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幕間28.「曇天に、呵々大笑」

 ドゥネ卿が認めてしまったことで、私たちは言い逃れが出来なくなってしまったわけだ。少なくともメイリイ元夫人に関しては。


 さてさて、ドゥネ卿がこうも素直に認めてしまった理由はなんだろう。諸君はどう考える?


 脅された?


 ごもっともだ。状況証拠をもとに迫れば、ドゥネ卿も降参するに違いない。しかし、罪を認めてしまったら自分の爵位は丸ごと消えてなくなってしまうではないか。せっかく得た侯爵の立場が木端微塵だ。


 すると、脅されたわけではないのかもしれないね。


 オブライエンの行いに良心が耐えられなくなった?


 ははは。死体をうっとりと抱きしめていた初老の男に、後悔は似合わない。


 しかしね、真実はそれなのだよ。ドゥネ卿は良心に(もと)づいてオブライエンを――そして私を告発しているのだ。


 彼の言い分を聞こうではないか。


『亡き者を動かすなど……言語道断……悪魔の所業(しょぎょう)だ。……三日前の晩……ヘルメス氏に会ってからというもの……酷い自己嫌悪に(さいな)まれた。……私は……オブライエンの行動に賛意を示してきたのだ。……メイリイを……自分のものにしたいばかりに。しかし今は……こう思う。ここにいるメイリイはただの入れ物であって……魂の(かよ)わぬ……哀れな人形にほかならぬ。断じて、生きていた頃の彼女ではない……!』


 大した主張じゃないか。まるで二重人格だね。オブライエンのおかげで安寧(あんねい)の日々を過ごしてきた老人が、こうも手のひらを返すとは。見たまえよ、あの義憤(ぎふん)にかられた表情を。つい先日まで死体と性交していたとは思えない。


 私の視線がドゥネ卿を(とら)えて離さないのは、ごくごく自然なことだ。一心同体だと思っていたからね。罪人同士、共犯の鎖で繋がっているとばかり思っていたから、こんな裏切りはありえないと憤慨(ふんがい)していたのさ。


 しかしだよ。この場で悪党がいるとするなら、それはオブライエンと私だけだ。


 実のところドゥネ卿は共犯者ですらない。今に分かる。


『発言よろしいですか?』


 ヘルメスの声だね。ねばっこい、糸引くような声色(こわいろ)だ。


『いいだろう』


『ありがとうございます、ドラクル公爵閣下。……ボクの知る限りにおいて、ドゥネ卿は被害者です。彼はこれまでオブライエンに加担して死体を集めるなどという非道を行い、命なき者をそばに置いてずっと過ごしてきたことでしょう。しかしながら、それはドゥネ卿の本来の意志ではありません』


『……と言うと?』


『思考を変えられたのですよ。つまり洗脳させられていたのです』


 今これをご覧いただいている諸君らの時代が、どのような魔術体系になっているかは私の想像の(およ)ぶところではない。


 ともかくもこの時代のラガニア国においては、人間の思考を操作するような魔術など存在しなかった。人体構造に踏み込むような魔術は研究が許されていなかったという背景もある。いずれにせよ、このときの私は呆然としてしまったわけだ。驚愕を隠さぬ貴人(きじん)たちと同様に、私も洗脳魔術の存在など知らなかったし、考えもしなかったからね。


 常識を跳び越えるのは天才か悪魔だろう。私が思うにオブライエンは両方だね。


『理屈を説明すると、こうです。肉体と同じく、思考もまた脳内で信号を受けてなされる極めて物理的な事象です。ドゥネ卿の脳の一部に、極端に複雑化された魔力が仕込まれていました。内実を明かすと、特定の思考に至る回路を通過した段階で、魔力が無理やりに思考の軌道(きどう)を変えてしまうのです。ドゥネ卿の場合、良心へと至る経路がことごとく魔力によって別の回路へと導かれるようになっていましたよ』


 まったくもっておぞましいね。思考が無理やりに切り替えられてしまうなんて。一切は脳内の出来事であって、当人は疑問を感じることすら出来ない。


『説明ご苦労、ヘルメス。これによりオブライエンは二重の罪人であることが判明したわけだ。死体に対する魔術行使(こうし)。そして人間の脳に対する(いちじる)しく不当な介入。……しかし、これだけではない。ヘルメス、続けろ』


 どうやらまだあるようだね。まったく盛りだくさんだ。私が把握しているのは死霊術だけだというのに。


『では、申し上げます。……昨今、首都の人々の脳から微かな魔力の糸が漏れていることに気付きました。ごく微弱なもので、ボクもたどるのが困難なほどでしたが……いずれもドゥネ卿の邸へと続いていたのです。つまり、オブライエンと繋がっていたことになります』


『して、その魔術の内容は? 単に魔力の糸で繋がるだけではあるまい』


『ええ。いずれの検体の脳にも、複写の魔術が仕込まれていました。それも、脳に、です。要は思考の一部を読み取る魔術とでもいいましょうか』


 ああ、ついに悲鳴が上がったね。貴族たちの慌てようといったら……。


『ご安心を。ここにいらっしゃる方々はいずれもオブライエンと繋がってはおりません。それに、思考のトレースが発生するのはどうも、書物を読んでいるときに限っての話ですから』


 オブライエンがいつどのようにしてそんな魔術を考えついたのか興味深いが、確かめることはもはや不可能だ。これは記憶の映像に過ぎないからね。


 しかしながら類推(るいすい)は可能だ。私が思うに、オブライエンがはじめて首都ラガニアの土を踏んで一週間以内に、その奇妙な魔術の糸が植えられたに違いない。なにせ彼は、図書館の書物を一週間で読破してしまったのだ。知識収集の意図でなければ、書物を読んでいる間だけという限定条件は付与しないだろうからね。しかし、オブライエンはどれほど多くの人々にそれを植え付けたのだろうか。気になるところではあるが、これも今となっては真相を知るすべがない。


『つまり、これで罪は三重になったと言えよう。魔術による思考の窃取(せっしゅ)。……ヘルメスよ。魔術学校の元学長にはなんの魔術も仕込まれていなかったのか?』


『お答えします、ドラクル公爵閣下。元学長もまた、ドゥネ卿と同様の魔術――言うなれば洗脳魔術をかけられておりました。これはオブライエンへの否定を肯定に変換する作りになっております』


『なるほど。では罪は四重だ。脳への魔術的介入により、職位を不当に得たのだからな』


 万事、事前に打ち合わせている通りに(こと)を運んでいるのだろうね、ドラクル公爵は。ヘルメスとのやり取りはどこまでもスムーズだ。清流のごとく。


 さて、私はというともちろん愕然(がくぜん)としているわけだよ。すでに膝を突いてオブライエンを見上げているのだからね。


 とはいえだ。私にとってオブライエンが素直で可愛げのある子供だった時代は、とっくに過ぎ去っている。本当の彼が、私の想像も及ばない人間であることくらい理解していたはずだ。


 にもかかわらずショックを受けてしまったのだよ。まさか洗脳だなんてね。


『さて』


 ドラクル公爵の口調が急に改まったね。外堀は埋め尽くしたというわけだろう。


『この四重の罪について、なにか弁明はあるか?』


 遠くで風が鳴っているね。


 おや、先ほどまで快晴だったのに、急に雲が差したじゃないか。


 さすがのオブライエンも天候を操るすべはない……と思うよ。だからこれは、自然のもたらした見事な演出というわけだ。


 沈黙が終わる。オブライエンの言葉を聞こう。


『ふ、ふふ……ふふふふふふふふふふふはははははははははは!』


 呵々大笑(かかたいしょう)。しかし、なんと爽やかに笑うんだろう。


『あはあは……はは……。そうそう、諸君らの開陳(かいちん)した通りだ。吾輩(・・)は死体を動かし、他者の脳を(いじく)り回し、思考を盗み、権力者を操作することで席を確保した』


 ああ、また妙な敬語を使っているね。いや、敬語ですらないか、これは。


『認めたな? では、即刻貴様の爵位を剥奪し、罪人として刑罰を受けてもらう!』


『その前に吾輩から言っておくことがある。大事なことだ。心して聞くがいい』


 ああ、雨が降ってきたね。しかし誰一人傘をさそうともしないし、回廊に避難することさえしない。陛下もだ。


 誰もがオブライエンに注目している。記憶を(なが)める私たちと同様に。


『我が領地グレキランスは、ラガニアからの独立を宣言する!』

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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