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幕間29.「独立宣言と大脱走」

 さて、幕を下ろそう。ここからの場面はめまぐるしく視界が動くからね、割愛(かつあい)だ。その代わり、なにが起こったか説明しようと思う。


 オブライエンの独立宣言の直後、まず巻き起こったのは憤激だ。ドラクル公爵はもちろんのこと、陛下もお怒りになられた。お言葉こそなかったが、(うな)り声で充分に理解出来たよ。もし私がオブライエンを見つめていなければ、周囲の人々の怒気と驚愕の入り混じった表情を(おが)めたことだろう。


 諸君らは独立宣言についてどう思うだろうか。この場合、大人しく罪を認めてお縄を頂戴したなら待っているのは間違いなく処刑だ。それも、口封じの意味を込めて即刻()り行われただろうね。なにせ相手は常識を次々と塗り替えてしまうほどの犯罪的魔術をやってのけたのだ。万が一その手口が知れ渡ったら治安は壊滅すること間違いなし。もしヘルメスが悪党だったなら、オブライエンの秘密を暴露することなく、彼と手を結んで首都を掌握したことだろう。その点、ヘルメスは立派な良心を持った魔術師だったというわけだ。


 独立宣言の直後、オブライエンはすぐさま行動を起こした。私へと手を伸ばしたのだよ。触れるか触れないかというところで、彼の右肩から先が吹き飛んだ。()いで左の膝から下も木端微塵。オブライエンの動きを察したヘルメスが、即座に爆裂魔術を展開させたというわけだ。断っておくが、爆裂魔術は極めて高度な魔術であり、人の身体を吹き飛ばすだけの出力で放つには相応の時間がかかる。魔力を集中させる時間だね。それらを飛び越えて瞬間的に魔術を展開させたヘルメスは、やはり優秀だ。かつては天才ともてはやされたことだろう。


 しかし、ヘルメスが出来たのはそこまでだ。オブライエンが私もろとも施した転移魔術まではどうにも出来なかったのだよ。


 かくして私たちは窮地(きゅうち)を脱したわけだ。いや、完全には脱出できていないな。転移先はドゥネ卿の邸宅だったのだから。


 さあ、幕を開けよう。




 舞台はドゥネ卿の邸宅。具体的にはオブライエンの研究所たる地下室だ。


『ごめんね、先生……。ちょっと油断してた』


 頭の後ろから聴こえたのは、普段通りのオブライエンの声だ。先ほどの仰々(ぎょうぎょう)しいものではない。


 私はこのとき、負傷したオブライエンを背負って道具や文献を回収している。彼の指示のもと。


『オブライエン! 頼むから君の手当てをさせてくれ! このままじゃ死んでしまう!』


『そんな時間ないよ……。片腕と片足くらい平気さ……。もう魔術で止血してるし、大丈夫。ただ、こんな痛いのははじめてかも……』


 なんて弱々しい声だろうか。彼がほんの小さな少年だったときでも、これほどまでに弱ったことはなかったろう。


 さあ、次々と物品を回収だ。どんなに量があろうとも格納魔術で腰の袋に収まってしまう。もちろん、魔術の主はオブライエンだ。私にはそこまでの力も技術もない。


『先生の荷物も……持っていこう』


『いや、必要ない』


『駄目だよ……だって先生、僕に内緒で色々研究してたんでしょ……?』


 お見通しだったわけだ。ただ、どこまで彼が私の研究の内容を知っていたかは(さだ)かではない。おそらく、そう詳しく把握していたわけではないだろう。


 ははは。迷ってるね、このときの私は。目線の動きで分かる。確かにかけがえのない研究だったし、失うのは()しい。


『内緒の研究なんでしょ……? ほら、僕は目をつぶってるから……』


『いや……』


 はは。なにが『いや』なんだろうね。口では否定の一語を漏らしながら、足はしっかりと自分に与えられた研究室に向いている。


『先生……黙っててごめんね』


『洗脳のことか?』


『そう。喋ったら反対されると思ったから』


 正直、大反対だったはずだよ。当時の私としてもね。人間の思考に介入するなんて、おぞましい限りさ。私に許容出来るのは死霊術まで。


 ただ、意識の上では、私は私自身のことを、どんな代物でさえ受け入れる気概(きがい)を持った人間だとは思っていたんだよ。魔術に不可能はない。果てもない。神の仕事にさえ手が届く。そんな(おご)りがあった。


 それでも私が洗脳を認めることが出来なかったのは、おそらく、自分自身が洗脳の対象になっていたんじゃないかという恐怖心があったからだ。いつの段階かは分からない。もしかすると、ずっと前から彼の手のひらの上で仮初(かりそめ)の自由を謳歌(おうか)していたのかもしれない、と。


『オブライエン。……君は、私にも洗脳をかけたのか?』


 この不安を口に出せたのは、オブライエンの状態が大いに影響しているだろうね。


 彼が瀕死の状態じゃなければ怖くて聞けなかったはずだ。


『いいや……先生にはかけないよ。……だって、僕の……先生だから』


 足が止まったね。


 失礼、視界が歪んで仕方ないが許してくれたまえ。涙のフィルターとやらは、なかなかどうして厄介なものだ。


 言うまでもなく、このときの私は感動していた。オブライエンにとって自分は、ちゃんと特別なのだと感じることが出来たからね。


 このときのオブライエンの返答が真実かどうかは分からない。今もって不明だ。もしかしたら、私の感情を逆撫(さかな)でしないように嘘をついたのかもしれないが……どうだろうね。


 しかし、なかなかに絶望的なものだよ。自分が洗脳されていないというのは。このときの私は望み通りの返答を得たわけだが、こうして記憶を振り返る冷静な私にとっては寒気がする。


 散々非道な真似をしてきたからね、いっそ全部が彼の洗脳のためだったらどんなにか楽だろう。残念ながら、真相は闇のなかだ。そして洗脳の可能性を理由にして、私は私自身の罪から目を()らそうとは思わないよ。地獄があるなら、私はそこへ行くべきだ。


『先生……ごめん。荷物を回収したら……あと一回転移魔術を……使うだけで……手いっぱいだ。……たぶん、首都の……外までしか……転移出来ない』


『もう喋るな。いいか、オブライエン。君は生きることだけ考えろ。首都の外まで転移した後は、私がちゃんと運んでやる。君の故郷――グレキランス国まで』


『あはは……優しいね、先生。……王都グレキランス……いい響きだね……』


 おそらく、邸の外はすでに包囲されていることだろう。王城の連中は賢いし行動も早い。


 さて、幕を下ろそう。


 この後私は荷を回収し、オブライエンの転移魔術によって首都近郊の森に移動した。そこから先は、私の飛行魔術で大脱走だよ。


 目的地は言うまでもなくグレキランスだ。(さいわ)いなことに、追手に見つかることはなかったよ。いや、幸いと言うと語弊(ごへい)があるな。大変不幸なことに、だ。


 私たちの道が途中で(つい)えていれば、きっと未来は違ったものになったろう。今でもグレキランスはラガニアに所属し、そこそこの平穏を味わっていたかもしれない。


 しかしだ。諸君もご承知の通り、未来は暗雲に包まれている。雨中を飛び行く私が必死で掴んだのが絶望的な現在だと思うと、神などどこにもいないように思えてくるね。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『爆裂魔術』→対象に魔力を注ぎ込み、爆発させる魔術。詳しくは『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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