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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「氷の伝言、卵と臍」

※シンクレール視点の三人称です。

 シャンティから得た血族の動向を、どうにかしてほかの拠点に伝える。それこそが、シンクレールが自身に課した責務だった。勝ち負けよりもずっと大きく彼の意識を()めていたのは言うまでもない。いかにして周囲に気取(けど)られずに遂行(すいこう)するかが問題だった。


 長髪の血族――リクが暴力を受けている最中、シンクレールはローブのポケット内で紙片に素早く、見聞きした情報を走り書きした。そして丸めた紙片を氷の魔術に混入させ、エイミーの待機している岩場へと到達するよう、魔力を調整したのである。


 決して簡単な仕事ではなかった。周囲への一斉攻撃に見せかけた氷の弾丸のうち、たったひと粒をエイミーに届けるため、極めて繊細(せんさい)な魔力の制御を必要としたのだから。ほんの少しでも誤れば、弾丸は目的地に到達しない。読み手のいない紙片は、荒廃した山岳地帯の複雑な隆起(りゅうき)のなかで、誰にも認識されず土に(かえ)ったことだろう。


 魔力の調整に二分以上も(つい)やしたのは決して無駄ではなかったと、シンクレールはしみじみ感じた。たとえこれから残酷な死が待っていようとも、必要なだけの仕事は果たしたという満足感がある。それは恐怖を消してくれる(たぐい)の感情ではなかったが、死への本能的な(おび)えよりはずっと強いものだった。


「では、シャンティ様の攻撃に移ります。これより五分間、シンクレール様は一切の抵抗が禁じられます。……お覚悟を」


 マシモフの言葉の直後、シンクレールは自分の身体が勝手に動くのを感じた。まずは両足の(かかと)がぴったりと貼り付く。次に、両腕が水平に開かれる。前後に重心を移動しても、見えないなにかに押し返され、決して倒れることなく直立させられている。


 案山子(かかし)


 先ほどのシャンティとまったく同じ姿勢が、シンクレールに()いられていた。身体に力を入れることは出来るし、少しなら動かせもする。特に首から上は自由だったが、無抵抗の存在であることには違いなかった。


「なんだ……これ」


 彼の呟きを拾ったのだろう、マシモフから得意気な声が返った。「わたくしめの力でございます。現ラガニア人の持つ異能とでも申しましょうか。なにも、(はりつけ)にする力を持っているわけではございませんよ。両者の合意に(もと)づいて、(とどこお)りなくゲームを遂行するための制約……それがわたくしめの力です。ああ、ご安心を。わたくしに出来るのは合意された事項を守らせるための(かせ)()めるだけですので、不平等な肩入れは不可能です。シャンティ様が無傷なのは、わたくしめが細工をしたわけではなく、ご自身のお力なのですよ」


 マシモフが楽しげに語る内容が真実であろうと(いつわ)りであろうと、シンクレールにとっては重要ではなかった。


 これから蹂躙(じゅうりん)されること。自分の果たすべき役割は完遂したこと。そのふたつ以上に、確かな現実などありはしない。


「では、シャンティ様のターンを開始します」


 シンクレールは目をつむった。もう自分に出来ることはない。どんな事実を手に入れても、エイミーに伝える手段はない。


 マシモフの言った通り、彼は無抵抗だった。魔術を展開しようとしても、魔力が体内を推移(すいい)していくだけなのである。(つば)を吐きかけるくらいのことは可能だろうが、そんな子供じみた抵抗、なんの意味もなかった。


 風の音に混じって、咆哮(ほうこう)や金属音が鳴っている。しかし勇ましい音の数々は、じき消える運命にある。あと何時間、正面きっての戦闘が続くだろうかと、シンクレールは(まぶた)の裏の闇に投げかけた。半日持つだろうか。その(かん)、どれほど敵の戦力を削り取ることが出来るだろう。


 ああ、でも。


 みんな死ぬ。


 みんな死んでいく。


 地面を濡らす真っ赤な色彩は、ほとんどが人間の流す血だ。


 それでもいい。


 その先に王都の勝利がありさえすれば――。


「シンクレールくん。これから四つ、質問するね」


 頬に触れる指先の感触で、シンクレールは凝然(ぎょうぜん)と目を見開いた。


 眼前にシャンティの顔が大写しになっている。二十センチも離れていない。


 至近距離で見る彼女の肌は、異様に(なめ)らかだった。老いによる(しわ)も染みもない。だからこそ、鼻翼(びよく)鼻梁(びりょう)、唇、耳――(いた)るところに埋まり、ぶら下がり、()まった様々な装飾が、よりグロテスクな加虐趣味の産物に見えてならなかった。


「嘘をつかないで答えてくれたら、一分間攻撃しないであげる。質問ひとつにつき一分。いい? シンクレールくんは正直に答えるだけで、次のターンをもらえるんだよ」


 大サービスだよ、これって。


 彼女はひどく楽しげに言う。


 シンクレールはというと、さして当惑せずに(うなず)きを返しただけだった。このタイプの手合いがなにを(たの)しみにしているか、充分に理解していたのである。目の前の弱者をいたぶって遊ぶ目論見(もくろみ)しかないのだ、きっと。


「それじゃ、ひとつ目」


 ――もし人間側の作戦や拠点の位置を聞かれたら。


 シンクレールは、適切な嘘を頭の中で()り上げていく。


 ――そのときは、白銀猟兵(ホワイトゴーレム)が重点的に配備された場所を告げてやろう。あるいは、(じつ)は王都はものけの(から)で、付近の山々に勢力を隠しているとでも言ってやろう。それとも、夜会卿(やかいきょう)の勢力と裏で結託しているだとか――。


「好きな食べ物は?」


「え?」


「好きな食べ物、なに?」


 相手がなにをたずねているのか、一瞬分からなかった。言葉の内容を把握しても、それをわざわざたずねる意味がまったく分からない。


 シンクレールは、ただぽかんとシャンティを見つめるばかりだった。


「答えないなら攻撃するよ」


「あ、えー、と……タマゴ」


「タマゴ?」


「あ、うん、特にオムレツが……」


 視界の端にマシモフがいて、頭に卵が浮かんだだけのことであった。嫌いではない。どちらかというと好きな部類に入る。日常的に口にする丸パンよりは、鶏卵(けいらん)のほうが多少の特別感があり、また、味もシンクレールの好みだった。それにオムレツは一時期ハマっていて、自分でも作るくらいの入れ込み具合だったことがある。


 シャンティは自分の頬に人差し指を当てて沈黙している。彼女が今なにを考えているのか、シンクレールにはさっぱり分からなかった。少なくとも質問の内容からは、いたぶる意図(いと)を見出せない。


「……なんでそんなことを聞くんだ」


「ん?」彼女は首を(かし)げ、さも当然のように言い放った。「だって、これから私のものになるんだから、色々知っておかなくちゃ」


 瞬間的に、彼の脳裏(のうり)にトリクシィの顔がちらついた。


 隷属(れいぞく)


 支配。


 そうしたイメージの前景に、彼女の加虐的な微笑がある。


「質問ふたつ目。ピアスをつけるなら、どこがいい?」


「ピアス?」


「そ」シャンティは自分の右耳を指先で(もてあそ)んだ。銀の金具が揺れ、軽い音を立てる。「これのこと」


「そんなもの、つけたくない」


 そう答えた直後、耳の奥で水音が()ぜた。胸に訪れた衝撃が全身に伝播(でんぱ)し、視界が白濁(はくだく)する。反射的に上向いた口から、液体が噴き出すのを感じた。それが自分の血液であると知ったのは数秒後――途切れた意識が繋がり、体内に感じる痛みに耐えながら現実の景色を認識してからのことである。


 シャンティの手のひらが、シンクレールの鳩尾(みぞおち)あたりに押し込まれていた。掌底(しょうてい)を食らったのだと、乱れる意識のなかで把握する。


「質問にはちゃんと答えようね。私はピアスをつけたいかどうかを聞いたんじゃないの。つけるならどこがいいかを聞いたの」


「そ、そんなこと、考えたこと、ない」


「なら、考えてね。今すぐ」


 真面目に考えるつもりなどないのに、自然と思考が導かれていく。答えに意味などないと知りながら、それでもシンクレールは、頭に浮かんだイメージのまま、ぽつりと返していた。


「……へそ」


 すると、目の前の女の瞳が急に輝きを増した。さも興味深そうに。


「なんでなんで? なんでへそピ?」


「……服で、隠れるから」


「へぇ~! 秘密にしときたいんだね~」


 あは、と声を上げて破顔(はがん)するシャンティを見て、シンクレールは奥歯を噛みしめた。血の味が舌にこびりついていて、今の状況の不快感を増幅させているように感じた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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