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幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」

 (あかつき)が巨大なガラス越しにフロアを照らしていた。陽光は温かいはずだったが、あまりに厳粛な雰囲気に、ニコルは(かえ)って肌寒さを感じていた。


 広大な部屋を貫くように真っ赤なカーペットが敷かれている。それは玉座へと延びていた。


 ニコルは呼吸を整えて、玉座へと一歩一歩足を運んだ。左右には甲冑姿の近衛(このえ)兵が整列している。皆、胸の前で剣を真っ直ぐ天へ向けて静止していた。


 玉座には王。(よわい)六十。肉体は壮健。


 彼は眼光鋭くニコルを見つめていた。威厳に満ちた顔付きはまさに一国の(あるじ)として相応(ふさわ)しい。


 玉座の斜め後ろには巨大な甲冑姿の男が、斧を片手に屹立(きつりつ)している。その体躯(たいく)は二メートルを超え、甲冑も彼に合わせた特別(あつら)えである。斧も甲冑も漆黒だった。


『王の盾』スヴェル。近衛兵の指揮官であり、王都最大の実力者として名高い。


 玉座の前に辿り着くと、ニコルは流麗(りゅうれい)(ひざまず)いた。その背には王から(たまわ)った大剣。


「行くのだな」と王は言う。重く低い口調。


「はい。魔王を討ち倒します。――グレキランスの誇りにかけて」


 ニコルの言葉に偽りはなかった。瞳はまだ見ぬ宿敵への憎悪に燃え、胸には使命が焼き付いていた。迷いはひと欠片(かけら)も持ち合わせていない。


「そうか……。ニコルよ。お主のような有望な若者を旅立たせるのは心苦しいことである」


「お褒めに預かり光栄です。必ずや使命を果たします。この命が尽きようとも、グレキランスに久遠(くおん)の平和を(もたら)しましょう」


 ニコルの言葉を聞いた王は、ゆっくりと頷いた。そして「スヴェル」と一言呟く。すると、漆黒の鎧男は一歩前に出た。


「ニコルよ。旅は長く、死は隣にある。命を燃やす覚悟は立派だが、本望を()げられぬまま倒れてもらっては困る」


 漆黒の兜――その内側で瞳が威圧的な光を放っていた。


(ゆえ)に護衛を付ける。護衛とはいっても、お主の仲間だ。互いに協力し、苦難の道を乗り越えるといい。紹介しよう――近衛兵長スヴェルだ」


 ニコルはスヴェルを見上げて心臓が高鳴った。甲冑全てが魔具で、斧も魔具だ。つまり、全身を覆う複雑な武装を操り切れるほどの実力者ということになる。彼がいれば道中の安全は間違いない。


 楽な旅をしたかったわけではなかった。ただ、目的を遂げるための戦力は歓迎すべきである。


「ニコルです。よろしく」


「スヴェルだ。遠慮なく頼む」


 ニコルは彼と握手をしながら、思わず苦笑した。甲冑と握手とは妙な経験だ。


「お主らはグレキランスの宝だ。勇敢な心と強靭な魂。吉報(きっぽう)を待っておるぞ」


「はい。誓います。再びこの城に戻るのは――魔王に死が訪れたときのみです」


 ニコルが決然と言うと、王はややたじろいだ。


「しかし、なんだ……苦しくなったら戻ってきなさい」


「そのお言葉、ありがたく頂戴いたします」とニコルは笑う。


 スヴェルは器用に跪き、王に辞去(じきょ)を伝え――。




 記憶が(ゆが)む。波紋が広がり、冷たい手がニコルの頬に触れた。


「ニコル……あまり覗き込む物ではないぞ、『記憶の水盆(すいぼん)』は……。下手をすると戻ってこれなくなる」


 心配そうに眉尻を下げる魔王を見つめ、頬に触れた彼女の手を取った。


「戻れなくなりそうだったら、君が助けてくれる。……そうだろう?」


 魔王の頬が深紅に染まる。「そ、そ、そんなことあたりまえじゃ! ニコルは今のニコルがいいのじゃ!」


「……そう言ってくれて嬉しいよ」


 水盆(すいぼん)()。その場所はそう呼ばれていた。魔王の城の奥まった場所にある特別な部屋。その水盆を覗き込めば、過去に没入(ぼうにゅう)することが出来る。まるでやり直すように、過去を経験出来るのだ。


「ところで、なにを見ていたのじゃ」


「王都を旅立った日のことさ。スヴェルと仲間になったときのことだよ」


「ほう。あの堅物(かたぶつ)と?」


「あはは……。あれで案外優しいんだよ?」


 魔王は頬を膨らませた。「わらわには優しくなかった!」


 思わずニコルは笑い出してしまった。彼女の理屈がおかしくて(たま)らなかったのだ。


「それは君が魔王だからだよ。彼は使命を大事にする人だから、君を容赦するわけにはいかなかったんだ。……それに、今は僕たちの仲間じゃないか」


 スヴェル。今の彼をどう表現していいのかは分からなかったが、協力者であることには違いなかった。


「むう」と魔王は顔をしかめた。「……まあよい。水盆(すいぼん)を覗くのも大概(たいがい)にせよ」


「はいはい」


 ニコルは晴々とした気持ちで魔王を見つめた。そして自分自身が過去に抱いていた使命感を思い出し、ほんの少しだけ寂しくなった。

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