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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第五話「魔術都市ハルキゲニア~①二兎と時計塔~」
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111.「要注意人物」

 外から見上げたレジスタンスのアジトは廃墟じみていた。四階建ての打ち捨てられた集合住宅。そんな風情だ。周囲には同様の建物が立ち並び、荒廃した街といった印象を受けた。


 昨晩、ドレンテは街の区分について語ってくれた。ハルキゲニアは四つのエリアからなる都市である、と。街の南端には貧民街区があり、それを半円形に囲うように市民街区が広がっている。そのまた先には多くの富を持つ富裕層のための街区があり、北端は貴族街区となっている。市民街区には街のシンボルである時計塔が屹立(きつりつ)し、富裕街区には『アカデミー』がある。貴族街区と富裕街区の中間地点に『議事堂』と呼ばれる街の意思決定機関が存在する。


 女王の城は貴族街区の北端にある、とのことだった。


 貧民街区には襤褸(ぼろ)(まと)った住民がたむろしていた。彼らは一様にこちらから目を()らし、そそくさと足早に去っていく。わたしの服装と腰のサーベルが理由だろう。深紅のシャツとコルセットは、彼らにとっては富裕街区の住民か裕福な一般市民と見えたに違いない。しかし、逃げるとはどういうことだろう。


 荒れた道をてくてく歩きながら考えた。ヒエラルキーを維持する仕組みでもあるのかもしれない。たとえば、下層市民が上層市民に危害を加えた場合は、妥当性(だとうせい)の有無にかかわらず下層市民に厳罰が下される、といった具合に。


 確か、騎士団は都市の自治も(にな)っているとの話ではあった。すると、彼らが下層市民の蜂起(ほうき)を防ぐための抑止力(よくしりょく)となっているのかもしれない。そう考えると、貧民街区の人々の怯えた様子も納得出来た。変な言いがかりでもつけられようものなら一方的に罰せられる。そんな立場にあっては堂々と立ち振る舞うことなど出来ない。


 やがて前方に木の柵が見えた。その先には洒落(しゃれ)た造りの街並みが広がっている。敷石は整然と並び、街路樹さえ植えてある。遠くでは時計塔が時を告げていた。


 柵は軽々と(また)げるような低さである。街区の分離を示すためだけに設置されたのだろう。


 貧民街区の(ひび)割れた道と違い、市民街区は街路の整備が行き届いているような印象だった。


 市民街区の小路(こみち)に入ると、どことなく見覚えがあるように感じた。そうだ、マルメロの街路と似ているのだ。蜘蛛の巣状に広がった街路と、密集した家並。


 時計塔を見上げる。


 時計塔だってケロくんの潜伏していた廃墟で目にしたことがある。あれはルフの巣にされて無残に破壊されていたが、こちらは陽光を受けて(そび)えていた。


 マルメロも、あの廃墟も、きっとハルキゲニアをモデルにしたのだろう。でなければこうも酷似(こくじ)しない。そう考えると、ハルキゲニアは『最果て』の北端にありながらこの地域一帯を支配するような影響力の強い都市なのだろう。かつては貿易も盛んにおこなわれていた、と手記に書かれていた。


 なぜ『最果て』北端の街がこれほど発展しているのか。わたしは、ある理由を思いついて息を呑んだ。


『岩蜘蛛の巣』に追放者を閉じ込めてしまう習慣は遥か昔からあった、と王都の歴史書で読んだことがある。何百年も以前から続くしきたり。ならば、時折(ときおり)追放者がハルキゲニアに辿り着くこともあったのではないか。彼らが王都仕込みの魔術や知識で街を発展させていったのなら……。


 所詮(しょせん)は空想に過ぎなかったが、我ながら的を射ているのではないか、と思って口元が引き締まった。


 暫く進むと、思わず「わぁ……」と感嘆の声が漏れた。


 視界が急に開け、巨大な噴水が設置された広場に出たのだ。噴水の中心には精緻(せいち)な像が建てられている。両手を広げたローブ姿の女性。足元に(かしず)く兵士らしき人々。その像を覆うように、柔らかな光の(おび)が現れたり消えたりしている。帯は明滅するたびに色を変え、像を美麗に(いろど)っていた。


 像が魔道具であることはすぐに気付いた。そこから放たれる魔術が七色の帯なのだろう。


 貧民街区を想うとやるせなさが(きざ)したが、美しい物は美しい。成金趣味が透けて見えても、だ。


 道行く市民の装いも清潔である。貧民街区と市民街区ではあまりに落差が激しかった。これなら富裕街区はもっと凄いのかもしれない。女王の城へ行くためには富裕街区を突っ切る必要があるので、必然的に目にすることが出来るだろう。少し、わくわくした。


 しかしながら、警戒を(おこた)るわけにはいかない。昨晩ドレンテは、ハルキゲニア騎士団の中でも特に注意すべき四人について説明してくれた。まず筆頭として騎士団長の『帽子屋』と呼ばれる男。シルクハット姿と、腰に下げたレイピアが目印との話である。次に、以前ハルキゲニア防衛を担っていた魔術師のひとりであるグレイベル。この人物に関しては詳細な特徴を語ってはくれなかった。ただ、灰色の髪をした男とだけ教えてくれた。三人目と四人目は――。


 不意に、ざわめきが広場を満たした。何事かと思って喧騒(けんそう)の方向に目をやると、男が身振り手振り激しくなにやら叫んでいる。


 ゆるゆるとそちらに歩を進めると、不穏なフレーズが耳に入った。


「盗賊が……」「騎士団が……」「襲撃……」


 ざわめきの中では正確に文脈を(とら)えることが出来なかった。ただ、その不穏なフレーズを組み合わせていくとなにが起こっているのかは容易に想像出来る。


 盗賊がハルキゲニアの門前で騎士団と戦闘している。そんなところだろう。


 嫌な予感が背を這った。ハルキゲニア一帯で盗賊といえば、タソガレ盗賊団しかないことは知っている。なぜ彼らが無謀にもハルキゲニアを襲撃しているのか、その理由がさっぱり分からなかった。


 一瞬迷ったが、門の方角へ駆けた。


 何度か門前へと向かう市民を追い抜いたが、一様に好奇心に満ちた表情を浮かべていた。彼らにとっては見世物なのだろう、きっと。我らがハルキゲニア騎士団が悪党を成敗する様子を目にすることが出来る、という腹だ。


 門から少し距離を(へだ)てた場所に人だかりが出来ていた。人波を押しのけて前列に出る。野次馬は遠巻きに門と、そこにいる騎士団員を眺めているようだった。


 騎士団員は甲冑(かっちゅう)を身に着けていたので、すぐにそれと分かった。門の先には粗野(そや)な格好をした男たちが剣を構えて威嚇している。どちらの勢力も二十人に満たない人員だ。


 彼らから野次馬まではおよそ十メートルほどの距離があった。安全に好奇心を満たせる距離、ということだろう。野次馬の列は絶えず身を揺らし、新たに発見出来るものはないだろうかと目を凝らしている。周囲には囁きが積み重なって、不穏なざわめきと化していた。


「報復らしいわよ」「騎士団に潰された盗賊が……」「残党どもが捨て身の……」「悪党退治のための遠征で」「この間、騎士団がマルメロに」


 断片的な言葉を繋ぎ合わせると、噂の内容が見えてきた。鼓動が急激に大きくなる。


 ハルキゲニア騎士団がつい先日、マルメロまで遠征したらしい。目的はタソガレ盗賊団の殲滅(せんめつ)。理由は不明だが、想像するに『ユートピア号』襲撃の一件が関係しているのだろう。騎士たちは盗賊団を半壊させたものの、残党は散り散りになったらしい。これ以上の追撃は不要と判断しハルキゲニアへ帰還したところ、この残党騒ぎが巻き起こったというわけだ。


 騎士団の遠征部隊と擦れ違わなかったことを(かんが)みるに、丁度わたしとヨハンが『毒瑠璃の洞窟』に(もぐ)った日に出征(しゅっせい)したのだろうか。それにしても早過ぎる。わたしたちが洞窟に入ってから今日までで三日か四日程度しか経っていない。


 ハルキゲニアからマルメロまで最低三日必要なはずだった。ハルキゲニアからハイペリカムまでで一日。ハイペリカムからランタナまで一日。ランタナからマルメロまでで、やはり一日を消費する。野営での強行軍であっても、やはり丸二日は必要だろう。マルメロ到着後、盗賊団の潜伏先の特定から襲撃までで、やはりある程度の時間が必要であろう。にもかかわらず本当に遠征がなされ、彼らが盗賊団を半壊させたのなら、移動時間を圧縮させるための魔術か魔道具がなければ成立しない。普通ならそんな都合の良い道具の存在は信じるに値しなかった。


 しかし、だ。都市を丸ごと囲う防御壁は魔力に満ち溢れ、老魔術師レオネルをもってして「完璧」と言わしめる防衛力を誇っている。そんな冗談のような建造物があるのなら、魔術による早駆けの馬車や、魔道具による別の移動手段があってもなんらおかしくはない。つまり、野次馬の囁く噂話も否定出来ないのだ。


 マルメロでの出来事が頭をよぎる。タソガレ盗賊団は『ジャック派』であるウォルターをトップに()えた新体制に移行した。ウォルターは魔物からの住民警護で地道に収益を上げるはずだった。


 もしウォルターたちが騎士団によって殺されていたのなら。


 村や町の安全は誰が守るというのか。自警団を作れるような規模の町ならいいが、そんな整った場所は限られている。ハルキゲニア騎士団にそれを斟酌(しんしゃく)しろとまでは思わなかったが、ウォルターのことだ、少なからず譲歩の道は示したはず。騎士たちがそれを理解したならば、今しも門前で始まろうとしている戦闘には至らないであろう。


 歯がゆい。


 どちらが正しいとも言えない。騎士団から見れば盗賊団は馬車を襲う外敵でしかない。彼らの説得などに耳を貸すような真似はせず、粛々(しゅくしゅく)と仕事をしただけのことだろう。


 盗賊団は盗賊団で、騎士たちにやられたままでは納得のいかない勢力が出るのは容易に想像がつく。たとえウォルターがタクトを振ったとしても、全員を同じ方向に導けるとは限らないのだ。それに、そもそもウォルターが健在であるという確証もない。


 このまま盗賊が蹂躙(じゅうりん)されるのを見ているしかないのだろうか。多分、ヨハンならそうするだろう。それが賢い選択だ。


 しかし、だ。


 一歩、野次馬の最前列から抜け出した。周囲のざわめきが大きくなる。


 迷いなく、騎士団へと歩みを進めた。


 なぜ自分が門へと一直線に向かっているのか。その理由はいくつかある。


 ひとつ、弱者を叩く真似は好かない。


 ふたつ、盗賊たちには少なからず思い入れがある。彼らをむざむざ死に追いやるくらいならわたしが前に出る。


 みっつ、盗賊たちには一切の魔力がない。騎士団員も(おおむ)ね同じだったが、例外が二人いた。


 並外れた魔力の人間が、わざわざ残党狩りのために門まで出張(でば)っている事実が気に入らない。


 防壁と一体になった門の上に、そいつらはいた。


 ドレンテが危険人物として示した三人目と四人目。魔術師と、魔具使い。双子の騎士。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。



・『アカデミー』→魔術師養成機関。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』にて


・『マルメロ』→商業の盛んな街。タソガレ盗賊団のアジトから近い。詳しくは『47.「マルメロ・ショッピングストリート」』にて


・『ケロくんの潜伏していた廃墟』→『61.「カエル男を追って~魔物の巣~」』参照


・『ケロくん』→カエル頭の魔術師。正式名称はケラケルケイン・ケロケイン。詳細は『第三話「軛を越えて~②カエル男と廃墟の魔女~」』参照


・『ランタナ』→農業の活発な町。詳しくは『59.「逃亡とランタナの農地」』にて


・『ハイペリカム』→ハルキゲニアの手前に位置する村。『第三話「軛を越えて~③英雄志望者と生贄少女~」』の舞台


・『手記』→ここではレオネルの書き記した紙片を指す。詳しくは『104.「ハルキゲニア今昔物語」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。


・『タソガレ盗賊団』→マルメロを中心に活動する盗賊団。詳しくは『第三話「(くびき)を越えて~①ふたつの派閥とひとつの眼~」』にて


・『ジャック派』→タソガレ盗賊団の穏健派グループ。詳しくは『45.「ふたつの派閥」』にて


・『ウォルター』→タソガレ盗賊団のボス。穏健派。元ボスであるジャックを心酔している。詳しくは『48.「ウォルター≒ジャック」』など参照


・『ユートピア号』→子供を乗せてハルキゲニアへ向かう馬車。詳しくは『54.「晩餐~夢にまで見た料理~」』にて


・『ルフ』→鳥型の大型魔物。詳しくは『37.「暁の怪鳥」』にて

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