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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「仄かな希望は膨らんで」

※シンクレール視点の三人称です。

 正直に質問に答えてくれたから、二分間攻撃しないであげる。あとふたつ質問に答えたら、次のターンまで私はなにもしない――シャンティは悠々(ゆうゆう)と言い放った。彼女の攻撃時間である五分のうち、一分が経過した頃のことである。


 シンクレールはというと、彼女のそうした提案をまったく信じていなかった。


 信じていなかったのだが――(かす)かな期待さえなかったというと嘘になる。シャンティは前のターンで、シンクレールの猛攻撃を無傷で耐えきった。つまり、魔術を完璧に(しの)(すべ)を持ち合わせていると考えるのが妥当(だとう)である。すなわち、彼女にとってシンクレールに次の攻撃の機会を与えることはリスクではないのだ。となると、四つの質問に満足な答えを返すことが出来れば、次のターンが回ってくる可能性も充分にあった。


 死の覚悟はとうに出来ている。それでも、むざむざ死を招き入れることは、ほとんどすべての生物にとって選び(がた)い選択である。死が決定的であったとしても、一秒でもいいから生の領域に留まっていたいと望むのは道理だろう。シンクレールもまた、そうした希望を――明確には自覚しないまま――胸中(きょうちゅう)で膨らませていたのである。


「みっつ目の質問」


「待ってくれ。その前に確認したい」


 (さえぎ)ったシンクレールに対し、シャンティは小首を(かし)げた。そのまなじりは(ゆる)やかに下がり、細まった(まぶた)の合間から(たの)しげな瞳が覗いている。さながら、必死過ぎる子供を前にするときの、愛と(なだ)めと呆れを含んだ目付きだった。


「なぁに、シンクレールくん」


「……お前はさっき、急いでるって言ってたよな。早く王都に行きたいって。ここで足止めを食うのはお前にとって望ましくない。そうだろ?」


「うん。そうだけど、それがどうしたの?」


 シンクレールの喉が鳴った。呑み下した生唾(なまつば)と空気が、食道を降りていく。


「だったら、こうして遊んでいる暇はないはずだ。悠長に質問を重ねる時間なんて」


 こんな疑問を彼に口走らせたのは、(ほの)見える希望が本物かどうか見定める以外の理由などない。


 このターンを(しの)げるかどうかが、彼のなかで重要な問題として肥大(ひだい)していく。


 彼女は白い歯を見せて笑う。そして片手をひらひらと振った。「些細(ささい)な問題だよ。五分も十分も変わらない。それより、私はシンクレールくんのことをもっと知りたいの。そっちのほうが大事なんだよ」


 彼女の後方――(はる)か先の山岳地帯で血族たちが(うごめ)いている。ときおり宙に(おど)り上がる白い影が、五つ。まだ白銀猟兵(ホワイトゴーレム)は一体も討たれていない。膨大(ぼうだい)な数の血族に取り囲まれているというのに、攻撃の手を緩めず戦い続けているのだ。魔具によって洗脳された兵士たちと同じように。


 そうだ、とシンクレールは内心で呟く。


 ――僕が次のターンまで生き延びることには、もっと別の意味もある。シャンティとその取り巻きを、どれだけ長くこの場に拘束(こうそく)出来るかだ。ここにいる連中は多分、全軍のなかでも精鋭(せいえい)(ぞろ)いのはず……だとするなら、こいつらを戦場に向かわせないことの意味は大きい。特にシャンティは氷の魔術を一切受け付けないような、妙な手合いだ。さっき僕の腹に打ち込んだ掌底(しょうてい)だって、予備動作はほとんど見えなかった。強いんだ、誰よりも。だからこそ引き止める。僕が。ここで。


 シンクレールは口元を引き締め、(いど)むような思いで彼女を睨んだ。


「それじゃ、質問のみっつ目」


 歌うように言ってから、シャンティは唐突(とうとつ)に笑みを消した。そして、振り返る。


 彼女の視線の先には、こちらへと駆けてくるひとりの血族があった。口が見えないほど豊かな(ひげ)(たくわ)えた壮年(そうねん)の男である。彼はシャンティの数メートル先で(ひざまず)いた。


「シャンティ様!! 報告に上がりました!」


 朗々(ろうろう)と叫ぶその声には、明確な焦りが(こも)っていた。


 シャンティは首を素早く動かしてシンクレールを一瞥(いちべつ)し、再び男へと視線を戻す。


「報告って、なに?」


「はっ……。第二十隊と第十九隊が全滅しました」


「例の」彼女の視線が戦場へ向く。遠方を見定(みさだ)めるべく線のようになった目が、鋭く自軍を睥睨(へいげい)していた。「白い兵隊のせいで?」


「巨兵の相手をしているのは現在、第五、第六、第十、第十二、第十五隊です。負傷者を下げつつの戦闘を展開しておりますが、いずれの部隊も全滅には(いた)っておりません。第二十隊および第十九隊は待機のはずですが――しかし、(めっ)しておりました」


 髭の男の報告に、シャンティはしばし考え込んでいた。またぞろシンクレールを振り返ったが、彼になにかを問い詰めることもなく、男に向き直る。口調こそフランクだったが、一連の動作の間、彼女の顔や仕草(しぐさ)は指揮官に相応(ふさわ)しい威厳(いげん)(たも)っていた。


「で、全滅の原因は?」


「それが……不明なのです。誰も敵の姿を見ておりません。いえ、第二十と第十九の者は見たでしょうが、例外なく息の根を止められておりました。ひとり残らず、喉に穴が()いていて……」


 男の報告は、もちろんシンクレールの耳にも届いている。そしてそれは、彼にとっても異様なものにしか聞こえなかった。


 前線基地に配備された兵士たちが、回り込むようにして敵の待機部隊に攻撃を仕掛ける様子はイメージ出来る。だが、誰にも見られず、しかも喉に穴を空けて殺すことが出来るような人員に心当たりはなかった。


 シャンティは(あご)に手を()え、低い声でたずねた。「シフォンは、どの部隊に入ってる?」


「おそらく、第三か第四あたりに……あ、いや、第五で巨兵と戦っていたようにも……」


「なんでもいい。シフォンを監視に回して。隊列に敵が(まぎ)れ込んでる。見つけ次第、首を()ねるように伝えて。あの子なら忠実に仕事をしてくれる」


 ニコルの飼い犬で、今は私たちの手下だから。


 そんなシャンティの言葉を耳にして、シンクレールは小さく「え」と漏らしていた。


 髭の男が短く返事をして、素早く身を(ひるがえ)した。戦場に戻り、シャンティからの伝令をシフォンに伝えるのだろう。


 彼の後ろ姿が見えなくなると、ようやくシャンティはシンクレールへと向き直った。その(ほお)には、ほんのりと(しゅ)が差している。


「ねぇ、シンクレールくん。さっきの私、どうだった? 恰好良かった? リーダー、って感じだった?」


 彼女の問いなど、シンクレールの意識には入らなかった。今さっき聞いた名前が頭のなかで渦巻いている。


 口が開こうとするのを、彼は(とど)めることが出来なかった。


「さっき……シフォンって言ったか?」


「言ったよ」


「ここにいるのか?」


「いるよぉ。今は私の手下だもん」


 王立騎士団、元ナンバー2。ニコルとともに魔王討伐の旅に出たメンバー。


 シンクレールは眩暈(めまい)を覚えた。すぐそばに、勇者一行のひとりがいる。


 教祖テレジア。天才魔術師ルイーザ。王の盾スヴェル。獣化のゾラ。これまでの旅で勇者一行の六人のうち、四人までは打倒している。どの相手も一筋縄(ひとすじなわ)ではいかない猛者(もさ)だったのは、シンクレールも重々承知していた。そして、その誰を相手取っても、自分では決して勝てなかっただろうということも理解していた。クロエだからこそ倒せたのだと。


 残る二人の、ニコルの部下。


 ヨハンの兄だという、血族と人間のハーフであるジーザス。


 そして――元騎士シフォン。


「残り二分です」


 ターン制の決闘を取り仕切るマシモフが告げた。誰の耳にも届く声量だったが、シンクレールの意識には入り込まない。


 彼の脳裏(のうり)には今、無表情の少女の面影が濃く貼り付いているのだから。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『スヴェル』→ニコルと共に旅をしたメンバー。王の側近であり、近衛兵の指揮官。『王の盾』の異名をとる戦士。魔王討伐に旅立った者のうち、唯一魔王に刃を向けた。その結果死亡し、その後、魂を『映し人形』に詰め込まれた。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』『582.「誰よりも真摯な守護者」』にて


・『シフォン』→ニコルと共に旅をしたメンバー。元騎士団ナンバー2。詳しくは『43.「無感情の面影」』『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『外壁』~」』にて


・『ルイーザ』→ニコルと共に旅をしたメンバー。最強と目される魔術師。高飛車な性格。エリザベートの娘。『針姐』の墨の魔術により全身に縮小した魔紋を刻んでいたが、クロエの持ち込んだ『墨虫』により無力化された。現在は記憶と魔力を失い、平凡なひとりの少女としてローレンスの館に住んでいる。詳しくは『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『魔女の湿原』~」』詳しくは『第二章 第六話「魔女の館」』参照


・『教祖テレジア』→勇者一行のひとり。山頂の街『キュラス』を牛耳る女性。奇跡と崇められる治癒魔術を使う。魔王の血を受けており、死後、『黒の血族』として第二の生命を得たが、クロエに討伐された。詳しくは『288.「治癒魔術師 ~反撃の第一歩~」』『第二章 第三話「フロントライン~①頂の街の聖女~」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ジーザス』→勇者一行のひとりであり、ヨハンの兄。『夜会卿』に仕えている。『黒の血族』と人間のハーフ


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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