか?」


「さあな。シャンティ様の力は誰も正確に把握していない」


 本当に誰ひとり知らないのだろうか、とシンクレールは(いぶか)った。嘘を言っているのかもしれない。が、ヨハンの前情報と照らし合わせると矛盾はないように思えた。シャンティの力は誰も知らないのだと語った彼の顔が、自然とシンクレールの脳裏(のうり)に浮かび上がる。


 やがて、最後の白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の周囲で青い波が立った。波頭(はとう)が白の巨躯(きょく)()み込み、青の流体が卵型に収束していく。遠くからでは正確に判断出来ないが、水よりは粘性(ねんせい)の動きに見えた。


 毒液を操る。(さん)を操る。あるいは単に、液体を生み出して自在に操作している。――どれも違和感のない可能性だった。それだけに、リクの語った『正確に把握していない』という言葉が引っかかってやまない。


「あまり他人の力には踏み込むな。(こころよ)く思わない者もいる」


「君もそうなのか?」


「おれは隠し立てするほど大層な力は持っていない」


 そう言ってリクは立ち上がり、腰に提げた(さや)から刀を抜いた。(りん)と涼しげな音色が流れる。細身で刃の薄い刀身が、闇のなかで(にぶ)い銀色に染まっていた。


「これはおれの家に代々伝わる秘宝だ。おれ自身は大した力を持たないが、この刀には特別な力が宿(やど)っている」


 切っ先から根本まで、刃に沿うように濃い魔力の(すじ)()える。


 人間(いわ)く、魔具。


 血族曰く、貴品(ギフト)


 特定の魔術が()められた武器を一部の血族――貴族階級にある者が所持していることを、シンクレールも『共益紙』経由(けいゆ)で知っていた。


「この刃は誰の命も奪えない。肉も骨も()たない」


 なんでもないことのように言ったリクに、シンクレールは思わず「え」と声を漏らした。


「意識のみを奪う刃だ。斬れば即座に気を失う。試してみるか?」


 切っ先が(なめ)らかに動き、刃がシンクレールの頭上で静止した。


「い、いや、試さなくていい」


「冗談だ」


 刀を鞘に納めながら、リクは薄っすらと笑った。口の(はし)と目尻だけが()みのかたちをしているだけで、よく見なければ笑っていることを誰も気付かないような、そんな表情だった。


 意識だけを切断する刃。それは、肉体を傷付ける以上に厄介なのではないか。シンクレールは気付かれないように、そっと歯噛(はが)みした。血族たちがこの岩場に現れたとき、自分は氷の魔術を(はな)ち、リクはひとつ残らず見事に叩き落して見せた。その技術だけでも充分驚嘆に値する。それに加えて、実質一撃で相手を無力化するような代物(しろもの)を持っているのだ。もはや意味のない実感だが、リクを脅威(きょうい)として見積もったのは間違いではなかったと、シンクレールは改めて思うのだった。


「いいのか、自分の手の内を明かして」


 自嘲(じちょう)気味に言うシンクレールに、リクは最前と同じ微笑を向ける。


「知ったところでどうにも出来んだろう。それに、お前と戦う機会はない」


 そうだろうな、と思いながらも、シンクレールはあえて返事をしなかった。シャンティたちに危害を加えられないという強固な鎖に縛られている以上、なんの手出しも出来ないのは事実である。だが、そこに安住するのは嫌だった。責任から逃れ、支配されるのを渇望(かつぼう)するのは夢の中だけで充分だ。たとえ深層心理でそうした願望があるにせよ、認めてしまうのは違う。諦めきってしまったら、あるかもしれない希望に対して、即座に反応出来ない気がした。


「シャンティも、その、特別な品を持ってるのか?」


 貴品(ギフト)という語を()けながら、シンクレールは慎重にたずねた。


「ああ。シャンティ様も所有しておられる」そう答えて、リクは頭上を指さした。「常夜(とこよ)時計。永遠の夜をもたらす秘宝だ」


 天上には、黒が広がっている。山岳地帯は誰が見ても夜の装いだったが、実時間では真昼に当たる。偽物の夜の正体を知って、シンクレールは小さく息を整えた。


「他人の力に踏み込むなと言ったわりには、親切に教えてくれるんだな」


「先ほども言ったが、知ったところでどうにもならんからな。お前はシャンティ様に手出しは出来ない」


 希望が、シンクレールの胸中で(はかな)く揺れていた。


 希望。


 今の状況では限りなく無に近い言葉である。それが折からの風と共に現れるなどとは、誰にも予測出来なかっただろう。


 屏風岩(びょうぶいわ)の先――谷へと落ちる絶壁に、(ふし)くれ立った頑強(がんきょう)な手がかかったことを、岩場の血族たちもシンクレールも気付かなかった。


 片手が崖の上にかかると、続いてもう一方の手が尖った岩を掴み、闖入者(ちんにゅうしゃ)の半身が一気に姿を現した。(ちぢ)れた頭髪は脂汗に濡れ、谷から吹き上げる風がそれを逆立たせている。もみあげから(あご)まで、精気(みなぎ)る荒々しい(ひげ)が続いており、角ばった顔はぐるりと毛に囲まれていた。太い眉の下で見開かれた眼、()の字に締まった口、盛り上がった頬骨(ほおぼね)……見る者に力強さを感じさせる顔の造形が、勇猛な怒気(どき)発露(はつろ)により、異様な迫力を(かも)していた。切り立つ崖を一心に登り続けたことで身体が熱し、周囲に湯気を発散している。それがまた男の猛々(たけだけ)しさに拍車(はくしゃ)をかけていた。


 彼の姿に気付いたシンクレールが、ぎょっと硬直したのも無理からぬことである。


 前線基地第二部隊長、カリオン。それが男の名である。本来第二部隊は谷の後方――王都側に(ひか)えているはずだった。当初予定していた挟み撃ち作戦において、谷を突破されないための最後の砦がカリオンの部隊なのである。血族たちの襲来を契機(けいき)に統率を失ったために役割が無と化したのだが、カリオンはじめ第二部隊が、ほかの兵士たちと同様に血眼(ちまなこ)になって谷を猛進してきたことは想像に(かた)くないことである。


「うぉっ!?」


 屏風岩で酒盛りをしていたマシモフが、ふと崖のほうを振り返り、頓狂(とんきょう)な声を上げた。簡易鎧を装着した大男が髪を逆立てている(さま)は、叫び声を誘うに充分である。


 カリオンの目が、素早く岩場の血族たちの(あいだ)を走った。


 血族たちは警戒心から身構えたが、マシモフだけは例外だった。驚いた様子は即座に消え失せ、彼は愉快(ゆかい)そうにシンクレールへと呼びかけたのである。


「おい小僧! あれは貴様の仲間だろう? 今の状況を説明してやれ!」


 シンクレールの視線は、カリオンに釘付けになっていた。意識も同じく、岩場に現れた仲間だけに集中している。


 説明する気など毛頭(もうとう)なかった。しかし――。


「聞いてくれ! 僕は負けて、前線基地を血族たちに通過させることになった! 基地を任されたリーダーとして命令する! 今すぐ武器を捨てて、戦闘をやめるんだ!」


 それは(まぎ)れもなくシンクレール自身の声で、彼の喉から(あふ)れた音だった。語彙(ごい)も口調も、間違いなく彼の持つものである。しかし、シンクレールは決してそれを言う気などなかったのである。


 肉体が勝手に言葉を(つむ)いでいた。その不気味な事象がマシモフの誓約(せいやく)(もと)づくものであると(さと)ったシンクレールは、背筋に悪寒(おかん)を感じた。


 絶対に逆らえない鎖が、自分の身にぐるぐると巻き付いている。それは、絶望的な事実だった。


「聞いたかヒゲ男! すでに貴様らは敗北したのだ! 大人しく――」


蛮族(ばんぞく)め! 死滅せよ!」


 剣を抜き、マシモフまでひと足で跳びかかるカリオンの姿が、シンクレールの瞳に焼き付いた。


 マシモフの表情が愉悦から唖然(あぜん)へと推移(すいい)する。


「リク、ワガハイを守――」


 最後まで言い終わらぬうちに、マシモフの卵のような身体は、頭の頂点から真っ二つに両断された。


 一瞬の出来事である。


 鬼気(きき)(せま)る異様な姿で、『希望』が己の存在を主張していた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『貴品(ギフト)』→血族たちの作り出した魔具。詳しくは『911.「貴品」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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