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948.「竜と紫の共謀」

「この度はご挨拶の機会を(たまわ)りまして、恐悦至極にございます。クロエお嬢様の世話役であるところの(わたくし)、ヨハンが、代理にてお話しさせていただきますこと、何卒ご容赦(ようしゃ)ください」


 審判の場として馴染み深い大広間。その壇上にわたしはいる。隣ではヨハンが意気揚々と言葉を(ろう)していた。


 次期族長を決める戦いは、結局わたしの勝利で終わった。彼らにとっては異例中の異例だ。なにせ竜人のトップの座を竜人以外が得ることになったのだから。決闘の直後に行われるセレモニーは中止になるかと思ったのだが、こうして(とどこお)りなく開かれる運びとなったのは意外だった。だからといってどうということもないが。


 ボイコットした者も少ないようで、広間は色とりどりの鱗で埋まっていた。壇上へと(そそ)がれる視線は、敵意が半分、困惑が三割、(うつ)ろな瞳が二割。


「皆様の心中(しんちゅう)、お察しいたします。竜人の頂点に血族が立つなどという事態は、誰にも想像の(およ)ばぬ事柄(ことがら)……。私としましても、皆様と同じ立場だったなら、目を()き、現実を受け入れることの困難さに打ちひしがれたことでしょう。しかしながら、雌雄(しゆう)は決したのであります。先の族長であるアダマス氏は敗れ、竜人随一(ずいいち)の戦士であるサフィーロ氏はクロエ嬢の勝利をお認めになった」


 咳払いが聞こえたので振り返ると、わたしの背丈よりも高い位置に(はい)された扇状(おうぎじょう)の席から、グリムが身を乗り出していた。そんな彼を竜姫(りゅうき)が支えている。


 決闘が終わってすぐに会場まで移動し、()を置かずセレモニーがはじまったので、二人とはもちろん言葉を()わしていない。以前のわたしならそのことを申し訳なく思っただろうけど、今はなんの感慨(かんがい)もなかった。そもそも、顔を突き合わせて会話をする動機もなければ、話すべき内容もない。


 決闘中に起こった感情の爆発は、今や嘘のように消えている。涙を流したことさえ、もうなんとも思っていない。哀しかった気持ちや燃えるような(よろこ)びの感情は、もはや過去に流されてしまった。


「とはいえ、竜人を(たば)ねる資質が我々にあるかというと、(いな)です。権利はあっても、族長として一切を取り仕切り、未来をともにすることが困難なのは自明(じめい)でしょう。血族と竜人とでは身体上の違いもあれば、習慣も異なる。皆様の胸に刻まれている思想もまた、我々が共有しているものではございません」


 決闘後に会話をした相手はヨハンだけだ。サフィーロがなにか言ってきたけれど無視したし、スピネルが泣きついてきたけどそれも取り合わなかった。言葉少なに今後のプランを告げるヨハンに、同意の言葉を返しただけ。


 扇状の席には竜姫とグリムのほかにも、老いた竜人が神妙な顔で()している。闘技場でお偉いの席にいた連中だ。そして彼らのうちのひとりが、『決闘中は族長不在ゆえアダマスに決定権はない』と口を挟んだのである。あの言葉がなければ、こうしてわたしが族長となることはなかっただろう。わずかな人員を得て、竜人の地をあとにしたはずだ。


「我々の目的はひとつです。皆様竜人に、人間の味方をしていただきたい。具体的には、そう、戦争参加です。ひと月以内に、グレキランスは戦場となります。その際、皆様に戦ってもらうことが我々の要求であり、族長としての命令となります。拒否権はありませんよ。無論、ご参加いただくのは皆様のなかでも苛烈(かれつ)な戦闘に耐えうる力を持った者に限られますが――人選は追ってお伝えします。そのあたりのことはサフィーロ氏やアダマス氏とも相談すべきですから」


 二人の姿はこの場にない。意識を失ったアダマスを、サフィーロが医務室へ運んでいったのだ。


『なにか言うことはないのか』


 アダマスを背負ったサフィーロが、去り際に足を止め、わたしへと放った言葉だ。なにも言うことはなかったので返事をしなかった。舌打ちとため息が聴こえたのも記憶している。


「族長となれば、否応(いやおう)なく『霊山』への常駐(じょうちゅう)が必要と(うかが)っております。残念ながら我々はこの場所に留まることは出来ないのです。お察しの通り、私もクロエ嬢も人間世界での重要な役目がありますのでね。そのようなわけで、戦争参加の命令は族長として最初で最後の仕事となります。以後の自治はほかの者に(ゆず)りましょう」


 前方でどよめきが広がった。誰もが顔を見合わせたり、首を(かし)げたりしている。


 その一方で、わたしたちの後ろ――老人たちの席は静かだった。


「我々の代理族長として、アレク氏を指名します。次の決闘が行われるまでは彼が竜人を束ねる最高権力者となるのです」


 呟きがぶつかり合い、動揺が高波のごとく寄せた。


「な、なにを言っているのですか!?」裏返った声が、広間の(はし)から上がる。「待ってください! どういう料簡(りょうけん)ですか!?」声は次第に、壇上へと移動していく。「一体なんの権利があって族長代理などという暴挙を――」


「暴挙ではありませんよ、アレクさん。私たちは貴方(あなた)こそが竜人を束ねるのに相応(ふさわ)しい人格者だと知っているのです」


 壇上に姿を見せたアレクに、ヨハンは堂々と告げた。


 人格などは無関係だが、アレクが竜人を束ねるべきであるという意見には賛成だ。


 まず、族長は『霊山』に常駐しなければならないため、戦争参加は出来ない。その意味で、アダマスとサフィーロをはじめとする実力者は族長代理から除外すべきだ。


 次に、功名心(こうみょうしん)。アレクは以前、サフィーロと同様に族長の座を狙っていて、派閥(はばつ)さえ持っていた。逆鱗(げきりん)を失ったことでいくらか権力を失ったものの、スピネルをはじめ、彼を(した)う者は健在だろう。ゆえに、反感を買いにくい。むろん族長となれば話は別だが、あくまで代理だ。それに、アレクの命は長くない。文句があるなら一旦(いったん)()(うかが)って、アレク亡きあとに族長の座を狙うのが賢明だと誰もが考える。


 最後に、先ほど()げた点と重なるが、アレクが肉体的な力をほとんど失っていることもポイントだった。これはヨハンが説明してくれたことだが、指名する相手が脆弱(ぜいじゃく)な竜人であれば、族長代理という提案そのものをお偉い(・・・)が受け入れてくれるらしい。


 ヒ、と後ろの席で短い笑いが聞こえた。


「アレクよ」


 老いた声だ。決闘中にアダマスへ言葉を送ったのと同じ声。


「これは、そこの痩せっぽちどもの提案ではあるが、わしらも首を縦に振った。お前ならば族長代理の席を任せられる。なに、困り事があればわしらで手助けをしてやる。安心して役割を果たすといい」


 少し気になったので振り返る。今しも言葉を(はっ)した竜人は、好々爺(こうこうや)(ぜん)とした笑みを見せていた。


 この老人の笑顔が別の意味を持っていることに、すぐ気が付いた。


「アパタイト様……! 勿体(もったい)ないお言葉です!」


 アレクはその場で膝を突き、(うる)んだ目でわたしたちを見上げた。否、わたしたち越しに、アパタイトなる老人を見つめているのだろう。


「うむ、頑張るといい」


「……ありがたく、族長代理を務めさせていただきます!!」


 アパタイトのものであろう、満足気な吐息が聴こえた。


 ヨハンがアレクを指名した理由は、戦力や人望ばかりではないだろう。おそらくはこの『乗せられやすさ』も勘定(かんじょう)に入れての人選に違いない。


 アパタイトは、アレクを傀儡(かいらい)にして政治的な手腕(しゅわん)を振るいたくてたまらないのだろう。どこにも破綻(はたん)のない笑顔や、優しげな激励(げきれい)の裏に、姦計(かんけい)(にお)いが(ただよ)っている。


 それでも同情はしないし、忠告もしない。アレク自身がどうにかすべき問題だし、なにより『霊山』のいざこざとわたしたちとは基本的に無関係だ。そしてもう、訪れることもないだろう。今のところ再訪の理由がまったくないからだ。


 後ろのほうで「クロエ」と小さな小さな声がしたけれど、振り返らなかった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『アダマス』→竜人の族長。透明度の高い鱗を持つ。厳格な性格。詳しくは『685.「開廷」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『アレク』→青みを帯びた緑の鱗を持つ竜人。興奮すると鱗の色が変化する。サフィーロ同様、次期族長候補であり派閥を形成している。詳しくは『685.「開廷」』にて


・『竜姫』→竜人たちにとって、族長に次ぐ重要人物。竜人たちの住処である『霊山』一帯の山脈に雪雲を固定し、人間の侵入から守っている。彼女の姿を見た者は目が潰れ、命を失うとされる呪いを持つ。『聖域』と呼ばれる場所に隔離されており、接触が出来るのは盲目の世話人であるパルルか、唯一前述の呪いの対象にならない族長のみ。詳しくは『687.「姫の呪い」』『Side Grimm.「困惑小人の赤面」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した生物兵器『気化アルテゴ』のよって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『逆鱗』→逆向きに生えた鱗で、竜人の持つ弱点。逆鱗が損壊すると、竜人としての強靭さは失われ、一気に衰える。詳しくは『Side Alec.「逆鱗」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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