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953.「阿鼻叫喚の町」

 路地。噴水広場。民家の三角屋根。畑。次々と地上に降り立つ色とりどりの竜人は、色彩豊かな街並みにさらなる(にぎ)やかさを添えていた。


 そう。賑やかと言えば――。


「助けてくれー!!!」

「化け物よ!!」

「逃げてー!!」


 まさしく阿鼻叫喚の嵐である。竜人たちが降り立ったのは街の中心に位置する噴水広場で、その場所から同心円状に慌ただしい靴音と悲鳴が拡散されていく。


「ん……いやはや」


 いつの()にやらわたしの隣まで近寄っていたヨハンが、大きく伸びをする。眠そうな声と顔だ。寝起きでこの騒ぎを耳にするのはさぞ不愉快だろうと思う。


「ラクローさんは約束を守ってくれなかったようですね」


「ええ」


 十日以内に竜人がこの街を訪れるから、周知しておくよう町長であるラクローに伝えていたのだが、それにしては過剰な喧騒(けんそう)だった。蜂の巣をつついたような大騒ぎが巻き起こっている。あの無責任な町長は、竜人の説得など不可能と断定してなにひとつ行動を起こさなかったのだろう。


 が、落胆は感じない。困ったとも思わない。マグオートの人々がどれだけ泣こうが(わめ)こうが知ったことではないのだ。


「おい、貴様。この騒ぎはどういうことだ」


 いかにも不快そうにサフィーロが言う。何体かの竜人も彼と同様に、わたしを睨んでいた。


「話が伝わってなかったみたい。ごめんね、サフィーロ」


 ぺろん、と舌を出してみた。こういうときって、こんな態度で良かったと思う。失敗は茶目っ気で誤魔化(ごまか)すに限るわけだけど、妥当(だとう)な対応かは分からない。


「気色の悪い誤魔化し方をするな……」


 サフィーロは肩を落とし、首を横に振って舌打ちした。先ほどまでの挑みかかるような敵意は軟化(なんか)している。どうやらわたしの茶目っ気はそれなりの効果を上げたのだろう。まあ、効果的かどうかは全然興味がないけど。無駄なコミュニケーションを無駄に取ってみただけだ。


 遠ざかっていく悲鳴とは別に、ひとまとまりの靴音が近付いてくることに気付いた。音だけで、おおよその事柄(ことがら)が分かる。数は二十人前後。急いではいるようだけど、団子のようにかたまって離れないようにしている。隊列というよりは密集。特定の目的地に向かっているようだけど、統制が取れているというよりは、怯えを(おさ)えて駆けているからこその(いびつ)な団結。ひとりでも逃げ出せば簡単に散り散りになってしまう脆弱(ぜいじゃく)な集団。足音が近づくにつれて、それらの確信を強めていった。


 やがて靴音は、広場の北方でまばらに止まった。


「こ、この街になんの用だぁ! で、出ていけっ!」


 悲惨なほど震えたその声には、覚えがあった。


 声のほうへ足を運ぼうとした矢先――。


「出ていけだと……?」


 サフィーロだ。彼はそう言うや(いな)や宙に躍り出て、広間の北口に降り立った。


「もう一度言ってみろ、貴様(きさま)。八つ裂きにされる覚悟で言え」


 直後、いくつかの甲高い悲鳴と、もつれた靴音が響き渡る。


 見なくても分かる。散り散りに逃げ出したのだ。わたしが想定した通り。


 けれど、全員ではないようだった。


「で、出ていけと言ったんだ!!」


 先ほどと同じ声が叫ぶ。吹っ切れたのか、震えはいくらか引いていた。それでも声の調子には怯えの色合いが強い。


「出ていけ、か。人間ごときの歓迎など小指の先ほどの価値もないが、よもや協力相手を退(しりぞ)けるほど愚かだとは思わなかった。どういう料簡(りょうけん)だ。貴様ら愚かな人間どもは我々竜人の手助けを求めていたのだろう?」


「きょ、協力……?」


「そうだ。分かったら、先ほどの非礼を詫びるがいい。地に額を(こす)りつけ、自らの愚劣さを悔悟(かいご)しろ。そののち、貴様の首を跳ね飛ばしてやる。それで不問としよう」


 竜人にも誇りはある。特にサフィーロのそれは極端に高い。首ひとつでマグオートの態度が容赦(ようしゃ)されるなら安いものだ。


 ――とも思ったけど、いたずらに人間の頭数を減らすのは得策ではない。まったくなんの戦力にもならない存在ならまだしも、怯えつつも竜人相手に言葉を放てる者はそう多くないのだから。


 何体かの竜人を押しのけ、北口へと進む。


「サフィーロ。そのへんで許してあげて」


「貴様……! どこまで私を侮辱(ぶじょく)するのだ!」


「ちょっとした手違いがあったの。どうか許してあげてね。族長に(めん)じて」


 ぺしぺしとサフィーロの身体を叩きながら、彼の巨体をぐるりと迂回(うかい)して前に出る。


 歯軋(はぎし)りが頭上で聴こえたけど、まあ、どうでもいい。


 さて。


「ごきげんよう、キャロル」


 作りたてのスマイルを向ける。


 北口の最前線に立つ彼女は、どこからどう見ても『みっともない』様子だった。足をガタガタ震わせ、自分で自分の肩を抱きしめている。目は見事に(うる)んでいた。そんな彼女の両隣で男が二人、その震える肩を支えている。


 数秒して、ようやくわたしが何者か気付いたらしい。「あっ!」と声を上げた。


「お、お前、いつぞやの女――!」


「そう、いつぞやの女。ねえ、キャロル。ラクローから竜人が来るって話、聞いてなかったの?」


 ぶるん、と首が吹き飛びそうな勢いで彼女は首を振って否定した。まるっきり初耳らしい。


「ラクローは(やしき)にいるの?」


 今度は首が縦にこくこくこくと三度上下する。まだ状況を呑み込めていないのか、それともサフィーロたち竜人の威圧感に打ちのめされてしまったのか、声が引っ込んでしまったらしい。


「それじゃ、行きましょ」


 背後のサフィーロに呼びかけてから足を踏み出すと、キャロルたちはぴょんと道の(はし)へ飛び退()いた。


 最後に見えた彼女の口元は弱々しく歪んでいた。一体この女は何者なんだ、と言わんばかりに。


 重たい足音が、いかにも渋々といった歩調で後ろから続いていく。街の悲鳴はすっかりやんでいて、(いた)って静かだった。誰もが戸口のなかで息を潜めている。あるいは、路地の影で口を押えて(うずくま)っている。そんな感じだろう。


 ベアトリスは当初、戦争後に夜会卿(やかいきょう)への宣戦布告を予定しており、決戦の場にはマグオートの人々も戦力として数えると言っていた。彼の想定は甘い。異形の者を目にするだけでこんなにも怯える人々が、いったいなんの役に立つというのだろう。盾にもならない。戦場で喚き声を上げて逃げ(まど)うだけだ。


 黙々と歩いているうちに、目に入るすべての物事がすうっと透明になっていくような感覚を得た。




 邸から出てきたラクローは、顔面蒼白だった。庭に入りきらず、通りにまではみ出した竜人を見て圧倒されたのだろう。ほかの住民のように逃げたり叫んだりしないだけマシだった。


「ごきげんよう、ラクロー。約束を果たしに来たわ」


「ぁ……約束、ですね」


「そう、約束」


 覚えてはいる様子だった。ただ、本当にわたしが竜人を率いて再訪するのは想定外だったのだろう。唖然(あぜん)としている。


「ヘイズまでの道を用意してくれるわよね? 前にわたしが案内されたのは地下だけど、竜人には狭くて通れそうにないわ。玄関だって通過出来ない。そうでしょ?」


 四つ這いになればぎりぎり邸に入れるだろうけど、地下への階段は無理だ。


「す、少し準備をさせてくれませんか……?」


「どのくらい時間がかかりそう?」


「と、とりあえずは半日ほど――」


「三十分。あなたがヘイズに行ってベアトリスを呼びつけるなり、転移装置を調整するなりすればいいわ。そもそも竜人を連れて戻ることは事前に話してたでしょ? あらかじめ備えておいてくれないと困っちゃう。せっかく協力してくれるのに、待たせるなんてとんでもないわ。そうでしょ、サフィーロ?」


 蒼の鱗の竜人に笑みを向ける。しかし返事はなかった。彼は汚いものでも見るように顔をしかめたきり、なにも言わない。


 わたしはにこやかな笑顔のまま、ラクローに向き直った。


「三十分を過ぎたら、邸に入るわ。玄関も廊下も階段も全部壊しちゃうと思うけど、ごめんなさい」


 九十度頭を下げて、ピシッと直立。スマイル。


 後ろのほうでヨハンらしきため息が聴こえてすぐ、ラクローが(あわ)ただしく邸にとんぼ返りした。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ラクロー』→マグオートの現町長。邸の地下にヘイズと接続した転送魔道具がある。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『キャロル』→マグオートの住民。気だるげな女性。運河を越えるために砂漠の廃墟の掘削事業に従事していた。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ベアトリス』→ヘイズの長であり、バーンズの子孫。血族。誠実な男。祖先の恨みを晴らすべく、夜会卿への宣戦布告を目論んでいる。鎧をかたどった貴品『虚喰』により、無形の靄を自在に操ることが可能。ただし、力を使えば使うほど鎧の内部は空洞化する。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。不死の力を持つ。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』『927.「死に嫌われている」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺膝下(ぎんりょうしっか)』。ラガニアの辺境である地下都市ヘイズと、転送の魔道具によって接続されている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて


・『ヘイズ』→ラガニアの辺境に存在する地下都市。夜会卿の町を追放されたバーンズが先頭に立って開拓した、流刑者たちの町。地下を貫く巨樹から恵みを得ている。詳しくは『第四章 第一話「祈りの系譜」』にて

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