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900.「たぶん、正当防衛」

 岩を穿(うが)つツルハシの金属音。砂利やら岩石やらを(すく)うスコップの擦過音(さっかおん)画一的(かくいつてき)な掛け声。それらが広々とした室内に反響していた。


 立ち働く男たちの表情はおおむね覇気がなく、けれども動きはキビキビしている。いっぱいの瓦礫(がれき)を積載したモッコを引き上げ、外へと捨てに行く一連の工程にも乱れがない。決まりきった掘削(くっさく)作業にすっかり慣れ切っているのだろう。


 でも、表情の暗さは疲労だけが理由じゃないように思えた。なんというか、終わりがみえない仕事を繰り返す(むな)しさみたいなものを感じる。


 この作業を監督しているらしいキャロルという女性は、椅子に腰かけてぼうっと中空(ちゅうくう)を見つめていた。目つきの悪さのせいか不機嫌そうに見えるけど、わたしたちがここに来てからずっと様子が変わらないので、生まれつき目元が険しいだけなのだろう。


 しばらくは旅人のふりをして過ごそうと決めてから、かれこれ一時間ほどになる。作業が終わる気配は微塵もないし、穴がどこかへ繋がった様子もなかった。


 以前この場所を訪れたときには、運河の渡し(もり)であるキララが階下へと導いてくれた。穿たれた穴は、位置的にはキララが階段を出現させたところとそう離れてはいない。普通に考えれば階下に繋がるはずだけれど、この場所自体が常識的ではないことは把握済みだ。


 魔術製の、生きている地下道。変幻自在に姿を変え、鍵を持つ者でないと制御出来ない。そんな空間がわたしの足元に広がっている。掘削作業に(いそ)しむ彼らがどこにも到達していない理由も、この場所の特異性にあるのだろう。そもそも、掘り進めればいつかは例の地下空間にたどり着くという保証もない。


 壁に背を預けて作業風景を(なが)めながら、そんなことを考えた。


 隣でヨハンは欠伸(あくび)をしている。


「なんの作業なのかしら、これ」


 声をひそめてたずねる。


「その質問、何度目ですか」


「確か……三度目?」


「何度聞いたって私には分かりませんよ」


 それはそうだ。でも作業員に聞いても答えてくれないし、キャロルには『お前たちには関係ない』とはっきり拒絶されてしまった。作業の目途(めど)を聞いても同じ答えの一点張り。彼女らが何者なのか聞いても同じだった。彼女もほかの作業員もわたしたちを煙たがっている(ふし)があり、夜明けには出立(しゅったつ)するよう約束させられてしまった。


「どうする?」とまたしてもヨハンにたずねる。これも確か三度目くらいの問いだ。


「様子見です」


 この答えも三度目。


 正直、困ってる。なにせわたしたちは地下道に用があるわけで、さっさと鍵を使って運河を渡りたいというのが本音だ。けれども作業員たちが何者か分からない以上、迂闊(うかつ)に地下道を固定させるわけにもいかない。ただでさえ王都の人間かどうかをしつこく追及する程度には怪しい相手なのだ。血族との全面戦争を(ひか)えている状況において、王都を警戒する人々はどう考えたって妙だ。


「このままじゃ(らち)が明かないわ」


「そうですけど、機を(うかが)うしかありませんよ」


 深夜になれば彼らの作業は一旦ストップするかもしれない。で、寝静まった(すき)を狙って地下道をこっそり開通させてしまう。悪くない作戦だとは思うけど、懸念もある。


「夜通し掘り続けてたらどうするのよ」


 見る限り、彼らは交代で作業している。室内で継続される作業の(かたわ)ら、幾人(いくにん)かは壁際で仮眠をとっていた。ということはつまり、ずぅっと掘り続けているのかもしれないのだ。困ったことに。


「そのときは――」


 ヨハンが声を引っ込め、視線を動かす。つられて目を動かすと、先ほどまで座っていたキャロルが穴を覗いていた。そうして眉間(みけん)にぎゅっと(しわ)を寄せて舌打ちをする。


「まだ繋がらないのか!」


 苛立(いらだ)ちを少しも隠さない声が室内に反響し、いっとき作業音が途切れた。


「まだです」と穴の底から返事が戻る。


 舌打ちひとつを残して、キャロルは再び椅子へと戻っていった。


「焦ってるようですね」とヨハンが呟く。「それに、地下を探してるようですなぁ」


 先ほどのキャロルの言葉からすると、探し物は地下空間らしい。それなら少し掛け合ってみる余地があるかも……うん、このままじっとしていても隙なんて生まれそうにないし。


 ヨハンに目配せし、キャロルへと足を向ける。


「あの、ちょっといいかしら」


「駄目だ」


 彼女は、しっしっ、と手を払う。冷たい。


 こういう手合いには本題から入るほうがよさそうだ。


「あなたが見つけたがってるものって、もしかして地下道かしら? それなら手を貸せるかもしれない」


「どういうことだ?」


 実は地下空間は常に変化してて、わたしはそれを自由に固定させることの出来る道具を持ってるの――なんて、正直に打ち明けるわけがない。さすがにそこまで迂闊なわたしじゃないのだ。なのにヨハンは、わたしになにも喋らせまいとするように口を挟んだ。


「詳しい話をする前に、ぜひとも胸襟(きょうきん)を開いて話をしたいものですなぁ。まずは貴方がたがなんのために穴を掘っているのか、そこから聞かせていただけませんか?」


 む。わたしもそう言おうとしてたんだけど。


 そんな主張を()めてヨハンの横顔を見やる。一瞬彼もこっちに視線を向けたけど、残念ながら無視された。


 まあ、キャロルの反応のほうが大事なのは分かる。


 肝心(かんじん)のキャロルはというと、しばしの()を置いて立ち上がった。「おぉい! 誰かこっちに来い!」


 すると、ぞろぞろと数人の作業員が近寄ってきた。そのなかには、わたしたちをここまで案内してくれた男も混じっている。


 なんだろう。


「こいつらを縛り上げろ!」


「え」


 直後、四方から腕が伸びてわたしを捕まえる。急に触られたものだから、びっくりして反射的に抵抗しちゃうのも無理はない、よね。


 でも少しやり過ぎたかもしれない。


「お嬢さん……」


 ヨハンが苦笑してこっちを見ている。目が合って、わたしも苦笑いするしかなかった。


 周囲に集まった男たちがものの数秒で――もちろんキャロルも含めて――足元で伸びてるんだから、我ながら反省しなきゃだ。


 何事(なにごと)かと穴から出てきた作業員は、わたしを遠巻きに見て絶句(ぜっく)している。さすがに飛びかかってくる気配はない。


「お前……何者だ! 旅人じゃないな!?」


 足元からキャロルの声がする。彼女は目の(はし)にちょっぴり涙を浮かべてこちらを見上げていた。


 こうなってしまった以上、とことんまで行くしかない。


「質問に答えてあげてもいいけど、その前に教えて。あなたたちは何者で、ここでなにをしているの?」


「……」


「答えてくれたら悪いようにはしないわ」


 もうすでに彼女たちにとっては悪いことになっているけれども。


 複数人で一斉(いっせい)に飛びかかった結果、簡単に返り討ちに()ったのだ。少しは素直になってくれるはず。


「お前たちは……本当に王都の関係者じゃないんだな?」


「ええ」


 嘘だけど。


「お前ほど腕が立つなら、あるいは……いやしかし、竜人ほどでは……」


 キャロルはなにやら煩悶(はんもん)している様子で、しきりに口ごもりながらそう言った。


 なんで竜人の話題が出るのか、さっぱり分からない。疑問符ばかりが頭に積まれていく。


「早くわたしの質問に答えて」


「……私の口からは言えん」


「じゃあ誰なら教えてくれるのよ」


 キャロルは露骨に目を()らし、歯噛みした。そう簡単に言えない事情があるのはもう分かってる。床に倒されてそれでもなお秘密を守ろうとするのだから、それなりの理由があるということだ。


 やがてキャロルは観念したのか、ぽつりと吐き出した。


「マグオートの町長に聞け」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『キララ』→廃墟に接する運河の、渡し守を担う女性。元々は渡し守の家柄ではなく、そこの召使いでしかなかった。詳しくは『第三章 第二話「妖精王と渡し守」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。人間と比較して長命。もともとは王都の敵国であったラガニアの人々のごく一部が、オブライエンの生み出した生物兵器『気化アルテゴ』のよって変異した姿。詳しくは『90.「黒の血族」』『間章「亡国懺悔録」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『マグオート』→文化的、経済的に成熟した街。王都から流れてきた富豪が多く住む。トムとマーチの故郷。別名『銀嶺(ぎんりょう)膝下(しっか)


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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