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901.「マグオート」

 王都の西部に存在する町、マグオート。文化芸術、および即効性のない学問――哲学だとか――の(さか)んな町として知られている。王都から移住した富裕層が牛耳(ぎゅうじ)っているため、一部では遊蕩(ゆうとう)の地なんて言われている。


 実際に足を踏み入れたことのないわたしには実態なんて分からないけど、文化的であるという点は異論がない。なぜなら、敬愛する冒険家『命知らずのトム』を輩出(はいしゅつ)した土地なのだから。


 とまあ、わたしがマグオートにおぼろげな憧れを(いだ)いていたのは昔の話で、今は少し厳しい見方をしている。エーテルワースの語ったトムの顛末(てんまつ)は、とてもじゃないが肯定出来ない。トムの亡骸を背負ったエーテルワースに、マグオートの人々は――獣人であるというだけで――(ののし)り、石を投げたのだ。少なくとも、進歩的な人々が住んでいる気はしない。


 運河のそばに広がる砂漠を掘削(くっさく)していた理由は、マグオートの町長が知っている。キャロルはそう言った。


 ゆえに、わたしとヨハンは今マグオートにいる。厳密には、入り口であるアーチ状の石門を潜り抜けたところだ。


「到着ね」


 そう言って馬上で振り返る。と、鋭い目付きはそのままに、口を引き結んだキャロルの仏頂面(ぶっちょうづら)に行き当たった。


 自分の発言には責任を持ってもらう意味で、キャロルにも同行を願ったのだ。最初は渋っていたものの、わたしたちがいなければいくら掘削を進めようとも成果は出ないことを()えて教えたところ、ようやく首を縦に振ってくれた。彼女も、終わりの見えない穴掘りにいい加減うんざりしていたに違いない。


「それじゃ」馬から降り、キャロルに呼びかける。「町長のところまで案内して頂戴(ちょうだい)


「……」


 返事はなかったものの、キャロルはすぐに先頭を歩き出した。自分の役割を心得ているというわけだ。町長がどうとか言った以上、そこまで案内する必要がある。道理(どうり)だ。


「ヨハン」


「なんでしょう、お嬢さん」


 先を行くキャロルに聴こえないよう、小声で言葉を交わす。


「結局本人はなんにも教えてくれなかったけど、想像はついてる? 竜人のこととか」


 おそらくは口を(すべ)らせたのだろうけど、キャロルは竜人がどうとか言っていた。本意は知れないが、無視出来る単語ではない。彼女を含め、掘削作業にあたっていた者のすべてがマグオートの関係者らしいのだ。エーテルワースを迫害した町の者が口にする他種族の名前は、どうしたって不穏に聴こえてしまう。


 だから、ヨハンがなにかしら(さっ)していないかと期待したのだけれど――。


「さあ、さっぱりですね。町長さんに伺いましょう」


 察しが悪いのか、それともなにかしら推測してはいてもこちらに教えてくれないだけなのか……。


 キャロルの背を見つめて石畳の街路を歩きながら、そんなもやもやを頭から追い出した。考えても仕方ない物事は世の中にいくらでもある。無暗に協力者を疑ってかかって、その結果なにもかも信じられないなんて滑稽でしかない。そうなるくらいなら、疑いそのものを頭から追い出してしまったほうがよほどいい。


 マグオートの街路は広々としており、家並みは一見すると画一的に思える。どの家屋も二階建ての煉瓦造りだ。けれども、それぞれに若干意匠(いしょう)が異なっていた。街路に面した窓が丸だったり真四角だったり長方形だったり、些細な違いくらいしかないけど。


 ()れ違う人々はそれぞれ(よそお)いこそ異なってはいるけれど、いずれも仕立ての良い品ばかり。これでもかとばかり(ひだ)のあしらわれた丸襟のシャツを()して、淡いブルーのベストを身につけた紳士を見たときはさすがに派手過ぎる感じがあったけれど、それでも似合っているように思えてしまった。


 軒先に下がるランプはどれも魔術製ではない。というか、町のどこにも魔道具らしきものが見当たらなかった。永久魔力灯を常用するのが普通なのに、この町ではランプのための油を使うことになんら抵抗がない程度には豊からしい。王都から流れてきた人々が(おも)な住民である以上、魔術的に遅れているわけではない。きっと町のポリシーなのだ。


 中央広場の噴水を横切り、さらに街路を進んでいくと、煉瓦塀に囲まれた立派な邸宅の前でキャロルは立ち止まった。


「ここで待っていろ」


 そう言い残して、彼女は返事なんか待たずに門内へと入っていく。


「洒落た町ですなぁ」と、ヨハンが目を細めて呟いた。


「ええ。お店も充実してるみたいだし、ほとんど王都のミニチュアね」


 言ってから、我ながら過言だったと思う。この町には王都ほどの外壁はないし、魔術的な品は見る限りひとつもない。町長の邸にしたって同じことで、二階建ての立派な建築ではあるけれど、魔力は少しも()えなかった。


「しかし、魔術による発展は拒否している」とヨハンが付け加える。彼も見抜いていたらしい。


「きっとこの町の方針なんでしょうね」


 王都には王都のやり方があるように、それぞれの町や村に独自のルールがあるのは当たり前のことだ。ただ、ここまで極端なのはなかなか珍しい。特に、経済的になんの問題もなさそうな町でこれほどまでに魔術から離れているのははじめて見た。


「妙な方針ですなぁ」


 ぽろっと口走ったヨハンに苦笑を返したところで、キャロルが戻ってきた。彼女は短く「入っていいぞ」と告げ、さっさと(きびす)を返して邸の玄関口へと向かう。さばさばしているのか、わたしたちを煙たがっているのか。どうも両方な気がする……。


「さあ、行きましょうか」


「ええ」


 マグオートの町長との面会。わたしたちが無事に運河を渡れるのか、それとも厄介な事件に巻き込まれるのかは、それにかかっているはず。




 キャロルと、召使いらしき紳士に導かれた先は、明るい茶色で統一された応接間だった。ソファもローテーブルも、棚も時計も床も壁も、若干の違いはあれどどれもライトブラウンと呼べる色合いである。そしていずれも上品に整っている。


「ごきげんよう、旅の者よ」


 左右対称のちょっとした口髭を生やした老人――六十を超えているように見える気品のある男――がソファから立ち上がり、にこやかに右手を差し出した。


「ごきげんよう。クロエと申します」


「これはこれは。ご丁寧にどうも。私はこの町の長をやっているラクローと申します。以後、お見知りおきを……」


 わたしが挨拶に続いて握手を交わしているうちに、ヨハンはさっさとソファに腰を下ろしてしまった。


 失礼な奴……。


 そんなヨハンに少しばかり苦笑しつつ、ラクローは咳払いをしてわたしにもソファを勧める。


 わたしがヨハンの隣に腰を下ろすのを確認してから、ラクローも向かいに腰を落ち着けた。キャロルと召使いの両名は入り口付近に(ひか)えている。


「キャロルから話は聞いていますよ。なんでも、相当の猛者だとか」


「いえ、そんな」


 彼女がどんなふうにわたしについて語ったのか興味がある。というか心配だ。キャロルを含め、掘削作業に従事していた者たちをことごとく倒したとか、そんな面倒な報告をした可能性は大いにある……というかそれしか考えられない。ラクローはにこやかではあるものの、目の奥は決して笑ってないんだもの。


「本題に入りましょう」ヨハンは随分と冷めた口調だった。「運河付近で行っていた作業はなんなのですか?」


 彼にしては珍しくストレートな物言いだ。というか、率直過ぎて(きも)が冷える。


「そこの紳士ははっきりした性格のようですね」


 少しの嫌味を漏らして、ラクローは続ける。


「あれはマグオートの事業ですよ。渡し(もり)が消えてしまったために、運河の先が封じられてしまっているのです。それを解決しようと思って、我々が立ち上がった」


 なるほど。納得は出来る。でも、それだけじゃないはずだ。でなければキャロルがああまで頑なに口を(つぐ)む理由がない。


 追及しようと口を開きかけたところで、ラクローがさらに言葉を重ねた。


「――というのは建前です。本音を話しましょう。王都の関係者ではない貴女がたになら、お伝えしても良いでしょう」


「本音?」


「ええ。私たちマグオートの住民は、来たる戦争ののち、人間世界の覇権を握ります」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺(ぎんりょう)膝下(しっか)


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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