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幕間30.「対抗兵器」

 中央に寄り集まった、瀟洒(しょうしゃ)な石畳の町。外縁(がいえん)には広大な農地が広がっていて、納屋が点々と建っている。視線を(さえぎ)るものはなく、遥か遠くの山並みまでも見通せる……それがかつてのグレキランスだ。


 ところが今はどうだろう。多くの農地が潰され、町は『街』と呼べる規模まで拡大している。中央には建造途中の城。そしてなにより大きな変化は壁だ。残った農地も含め、街をぐるりと石壁が囲んでいる。もはや山並みなど見ることさえ叶わない高さでそびえているのだ。


 今は幕間の漆黒だが、ぜひとも想像してみたまえ。


 さて、ラガニアを脱出した私とオブライエンだが、なんとかグレキランスへとたどり着いた。無事にね。オブライエンも息はある。今にして思えば残念なことに。


 市中に降り立った私を出迎えたのは農民――ではなく兵士だ。彼らは慎重な手つきでオブライエンを抱え、建造途中の城へと向かった。


 以前も驚きはしたが、さすがに壁が完成すると(おもむき)が違う。それに、街の発展具合も著しいものがあった。人口が増えているのは、おそらく付近の村や町からの移住者だろう。なんにせよ、以前の牧歌的な農地の名残はなにひとつなかったね。


 それではそろそろ幕を開けよう。時刻は夕方。舞台は建造途中の城の一角――豪壮な応接間だ。




『まずは礼を言う。無事オブライエンを連れ帰ってくれてありがとう』


 向かいのソファで深々と頭を下げるのは、ご存知オブライエンの双子の兄――スタインだ。ここ数年で随分と身体も顔つきもがっしりしたね。オブライエンとは逆の成長ぶりだ。


『いや、いいんだ』


『オブライエンの義手と義足は用意してある。目覚め次第、取り付ける手はずだ。試作品だが……』


 なんてスムーズな取り計らいだ。


 しかし驚くべきことではない。スタインはオブライエンを通じて一切を見て、一切を聞いているからね。(こと)が起こってから即刻準備をはじめたのだろう。


 実際、仕事としては決して完全なものではなかったよ。が、対応速度の点では目を見張るね。


『……スタイン。知っているとは思うが』


『グレキランスとラガニアのことだろう。すべて承知している』


『これからどうなることやら……』


 私の吐息に不安がたっぷりと籠っているのは、ごく自然のことと理解していただけるだろう。


 冷静に考えてみると、独立宣言などとんでもないことだ。


『ラルフ。申し訳ないが、貴方はもうラガニアには戻れないだろう』


 他人行儀な言葉ではあるが、口調には親密さがあるね。オブライエンと離れ離れになって以来、彼は実直に生きてきたのだろう。それでも私に親しみを感じてくれているのなら(さいわ)いだね。


『……分かってる。今じゃオブライエンは罪人で、私も同じ立場だ。そんな彼が独立宣言をして逃げ出したんだから、もう戻るなんて不可能だろう。……グレキランスの人たちには申し訳ない』


『それは心配しなくていい。俺たちは一切を受け入れている』


 真っ直ぐな目だ。どうしてこうも曇りがないのだろうね。


『受け入れるって……ラガニアからの独立を、かい?』


『そうだ。俺をはじめ、すでに全員が承知している。万が一ラガニアの兵が攻めてこようものなら迎え撃つだけだ』


『しかし、そんな準備は――』


『準備なら何年も前からしている』


 さすがに驚いたね。当時の私がのけぞったのも無理からぬ話だ。


 (よう)はオブライエンがあの日あの場所で宣言する以前に、独立の意志はあったというわけだよ。おそらくそのために壁を作り、街を整備してきたのだろう。


『どうして……』


『簡単な話だ。俺たちは誰にも支配されたくない。ここは俺の父が治めてきた土地だ。領主などというわけの分からない存在が所有権を握っていて、定期的に農作物を納めるなど論外だ』


 しかし、恩恵はあったはずだ。申請すればラガニアから人員を呼ぶことも出来るし、ラガニア各地の品々も手に入れることが可能。ほかならぬ私が家庭教師としてこの地に来たのも、ウェルチ氏の要請があってのことだ。


 スタインもそのあたりのことは理解している。その上で、グレキランスが一国を名乗る選択をしたのだろう。


『しかし、あんなかたちで独立を決めたのでは……』


(かど)は立った。取り返しようはない。もっと平和なかたちで独立出来ればとは思ったが、ラガニアの連中はことごとく――失礼。多くが欲にまみれている。いずれにせよ、物騒な事態は避けられなかっただろう。オブライエンの判断は決して間違っていない』


 なんとまあ、信頼厚き兄弟ではないか。


『きっとすぐにラガニアの兵が攻めてくるぞ。……対抗手段は?』


『兵力は劣るが、あちらにはない兵器がある』


『兵器……?』


『オブライエンはたかが電灯のために魔樹という魔樹を刈り倒して、この地に運んだのではない』


 そう。ちゃんと考えていたのだ、彼は。(いな)、彼らは。


 スタインが立ったね。彼に続いて、窓辺に寄ろうではないか。


 グレキランスの大通りが見下ろせるね。壁まで真っ直ぐ道が続いている。ご注目いただきたいのは王城前だ。掘割(ほりわり)の向こうの空き地で、何人かの兵士が武器を持っているだろう? そのうちの一人、ちょうど剣を振りかぶった男をご覧あれ。


『彼らの手にしている武器は、ただの剣や槍ではない』


 スタインの言う通りだ。今しも男の振り下ろした剣――その軌跡(きせき)が風の刃となって空へと消えたのが見えたろう。


『あれは……魔術?』


『厳密には違う。彼ら兵士は魔術の知識を持たない』


『ならばなぜ……?』


『理屈は魔道具と同じだ。が、これも厳密には異なる。魔道具の場合、空気中の魔力を吸って魔術を行使するだろう?』


『ああ』


『あの武器――魔具の場合、それを振るう者の体内にある魔力を魔術に変換して打ち出す。扱う者の魔力が枯渇しない限りは、誰もが魔術師としての力を発揮(はっき)することが出来る』


 ラガニアでは、魔道具の研究はいまだに途上だ。オブライエンの作り出した永久魔力灯の技術をありがたがっているが、それ以上のものは生み出せていない。


 明かりの魔術は一般に低級のものであり、魔力の消費は微々たるものだ。ゆえに空気中の魔力を集約して出力することが出来る。一方で先ほど男の放った風の刃など、人体に影響を与えるレベルのもの――つまりは攻撃に利用出来るほどの魔術は、魔力の消費量も段違いだ。魔道具のように微量の魔力を使って(まかな)えるものではない。


 人を魔力の源とする。その発想がいつからオブライエンの頭にあったのか……大変気になるところだ。


 魔術師が魔術を行使するためには肉体に宿(やど)る魔力を集約し、正しく出力しなければならない。ところが魔具はというと、必要なのは魔力の袋たる人体のみ。あとは適切なタイミングで魔力が吸い出され、魔術として出力される。


 理屈はシンプルだが、とんでもなく複雑な機構になっていることは言うまでもない。


『一朝一夕で作れる代物ではない……』


 振り返るスタインの顔を見たまえ。こんなにも覚悟の籠った無表情をする青年になったのだ。


『技術を尽くし、時間を尽くし、作り上げた結晶だ。すべてはグレキランスを一国として認めさせるために』

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『魔樹』→魔力の宿った樹。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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