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幕間27.「肉体の癖」

『あれは……?』

『確かバーンズの元奥様じゃ……』

『今はドゥネ卿の邸で家政婦をしているのでは……?』


 貴族は人の顔と名前を覚える特殊な力でもあるのかもしれないね。メイリイ元夫人のことをご存知のかたもいらっしゃるようだ。


 しかし、その実態までは当然知らない。


『こちらのご婦人は、ご承知の通りバーンズの元伴侶(はんりょ)であり、現在はドゥネの下で雇われている使用人……メイリイだ』


 ガーミール公爵に紹介されたからか、メイリイ元夫人はお辞儀をしたね。うむうむ、なかなかどうして人間らしい反応だ。しかし、上半身を縄で拘束されたこの状況で微笑んでいられるのは人間らしくない。そういう意味ではオブライエンと似ているね。


『オホン……私はヘルメスに依頼し、メイリイの全身をくまなく調べた。むろん、魔術的な方法でだ』


 魔術的な方法と付け加えたが、おそらく素っ裸にして調べまわしたことだろう。邪推(じゃすい)かもしれんがね。


 調べたとなるとメイリイ元夫人を拉致(らち)したに違いないが、三日前のことをお伝えしておこう。その日、ドゥネ卿は邸に戻らなかった。書き置きもなし。戻ってきたのは翌日の昼だ。私とオブライエンはさして気にしなかったのだが、もう少し注意を払ったほうがよかったかもしれないな。後の祭りというやつだ。


 ちなみにメイリイ元夫人とともに戻ったドゥネ卿は、普段とさして変わった様子ではなかったよ。断言する。


貴兄(きけい)らを驚かせることになるが、ここにいるメイリイなる女は生きている人間ではない』


 爆弾発言だ。ざわめきが波のようだね。ご婦人のなかには卒倒しそうなほど蒼褪めているかたもいらっしゃる。


 このときの私は、目の泳ぎ方から察していただきたいものだが、動揺と焦りでいっぱいになっていたよ。じりじりと崖際に追いやられていくような具合だね。生きている心地がしなかった。一方でオブライエンはご覧の通り涼しい顔だ。


『どういう理屈でこうなっているか……ヘルメスよ。説明をするがいい』


 ガーミール公爵はあまり魔術に明るくないご様子だ。ははは。まあ、世間一般では死霊術なんぞ未知の魔術だ。簡単に理屈を看破出来るものではない。


 ロジックを理解出来るのは魔術に卓越した者のみ。つまりヘルメスは合格というわけだよ。


『恐れながら、申し上げます』


 さあ、ヘルメスのターンだ。どんよりとした顔つき通り、ねちっこい喋りかただろう?


 性格も同様、ねちょねちょしているのだ。魔術学校では生徒からの人気は皆無だったね。優秀な男なんだが、人心掌握だとか社交術はからっきしだったよ。


 それではヘルメスのお言葉を拝聴しよう。


『ボクが検分した遺体は【メイリイ】だけですが、間違いなく死んでおります。脈はなく、心臓も動作を停止している。呼吸もない。にもかかわらず動いているのは、生来備わった肉体的機能に依拠(いきょ)していないということになります』


 貴族どもは神妙な顔だね。頷いている者もなかにはいるが、なんのことはない、ただのポーズだ。誰ひとり理解出来ていない。よく顔を見てごらん。頷きや『ふーむ』と唸るタイミングにばかり注意を向けているではないか。


 それにしてもヘルメスは面白いね。彼の口から出る元夫人の名前はまるで実験器具の名称かなにかみたいだ。さっぱり血が(かよ)っていない。検体としてしか認識していないのだろう。人情を重んじるきらいのある魔術師界のお歴々に嫌われるわけだ。


『【メイリイ】は頭部、手足の先、各関節に、まとまった魔力が宿っています。それらが筋繊維と同じルートで身体の中心で結合している状態……。つまり、血液の代わりに魔力が【メイリイ】を稼働させている状態です。自律式人形術とでも言いましょうか。通常の人形術では、物体を稼働させるだけの魔力を外部から取り入れるほかないというのが常識ですが、これは本来消費されるはずの魔力を増幅し再利用する機構を組み込んでいる』


 おおむね間違っていない。さすが、魔術的優秀さにかけては一流だ。


『現在の【メイリイ】にあるのは反応だけです。思考や意識は存在しません。肉体の癖に応じて身体を動かしているに過ぎません』


『……肉体の癖とは?』


『ガーミール元公爵閣下、お答えしましょう。肉体の癖とは、特定行動の反復による肉体の摩耗です。人間はいずれの個体もまったく同一の筋繊維や器官を備えているわけではありません。生きた年数により損傷しますし、質量も変化します。ボクたちは立とうと思って立っているわけではありませんし、歩こうと決心しなければ歩き得ないわけでもありません。生きてきた年月により育まれた肉体の癖を利用して、なかば以上、無意識的に行動しているに過ぎません』


 ガーミール元公爵はぽかんとしているね。かく言う私もぽかんだ。この場でヘルメスの開陳(かいちん)した理屈を把握していたのは、おそらくオブライエンただ一人ではなかろうか。


『ヘルメスよ。つまり、魔術を用いれば死体を動かすことも可能と言うのだな?』


『元公爵閣下。おおせの通りにございます。現に、検体【メイリイ】は魔術によって自律する死体です』


 ヘルメスは一秒たりともオブライエンから目を()らさないね。まばたきすらしていないじゃないか。大した警戒だよ。


『ヘルメス。この死体を動かしているのがオブライエンであると証明することは出来るか?』


『ドラクル公爵閣下。残念ながらそれは出来ません。この死体を動かしている魔力は、術者を必要としないものですから』


 このあたりの真相は、私も今もって分からない。以前オブライエンの口から直接聞いたのは、オブライエンと死体とに魔術的な繋がりがあるということだ。ヘルメスの言葉とは矛盾している。オブライエンが自分と死体との繋がりを完璧に隠蔽してあたかも自律しているように見せかけたか、あるいは本当に術者不在の代物だったのか。今となってはなんとも見通せない。


 いずれにせよ大事なのは、オブライエンとメイリイ元夫人との間の繋がりを立証出来ないという点だ。


 どうやらドラクル公爵は墓穴(ぼけつ)を掘ったようだね。まあ、本当に墓穴(はかあな)を掘ったのはドゥネ卿だが。


 おっと失礼。冗談はこのへんにしておこう。さて、ドラクル公爵はメイリイ元夫人とオブライエンとの魔術的繋がりが()たれていることを知らず、迂闊な質問を投げたのだろうか。いやいや、そんな浅はかな男ではないよ。


 なぜバルコニーにドゥネ卿の姿があるのか、この点が重要だ。


『ガーミール、下がってよい。次はドゥネに聞こう』


 さあ、我らが共犯者の出番だ。


 果たして彼はなにを語ってくれるだろうか。


 ちなみに当時の私は冷や汗をだらだら垂らしながら必死で祈っていたよ。どうか、事実無根であると主張してくれるように。


 今のところ連中が掴んでいるのはメイリイ元夫人のみだ。ほかの死体たちがどこでなにをしているかは、のちほど分かる。いずれにせよ連中の手には落ちていない。


 だからこそドゥネ卿にすべてがかかっているというわけだ。


『ドゥネよ。お前に問う。この者――オブライエンは、死体に魔術を施して動かしていたか? つまり、そこにいるメイリイなる女はオブライエンによって再び動くようになったか?』


 おや、変だね。ドゥネ卿の目付きのことだよ。


 メイリイ元夫人に向ける眼差しに妙なものがある。薄汚いものを見るような、そんな目だ。いつものうっとりとした調子はどこにもないじゃないか。


『ドラクル公爵……お答えします。メイリイを動かしたのは……オブライエンです』


 困ったね、まったく。これにはオブライエンも苦笑している。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。

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