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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第四章 第三話「永遠の夜ー①前線基地ー」
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Side Sinclair.「シャンティ」

※シンクレール視点の三人称です。

 やがてシンクレールは、谷の入り口を(とら)えた。


 (うごめ)く魔物たちに対して、兵士が果敢(かかん)に戦っている。血族の姿もちらほら見えたが、連中はもっぱら白銀猟兵(ホワイトゴーレム)の相手をしているようだった。そして谷の先には黒々とした敵の群れが、ほとんど無数と言っていいほどの勢力で広がっている。


 右手に魔力を集中させる。群れの中心に巨大な氷の魔術を放つために。


 しかし、シンクレールの準備は中断を余儀(よぎ)なくされた。


 数十メートル先の大岩の影から、血族が姿を現したのである。谷には降りず、地上の起伏(きふく)を越えて進行してきたのだろう。白銀猟兵(ホワイトゴーレム)を他の者に任せて。


 血族たちは隊列を組み、妙なものを(かつ)いでいた。見たところ、こじんまりした一軒家ほどの大きさの神輿(みこし)である。(まばゆ)いばかりの金色の装飾が(ほどこ)されたその物体は、前方に両開きの戸が(しつら)えてある。その神輿を中心にして、周囲を武装した血族が歩んでいた。シンクレールの存在にはとうに気付いている様子だったが、一切歩調を変えようとはしない。


 シンクレールは質の異なる魔力を()り直し、右の手のひらを血族たちに向けた。それでも彼らは顔色ひとつ変えない。足取りも一定である。先頭を歩む長髪の男が、わずかばかり(まゆ)を動かした程度の変化だった。


 男の腰には妙に長い鞘が下がっている。瞬時に振るうにはいささか大振りな代物に見えた。大味な攻撃には対処出来るだろうが、細やかな魔術に対応するのは困難だろう――。


 ほんの僅かな観察で、シンクレールは自分の取るべき行動を判断した。


氷の矢(グラス・フレス)!!」


 空中に展開されたいくつもの氷柱(つらら)が、勢いよく放たれた。全弾、神輿に命中する弾道である。


 先頭の男が、腰の刀を抜き去った。


 刃の描いた銀の軌跡(きせき)が、次々と氷柱を打ち落としていく。


 一斉掃射した魔術は、ただのひとつも目標に到達しなかった。


 男は涼しげな顔色で刀を鞘に納める。凛とした金属音が周囲に響いた。斬撃も含め、そうした一連の動きの最中も男は一定の歩みを乱さなかった。反撃をしてくる様子もない。


 シンクレールの呼吸が一瞬、制止した。長髪の男が、これまで自分が直接対峙してきたどの相手よりも格上であることを、否応(いやおう)なく(さと)ってしまったのである。血族のハンジェンよりも、騎士のトリクシィよりも、明らかに強者であると。


 五メートルほど先の、やや開けた平地で彼らは歩みを止めた。


「お前がここのリーダーだな?」


 口を開いたのは、例の長髪の男である。彼は手を後ろに組んで直立し、まっすぐにシンクレールを見据(みす)えていた。


 一気に攻撃を仕掛けるかどうか、シンクレールは迷っていた。どうも敵の様子がおかしい。こちらが攻撃してもなんの反撃もしないあたり、奇妙としか言いようがなかった。


 戸惑(とまど)いのなか、今ここには存在しない声――魔術による交信が彼の耳に浸透した。


『総員撤退』


 声は(まぎ)れもなくエイミーのものである。すると、彼女は逃げ出すことなく監視台に残っているのかもしれない。シンクレールは少しばかり背を押してもらった気持ちになった。


「もう一度聞く」長髪の男が、先ほどとまったく同じ口調で繰り返した。「お前がここのリーダーだな?」


「そう見えるなら光栄だ」


 返事をぼかしたつもりだったが、男はそれで納得したらしい。神輿を振り(あお)ぎ、「お()でくださいませ!!」と声を張り上げた。


 神輿の戸が開く――その瞬間に合わせて、シンクレールは魔術を(はな)つつもりだった。そのために両手の先端まで色濃く魔力を集中させていたのだが、しかし、それが展開されることはなかった。戸が開かれると同時に(あふ)れ出した膨大(ぼうだい)な魔力に、ほんの一瞬、気が遠くなってしまったのである。そして、(さん)じた意識が再び制御下に戻ったときには、すでに神輿の魔力は消えていた。がらんどうの空間があるのみ。


 面食(めんく)らうシンクレールの耳元に、ふ、と吐息がかかった。


「眼鏡男子だぁ」


 ねっとりした口調の、低い女の声がシンクレールの鼓膜(こまく)を震わした。思わず飛びのき、声の方角に手のひらを向けたのは、ごく自然な反射的動作だった。


 女は、二メートルを優に越える長身を腰で折った姿勢――シンクレールに(ささや)きかけた姿勢のまま、濃いブルーの唇を半月型に(ゆが)めて笑った。高い鼻に長い睫毛(まつげ)、目元に散らした銀粉は両の瞳を(あで)やかに拡大させている。染みひとつない肌は人間とは当然異なる紫で、しかし、美的であることは確かだった。黒髪は額際(ひたいぎわ)から後頭部まで()み込まれたスタイルで、紫の頭皮と髪の黒とが等間隔の(しま)を走らせている。上半身は七分のぴったりした黒いシャツで、丈が短く、そのせいで(へそ)が露出していた。下半身を(おお)うズボンは身体のラインに沿った作りで、こちらも黒ではあったがシャツと違って光沢を()びている。足元の編み上げブーツと同じ質感だった。


 それだけでも充分奇妙な()で立ちだが、極めつけは装身具である。首から下がった手のひら大の銀時計や、じゃらじゃらと小うるさい手首のリングたち、そして十指に満遍(まんべん)なく装着した雑多なデザインの指輪たち――それらが普通に思えてしまう程度には、大量の改造が肌に(ほどこ)されていた。拷問でも受けたのかと錯覚するほど多くのピアスが、彼女の肌という肌に食い込んでいる。特に両耳は異常な数で、地肌よりも金属質な色彩が面積として(まさ)っていた。唇をひと舐めした舌は、ふたつに割けている。


 王都でも、派手な(よそお)いというものはある。不可逆(ふかぎゃく)な身体改造も、あるにはあった。とはいえそれらは、耳に輪を通す程度のことである。彼女の肉体に比べればあまりにささやかだった。


 ()しげなく(ほとばし)る膨大な魔力と、異様な装い。そのふたつに圧倒されて、シンクレールはほとんど呼吸も忘れていた。冷静に頭を働かすことが出来ていなかった。


「お名前、教えてよ」


 (ねば)っこい声。その音色(ねいろ)に絡まれて身動きが取れないような、そんな錯覚をシンクレールは覚えた。


 手に集中させた魔力が不安定に揺れていることを知りつつ、魔術を()りなす。


氷の矢(グラス・フレス)!」


 放たれた氷柱は、多少なりとも魔術の心得のある者が見たなら、鼻で笑ってしまうほどの代物だった。あまりにも整っていない、程度の低い攻撃魔術。


 氷柱は女に命中する手前で、瞬時に展開された半透明な壁に(はば)まれて霧散(むさん)した。


 予備動作なしに出現したその防御は、シンクレールの知識にないものだった。魔術のように見えるが、それにしては、彼女の身の魔力に動きがなさ過ぎる。彼女ではなく、ほかの血族が展開した防御魔術だろうか。(さだ)かではないが、シンクレールはようやく、自分が冷静さを取り戻しつつあることを自覚した。練度(れんど)の低い魔術を放ったのも、敵が余裕の態度を貫いているうちに少しでも情報を得るためである。どのように対処するのか、その対処方法を自分は打ち破れるか。残念ながら得られた情報はほぼゼロだったが、彼の思考が敵の攻略へと再び集中し始めたことは(さいわ)いだった。


氷の矢(グラス・フレス)、って名前なの?」


 女は愉快そうに、唇に軽く指を当てて笑う。集中力を途切れさせてはいなかったが、シンクレールは僅かに赤面した。


「違う。僕はシンクレールだ。お前はどこの誰なんだ」


「急に早口じゃん」


 言って、彼女は取り巻きの血族たちに笑いかけた。人さし指をシンクレールに向けて。


 追従(ついしょう)の笑いが(はじ)けたが、シンクレールの耳には機械的な笑い声に聴こえた。


 彼が嫌悪するもののなかでも、一番苦手としているのが嘲笑(ちょうしょう)である。特に女性から浴びせられるそれは、どこで耳にしても背に冷たい汗をかく。以前、彼が隷属(れいぞく)していた騎士――トリクシィのことが頭に浮かぶからだった。とっくに彼の前から姿を消しているし、すでに乗り越えた相手ではあったが、過去に受けた仕打ちはときどき頭をよぎる。そのたびに苦々しい思いになるのだ。


「はいはい、シンクレールくんね。よろしくぅ」


 女は、すっと手を差し出した。


 握手を無視し、シンクレールは女を見上げる。背丈は彼女のほうがずっと高い。


「握手、してくれないの?」


「するわけないだろ。敵同士なんだから」


「敵だって!」女は笑う。取り巻きも、やや遅れて笑う。


 拳を握り、シンクレールは再び問いかけた。「それで、お前は誰なんだ」


 まず敵を知らなければ話になりません、強そうな相手と対面したときは、まず名前をたずねることですな――ヨハンの言葉を、シンクレールは頭で反芻(はんすう)する。ルドベキアからの帰路、ヨハンは主要な血族について語ってくれたのだ。シンクレールにも打ち倒せそうな相手と、厳しい相手。


 なかでも、決して対面してはならない二人の血族については印象に残っている。


 ひとりは、夜会卿(やかいきょう)ことヴラド。


 そしてもうひとりは――。




『通称、簒奪卿(さんだつきょう)。名はシャンティ。こいつに会ったらすぐに逃げてください。もっとも、逃げ切れる可能性はほぼないでしょうが……』


『なんだよ、それ。弱点とかないのか?』


『弱点があったら、とっくに死んでますよ。なにしろ彼女は同じ血族にも嫌われてますから。何度も領地を攻撃されてます。ですが、一度も敗走したことはありません。もし戦場で会ったら自分の不運を呪うことですな』




 ブルーの唇から(つむ)がれた彼女の名を聞いて、シンクレールは自身の不運に歯噛(はが)みした。


「私、シャンティって言うの。よろしくねぇ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。リリーを裏切り『緋色の月』に協力したが、シンクレールに討たれた。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『白銀猟兵(ホワイトゴーレム)』→人を模した、ずんぐりとした物体。オブライエンの量産している兵器。指令を送ればその通りに行動をすることが出来る。動きは機敏で、硬度は高い。詳細は『幕間.「白銀空間~潜入~」』『幕間.「白銀空間~白銀猟兵と一問一答~」』『幕間.「白銀空間~魔具制御局~」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した『気化アルテゴ』によって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『氷の矢(グラス・フレス)』→氷柱を放つ魔術。初出は『269.「後悔よりも強く」』


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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