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幕間36.「二本指」

 決裂に終わった三者会談から二週間、オブライエンは地上に姿を見せなかった。


 私も地下で過ごす時間は多かったのだが、顔を合わせることはなかったね。なにしろその地下空間はオブライエンの作り出したものだ。私と会うまいとすればいくらでも姿を隠せる。


 そうそう、ジュリアにも会わなかったな。おおかた、オブライエンをずっと慰め続けていたのだろう。


 オブライエンの失意は、実のところ私にも理解出来るものだった。これまでずっと信頼し続けてきた唯一の家族から突き放されてしまったのだから。しかしまあ、自業自得でしかないね。オブライエンのやったことは通常の人間に理解されるような事柄(ことがら)ではない。そして、これまで彼の仕出かしてきた一切に付き合ってきた私でさえ、不死者の製造やその過程のおぞましさには耐えきれなかった。(よう)するに私はオブライエンが作ってくれた地下研究所にいながらにして、彼と精神的には(たもと)を別ったのだ。


 そうしてなにをやっていたか。個人的な研究だよ。これまでずっと進めてきた、オブライエンにも内緒の研究だ。


 というより、厳密に言えばオブライエンにだけは内緒にしなければならない研究だったのだ。


 そしてそれも、数日のうちに完成した。もともと完成間際だったのだが、踏ん切りがつかず、そのままになっていただけの話なのだが。


 さあ、幕を開けよう。


 舞台は地下空間。オブライエンの私室だ。




『やあ、先生。調子はどうだい?』


『まあまあだ』


 諸君はさぞ驚いていることと思う。実際、妙な部屋だ。


 なにせ、かつてのウェルチ(てい)の応接間そっくりなのだからね。外の景色や日差し、部屋に満ちた少々黴臭(かびくさ)い香りまで完璧に再現されている。


『いい部屋でしょ? 先生には直接応接間に来てもらったけど、実はほかの部屋はもちろん、庭だって再現したのさ。行こう』


 応接間を出て右に曲がってしばらく進むと、エントランスだ。


 玄関の先は……懐かしいじゃないか、ウェルチ邸の広大な庭だよ。四方に巡らした柵の向こうにはかつてのグレキランスの景色が広がっている。


 そう。かつて私の愛した牧歌的な風景だ。


 ただ、人の姿はどこにもない。


『これは記憶の再現じゃなくて、あくまで空間の再現なんだ。だから、ここには誰もいない。庭の先はただのスクリーンで、壁になっているのさ』


 山稜(さんりょう)に沈みゆく夕陽に目を細め、遠くの景色をゆっくりと眺めやる。こうした私の行動にさしたる意味はない。思い出の景色を少しばかり味わっているだけだ。


『オブライエン。話っていうのは?』


 そう。私はオブライエンに呼ばれて彼の私室まで出向いたのだ。といっても、オブライエン側で地下空間をコントロールしなければ出向くことさえ出来ないのだが。


 ただし、呼ばれたから来たというのは少々語弊(ごへい)がある。私のほうでもオブライエンに大事な用事があったのだからね。まあ、今に分かる。


『この景色を見せたかった――というのは冗談だよ』


 悪くない冗談だ。不死者よりはずっと気が()いている。


『スタインのことか?』


『ああ、なんだ。知ってたんだね』


『とっくにグレキランスまで伝わってる。……キュラスが落ちて、スタインをはじめとするグレキランス兵が敵に捕縛された』


『うん。僕が知ってる内容と変わりない』


 スタインが捕まった(しら)せが届いたのは数日前のことだ。


 自ら白旗を上げたらしい。それで捕虜となった。


 私が知っているのはここまでだ。


『スタインはね、領土の多くを返還するからグレキランスだけは国として認めてくれるよう、かけあったんだよ』


 初耳だ。今壁の内側にいるグレキランスの人々のなかに、そんな話を知っている者はいないだろう。


 オブライエンが、なんらかの魔術でスタインの状況を逐一(ちくいち)確認しているに違いない。


『でも、決裂した。ラガニアはなにがなんでもグレキランスを蹂躙(じゅうりん)したいらしいね。もっと言えば、僕の首を欲しがってる。まあ、僕が命を捧げたところでグレキランスが国になるわけでもないけど』


『それで?』


『スタインは今、ラガニア国の中心地――首都ラガニアにいる。もうじき処刑されてしまうんだ』


『……戦争は終わってないのに?』


『もう終わったと考えているんだよ、連中は。主力部隊を捕縛した以上、あとは時間の問題だと思ってる。だから一旦ドラクル公爵も戦線を下げて、当の本人は首都でショーを心待ちにしている』


『ショー……処刑のことか』


『その通り。連中はスタインの処刑の模様をラガニア全土に公開するみたいだよ。映写魔術を使って』


『君がよく使ってるのと同じ魔術か』


『そう』


 死刑執行の模様を垂れ流すなど悪趣味極まりない。が、オブライエンとは比較するまでもないね。


『グレキランスの上空にも映すつもりらしい。視覚共有と映写魔術を組み合わせれば、距離は問題じゃなくなるからね』


 もちろん、簡単に出来る仕事ではない。超一流の魔術師を使ってようやく実現出来るレベルの魔術だ。


 物理的距離を『問題じゃない』などと言えるのは、同じく超一流の魔術師だけである。


『それで、オブライエン。君はどうするつもりなんだ』


『ん?』


『スタインを助けに行くんだろう?』


 愛する兄だ。たったひとりの家族だ。なにか手を打つだろうし、もう打っているかもしれない。


 しかし、だ。


『助けに行かないよ。僕はスタインが殺されるのを、指を(くわ)えて見てる』


『……どうして』


『そうする必要があるのさ』


 身内の死が『必要』だなんて、いやはや、オブライエンがまさかそんなことを言うとはね。


 しかも口元を見たまえよ。いつもの微笑だ。一切破綻(はたん)のない堅牢な微笑。


 彼はすでに何事かの決心をして、スタインの死を受け入れている。


 ただ、それを必要と表現するのはいささか疑問だろう。


 オブライエンの言葉を聞こうではないか。


『スタインには本当は死んで欲しくなかった』


『それは、そうだろう』


『でも、こうなってしまった以上は仕方ないんだよ。もし不死者の提案を受け入れてくれれば、スタインを救出出来たのに』


 オブライエンの嘆きは真実だろう。決して死なない兵士――それも自我を持った者がいれば、包囲網を崩せただろう。


 しかし、今となってはもう不可能だ。


『ラガニア王は、グレキランスが独立宣言を破棄するならスタインの命までは奪わないつもりらしいよ』


 オブライエンが(ふところ)から取り出したのは、ラガニア王からの手紙だろう。


『つまり君は……』


『宣言を取り消すつもりはない』


『……もう取り返しようもないほど負けているのに?』


『いや、そうでもないよ。グレキランスは勝つ。あるいは、勝負そのものが消えてなくなる』


『どういうことだ』


『言葉通りだよ。ああ、もちろん不死者がいるからとかじゃないよ。実はスタインに内緒で何人か作ろうとしたんだけど、やっぱり駄目だった。みんな途中で気絶しちゃうね』


 スタインと決裂してから二週間。どうやらオブライエンは勝手に不死者量産を試みていたらしい。


『先生、そんな怖い顔をしないでよ。もう作らないからさ。第一、液体魔具だって有限だしね。成功率の低い不死者相手に浪費はしたくないよ』


『……何人』


『え?』


『何人試したんだ?』


 当時の私の怒りを、諸君らは理解してくれるだろうか。まあ、さほど共感して欲しいとは思っていない。ただ、妥当な怒りだったのではないかと思うよ。我ながらね。


 オブライエンは私のことなどお構いなしだね。指を二本、ニコニコと立てている。ピースサインに見えなくもないが、数を伝えているだけだ。


『二人か』


『ううん。二百人』

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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