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922.「技術の源」

 カイルに導かれた先は、昨晩食事をご馳走になった広間だった。長テーブルの先端に腰かけたベアトリスは相変わらずの鎧姿だったけれど、兜は脱いでいる。


「呼びつけてすまない。座ってくれ」


 広間にはベアトリスの姿しかない。てっきりヘイズのお偉いさんが(そろ)ってるかもと思って気を引き締めたのに、拍子(ひょうし)抜けだ。


 ベアトリスの向かいに腰を下ろす。カイルが壁際までするすると音もなく(あゆ)むのが見えた。わたしとベアトリスを均等に見渡せる位置である。なにやら秘密めいた微笑を浮かべて、素早い魚みたいに視線をテーブルの端から端――わたしとベアトリスへと交互に(そそ)いでいる。


 妙な態度だけど……まあいいや。


「会議は終わったの?」


「ああ。各層の長はもう帰った」


「そう。せっかくだから挨拶したかったわ」


 もちろん、本気でそう思ったわけではない。円滑なコミュニケーションには多少の誇張が必要なのだ。


 けれど――。


「そうか。なら呼ぼう。層間(そうかん)転移(てんい)を使えばすぐだ」


「あ、いや、大丈夫よ。忙しいでしょうし」


 二度ほどまばたきをして、ベアトリスは「そうか」と淡泊(たんぱく)に呟いた。


 ああ、なんだか恥ずかしい。こういうちょっとしたことで自分の小ささが露呈(ろてい)するように思えて情けない……。


「ところで層間転移って?」


「ヘイズの各層を繋ぐ技術だ。長の(やしき)にはそれぞれ備わっている」


「へえ。この町とマグオートを繋いでるみたいに?」


「距離に違いはあれど仕組みは同じだ」


 なかば口が開いていることに気付き、慌てて閉じる。素直に驚いたのだ。マグオートとヘイズを繋ぐ転移魔術だけでもびっくりなのだけれど、まさか複数あるなんて。


「腕のいい魔術師か職人がいるのね」


「過去の遺物(いぶつ)だ。今は有志でメンテナンスをして、なんとか使えるように(たも)っている」


 ぴく、とベアトリスの肩が持ち上がるのが見えた。肩を(すく)めたつもりなのだろう。


 メンテナンス出来るだけでも充分すごいことを、ベアトリスは自覚しているだろうか。魔術製の道具を手入れするためには、当然仕組みを理解していなければならない。作り出すことに比べれば難易度は下がるものの、要求される知識は少なくないのだ。


「ヘイズには何人くらいの魔術師がいるの?」


 戦場に立つ、紫の肌の魔術師たち。途方もない距離を接続してしまうほど強力な魔道具を、維持管理するだけの知識と技術を有した猛者(もさ)。彼らの力があれば戦局はきっと変わる。


 しかし、ベアトリスは首を横に振った。


「魔術を(あつか)える者は片手で数えられる程度だ。加えて、モノにしている魔術も上等ではない」


 またまた。そんなはずがない。


謙遜(けんそん)しないで正直に答えてほしいんだけど……」


「謙遜などしていない。事実だ。転移道具のメンテナンスは、製作者のマニュアルをもとに行っている。手先の器用さ以外に要求される能力はない」


 がっくりという形容がぴったりくるくらい肩が落ちてしまった。


 でも、考えてみればマニュアルが存在するだけでも驚くべきことなのだ。王都では、あらゆる魔道具の調整を職人が行う。文章化された具体的なノウハウはないと言っていい。魔道具に関する全般的なロジックを論じた書物はいくらかあるけど、結局、手元の永久魔力灯が光を失ったときに直せるのは職人だけという実態がある。それもこれも、魔具制御局が技術を秘匿(ひとく)しているからで――。


 そこまで考えて、またしても口が開いてしまった。ぽかん、と。


 そうか。全部、オブライエンのせいなんだ。


 わたしたち王都の人間は自分たちを最先端だなんて考えているけど、全然違う。魔具制御局――つまりオブライエンは魔術に関するありとあらゆる知識と技術を有しているだろうし、王都に(あふ)れる魔道具の数々は便利なものばかり。けど、技術はほとんど誰も持っていない。異常な非対称が(しょう)じている。


 でも普通に考えて、民間の技術が何百年も停滞するなんてあるの……? 魔術製の便利な道具は増えているのに?


 目を閉じると、赤黒い光の名残(なごり)が瞼の裏に(にじ)んだ。その微光と入れ替わるように、機械仕掛けの紳士の顔が浮かんでくる。


 潰したんだ、きっと。技術の芽を。ひとつひとつ慎重に。


 ラガニアの辺境にあたるこの地下都市まで、彼の毒牙は届いていない。それだけで(さいわ)いなことなのだろう。


「随分驚いているようだな」


「ええ。王都の現実を改めて思い知った気がして。……魔術に関することは全部オブライエンが握ってるから、総合的に見たらかなり遅れてるな、って」


「そう落ち込むものでもない。層間転移も含めて、ヘイズのあらゆる魔術はお前たち人間のものでもあるのだ」


 ベアトリスは真っ直ぐにわたしを見据(みす)えたまま、ちっとも口調を変えずに言う。あまりに淡々としているから(なぐさ)めとして聞き流してしまいそうになったけど、どういうこと?


「人間のもの?」


「ヘイズの技術はマグオートの出身者が持ち込んだのだ。多少の誇張を含めれば、このヘイズという空間の成り立ちから発展まで、その者の功績だと言える。私がマグオートを人間最後の土地にしようと考えたのも、そうした経緯を踏まえてのことだ」


 つらつらと流れる声に、頭上の疑問符が膨張(ぼうちょう)していく。そんなわたしをよそにベアトリスは言葉を続ける。


「その者について(つづ)られた書物がヘイズに(のこ)されている。この地にまつわる最初の歴史書とも言えよう。ヘイズの発見者たるバーンズ卿の時代まで(さかのぼ)るが――」


 滔々(とうとう)と語り出したベアトリスを止めるすべはなかったし、止めようとも思わなかった。


 血族の土地であるラガニア地方。人間の暮らすグレキランス地方。それらが接続しているということの異常さが、いまさらになって頭の中心で激しく主張している。ありえないことなのだ。本来は。


「レイブン。その者の名だ。ラガニア辺境の流刑地で、バーンズ卿は彼と邂逅(かいこう)した。随分と疲弊していた様子だったらしい。レイブンは(みずか)らを『人間世界からの亡命者』だと語った。グレキランスの荒野に何重もの隠蔽(いんぺい)(ほどこ)して転移装置を設置し、いちかばちかの長距離転移を実行した結果、ラガニアに接続したらしい。命を狙われているというレイブンの境遇に共感したのだろう、バーンズ卿はグレキランス人である彼を受け入れ、共同生活を(いとな)むようになったが……のちに明かされた事実は、男爵を辛苦(しんく)に追い込むこととなる」


 ベアトリスは、どこか酔い心地で語った。


「明かされた事実って?」


 長く重いまばたきがひとつ。壁の蝋燭が一斉に揺れたように見えたのは、多分わたしの錯覚だろう。


「レイブンはかつて――ラガニア崩壊以前、オブライエンに手を貸していたのだ」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って『毒食の魔女』を死に至らしめたとされる。全身が液体魔具『シルバームーン』で構築された不死者。かつてのグラキランス領主の息子であり、ラガニアの人々を魔物・他種族・血族に変異させ、実質的に滅亡させた張本人。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した生物兵器『気化アルテゴ』のよって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『魔具制御局』→魔具を統括する機関。拠点は不明。オブライエンが局長を務めている。詳しくは『6.「魔術師(仮)」』『196.「魔具制御局」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺(ぎんりょう)膝下(しっか)


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域、と思われている。実際はグレキランスを領地として治めていた一大国家。オブライエンの仕業により、今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』。詳しくは『間章「亡国懺悔録」』より


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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