幕間26.「元貴族、かく語りき」
『バーンズ。お前が男爵の地位を失ったのは、オブライエンが首都にやってきてからだったな』
『おっしゃる通りです、ドラクル公爵。ワガハイが貴族としての席――我が領地を失ったのはオブライエンが来て間もなくのことです』
まるで裁判かなにかだとは思わないかね、諸君。この場合、裁かれているのはオブライエンに違いないが、どうにもバーンズ元男爵のほうが追い詰められているような具合だ。見たまえ、両者の表情を。片や燃え上がるほどの憤怒に漲り、片や薫風に吹かれるごとくの微笑。
普通、自分の弱点が突かれるような場面で人はいささかなりとも緊張するだろう。すなわち、死者を操っていたという事実は彼にとって弱点ではないか、あるいは彼がそもそも人間の枠から外れているかのどちらかだろうね。
『男爵の地位を失ったワガハイは、泥を啜るがごとく生きてきました。文字通り。手元に残った幾ばくかの金を使い果たしてからは……残飯を……』
どうやら、この場にいる全員がバーンズ元男爵の味方というわけでもなさそうだね。『残飯』の一語に鼻を鳴らした貴族やご婦人は、この一場をなにかの演目としてでも見ているのかもしれない。
『当時のワガハイの心にあったのは、ひとえに、ドゥネへの怒りだった! これまでよくしてやったというのに、こいつは――いや、言うまい』
おや。今にも傍らのドゥネ卿に掴みかかる勢いだったというのに、翻ったね。世間の厳しさに打たれて多少は丸くなったのかもしれないな。
さあ、続きを聞こう。
『ともかくワガハイはドゥネに執着しておった。ゆえに、こいつが墓地を買い取って自ら墓守に就いたときは小躍りしたものだ。ついに落ちぶれたか、と。しかし! しかし、事実は違った。ワガハイは見たのだ。夜半、ドゥネが死体を暴いて墓地内の別邸に運び去るところを!』
貴族がざわめいているね。無理もない。墓を暴くなど常人には理解のおよばぬ物事だ。そこに宝が眠っているのならともかく、死体を持ち去ったのだからね。
『それから何度か監視したが、ドゥネの死体漁りは止まらなかった。ワガハイが確認する限りでも百以上だ! ……そういえばあの時期、流行り病で命を落とす者が多かったように思う。きっとドゥネの――いや、オブライエンの仕業に違いない』
『証拠はあるのかい? バーンズさん』
お。全員の視線がオブライエンに釘付けだ。こうも急に割って入るとは思わなかったようだね。
しかし、自由な発言を許す気はないようだね、ドラクル公爵は。
『まだ話の途中だ、オブライエン。貴様の発言は一切認めない』
強情な言い分だが、オブライエンは肩を竦めるだけだ。怒られちゃった、とでも言わんばかりに。彼のチャーミングな仕草は、こんな状況であってもご婦人がたを虜にしたらしい。見たまえ、彼女らの目の輝きを。
『バーンズ。続けろ』
『承知しました、ドラクル公爵……。その後、ワガハイはこの異常な行動の理由を探るのを諦めました。気でも狂ったと思ったのです。つまり、ドゥネもオブライエンの毒気にあてられたのだと……』
『罪の所在は問題ではない。いずれにせよドゥネ家に焦点が絞られている』
『ええ、ええ、まさに。……それから数年後のことですが、ワガハイは馭者としての仕事にありつき、方々を回っておりました。おおむね順調な日々だったと思いますが、不慣れな仕事ゆえ、道を間違うこともしばしば……。ある日ワガハイは、地方にお客を届けた帰り道でちょっとした記憶違いから道を誤ってしまいまして、首都ラガニアの南東にございます深い森で迷ってしまったのです』
『その領地は誰の所有かね?』
白々しい確認だね。どうもドラクル公爵はもったいぶったところがあるらしい。
『私の領地だ。当時はドゥネ家の居候――ラルフに領地経営権を期限付きで譲渡した土地だった』
ガーミール元公爵のおっしゃる通りだ。その南東の地は、かつては彼が治めていたものにほかならない。
『バーンズ。そこでなにを見た?』
『……思い出すのも怖ろしい光景です。昨年命を落として埋葬されたはずの者たちが、歩いていたのです。まるで生きているように!』
貴族連は蒼褪めているね。死者は歩いたりしない。常識だ。しかし、いささか古臭い常識だね。少なくともオブライエンと私にとっては。
『つまり、当時ドゥネ家の居候に貸し出していた土地で、死者が動いていた。そしてドゥネは以前、死体を回収していたと』
『ええ、そうです。そうなのです』
『承知した。バーンズ、下がれ。次はガーミールの番だ』
元公爵殿はなにを語ってくれるだろうね。しかしまあ、いずれもこちらの心当たりのあることだろう。
……諸君はそのように推し量ってはいないだろうか。
聞こう。
『私の辿った零落模様については、語る必要のないことと思う。私はバーンズとは違って、同情を誘う語り口には悪寒を感じる質でな』
初耳だね。かたちある同情を求めてドゥネ卿の邸をたずねたのは誰だったか……。
まあ、いいだろう。彼もまた、私たちに誇りを傷付けられた被害者と言っていい存在だからね。
『かつての私の臣下に――今では爵位なきゆえ友人として付き合っているが――優秀な魔術師がいる。ドラクル公爵。私から貴殿へと鞍替えした男だ』
これもまた初耳だ。ドラクル公爵の斜め後ろに立つ、やけに憂鬱そうな顔つきの男がそれだね。ドラクル公爵やオブライエンに負けず劣らず背が高い。深緑のマントを翡翠のブローチで留めているのは、彼自身の趣味だろうか。私には分かりかねるが……いずれにせよ首から下の一切は、この場に似合いの仕立てのいい上物だ。どんよりとした顔だけが浮いてしまっているね。
実を言うと、私は彼を知っている。以前、魔術学校で講師をしていた男だ。名はヘルメス。間違いなく当時のラガニアでトップクラスの魔術師だったのだが、人付き合いは苦手だったようでね……私の在学中にクビになったのを覚えている。以降の足跡は知らなかったが、なんとまあ公爵に拾われていたのだね。幸運な男だ。そしてこちらとしては不運だね。なぜって、オブライエンに及ぶ者がいるとすればそれは間違いなくヘルメスで、そんな男が敵方なのだから。ヘルメスを抱えていながら永久魔力灯の製作で後れをとったのは、ひとえにガーミール元公爵のタクト捌きがめちゃくちゃだったからだろう。
しかし、なんとも落ち着かないね。ヘルメスはずっとオブライエンを見つめている。彼の表面的な姿を見ているというより、なにかもっと別のものを見ているみたいじゃないか。
『私は零落後、酒場で妙な話を耳にした。死体が動くとかなんとか……。誰もそんな戯言を本気にはしていないようだったが、私は興味を惹かれてね。なにせ、酒場の中心で一生懸命息巻いていたのが元男爵だったからな』
公爵が酒場に出入りしていたという落ちぶれぶりには目をつぶろうではないか。そこでオブライエンの被害者が繋がったという点が重要だ。
『以来、私とバーンズは手を組んでこの件を調査することにした。動く死体の秘密についてだ。しかし、肝心の死体がなければ話にならない』
その通り。机上の空論でどうこう出来るほど爵位は脆くない。
そして公爵および陛下がドゥネ家の爵位を剥奪すると宣言した以上、机上ではない実際の証拠があるというわけだ。
『私たちが動く死体を見つけ出したのは、三日前のことだ。――おい、アレをもってこい』
ここからでは見えないが、バルコニーにはほかにも誰かが控えているらしい。何人かの足音もする。
さて、なにを持ってこさせるのだろう。ああ、諸君、特に心配することはないよ。見慣れているだろうからね。
ああ、現れたね。
バルコニーの縁にご注目。
縄でがっちりと拘束された状態で歩み出たのは、諸君らもご存知、メイリイ元夫人だ。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』




