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幕間23.「零落」

『やあ、ラルフ先生。お疲れ様。こき使ってごめんね』


『いや、いいんだ』


 グレキランスの現状を見てから一週間後だ。素材の収集を終えて学長室を訪れた場面。


 グレキランスについての心残りは一切払拭している――とは言い難いが、それなりに割り切っての面会だよ。


『火トカゲの尾に、万年樹の根。岩蜘蛛(いわぐも)の粘糸。爆弾胞子と、同じエリアの女王胞子……ありがとう、完璧だ。今のところほかに必要な素材はないから、ゆっくり休んでいいよ。また力が必要になったら呼ぶから』


 オブライエンは普段通りだ。なにかを気に病んでいる様子もなければ、私の仕事に特別な感動も覚えていない。こちらの献身に対して彼の反応がないのは今にはじまったことではないから、私も気にしているわけではない。別のしこりがひとつあるだけだ。


『私を(とが)めないのか……?』


『んー? 咎めるって?』


『グレキランスのことだ』


『ああ、別にいいさ。先生には苦労をかけてるからね、気分転換も必要だよ。四六時中素材集めを頑張れだなんて言わないさ。寄り道は自由だよ』


『……私とスタインがどんな会話をしたか、知ってるんだろう?』


『ああ、そのことね』


 オブライエンの小さな笑いを聞いたかね。彼にとって、私がグレキランスにどんな想いを抱いているかなど些細(ささい)な問題なのだろう。


 まあ、実際些細だ。結局のところ、私はオブライエンの助手としての自分を失いたくないのだから。


『しばらくグレキランスに帰ってなかったもんね、先生は。永久魔力灯も、出来上がった物を首都まで運んでもらったわけだし。……うん、先生が驚くのも分かるよ。なんの説明もしてなかったから』


 やはりオブライエンは、なんでもないことのように言うね。


 いやはや。お恥ずかしい限りだが、このときの私は少々傷付いていた。小さい頃から面倒を見てきた年下の青年相手に、なにか同情めいたものを求めていたんだよ。


 このときのオブライエンは、私の女々しい感情をしっかりと理解していたように思う。スタインとのやり取りを把握しているからというのもあるが、彼を前にすると、なぜだか自分が丸裸にされているような感覚になったものでね。


『悪いとは思ってるのか……?』


『いいや、ちっとも。だってあの土地と先生は無関係だもの』


『……無関係? 私はずっとグレキランスにこだわってきた。あの土地を愛していた。オブライエン。君の父であるウェルチ氏を――』


『いや、そういうことじゃないんだよ。先生はグレキランスで生まれたわけでもなければ、あの領地を持ってるわけでもないでしょ?』


『そんなドライな話をしてるつもりは――』


『先生は少し感情的過ぎるね。僕はそういうの、共感してあげられないよ』


 さあ、このあたりで幕を降ろそう。お見苦しい場面だったね。失敬失敬。


 私はこのとき、ひとつの反省と決心を得た。まず反省から語ると、オブライエンに自分自身の理想を重ね過ぎてしまっていたことだ。彼はとうの昔に当たり前の感情を失ってしまっている。なにひとつ共感しない人間になってしまっている。しかしそれは、他人の感情がまったく見通せないというわけではないのだ。見通し、掌握(しょうあく)し、動かせもするが、共感だけは出来ない。ある意味ひどく哀れな人格だと思わないかね。いずれにせよ、私は多くを求めすぎていたのだ。


 そして同時に身の程も知った。


 当時の私にはなんの力もなかったのだ。ドゥネ卿は爵位と死体があるが、私にはなにもない。オブライエンから放り出されたら、それこそ一介の魔術師として働き口を探す必要が出てくる。引く手はあるだろうが、オブライエンがその気になれば、私のあらゆる未来を潰すことだって出来るだろう。それだけの権力をすでに手中に収めていたからね。ゆえにオブライエンに物申すのは危険だったのだよ。


 さて、決心を語ろう。


 この面会以後、私は個人的な研究をはじめた。魔力の制御を行う魔道具の開発、という一大テーマだ。あまり役に立ちそうにないだろう? その通りだ。多くの魔道具は、その製造段階で出力を一定レベルに制御可能な機構を組み込んでいる。外部装置で調整する必要はない。それを知っていて、はじめたのだ。


 こうした個人的な作業の意図(いと)はのちに語ろうではないか。


 重要なのはオブライエンが十九――私が三十八のときに、決心に(もと)づく研究をはじめたという事実だ。


 それでは緞帳(どんちょう)を上げよう。時はさらに三年後。背景情報をいくつか列挙しよう。


 まず、ようやくガーミール公爵が新型の永久魔力灯を製造した。手提げのオシャレな奴から、街灯タイプのもの、()てはシャンデリアタイプまで様々だ。公爵はようやく魔樹を見つけ出し、試行錯誤の上で、上質な仕立ての製品を作り出したのだよ。


 次に、肝心の製品の売れ行きが想定の何倍も低かったこと。


 加えて、公爵はそれを一大事業として位置付けて、財産を投げ打って博打に出ていたこと。


 最後に、所有する領地の租税(そぜい)を払うために例の豪壮な邸を売り払ったが、それでも金額が足りなかったこと。


 以上だ。幕を上げよう。




『頼む……ドゥネ! 私を救ってくれ!』


『公爵……頭を上げてください』


 舞台はドゥネ卿の邸の客間だ。ここにいるはガーミール公爵、ドゥネ卿、私、そしてオブライエンだ。もちろんメイリイ元夫人はいない。彼女は邸の一室で待機していることだろう。使用人を()ねたほかの死体と同様に。公爵に彼女たちの姿をお見せするわけにはいかないからね。


 さてさて、公爵の訪問は突然だった。馬車も無しに邸までやってきた挙句(あげく)、客間に通すなりこの有り様である。以前の自信や威厳は影もかたちもない。


『使用人も私兵も、もはやほとんど解雇してしまった! 今は……くぅ……小屋じみた家を借りて、なんとか家族で暮らしている。私はいいが、息子の未来が……』


『それで、なにをお求めなのですか……?』


 ドゥネ卿は親切だね。相手が落ちぶれるや(いな)や、まるで自分のことのように共感してしまっている。声色(こわいろ)に誠実さが籠っているだろう? 死体を偏愛(へんあい)する初老の男なんだがね。


『資金援助を……』


 ははは! 公爵は正直でよろしい!


 そもそも彼をここまで零落(れいらく)させたのは私たちなのだから、内心、(はらわた)が煮えくり返っていることだろう。にもかかわらず私たちに助力を求めてきたのは、なかなかどうしてしたたかだ。まったくの他人よりも同情を引きうる相手なのだからね。


『かまわないよ』


 おお、オブライエンは太っ腹だね。しかし、続きがある。もちろんタダで渡すわけがない。


『でも条件がある。ガーミールさんは領地だけは手放したくないんだよね?』


『領地は……爵位の(みなもと)だからだ……! そ、それに、今年はたまたま不作だったから利益が上がらなかっただけ……来年はきっと持ち直せる!』


 名をとって(じつ)を失う。なるほど、公爵は生粋(きっすい)の貴族だ。領地を手放せば租税を回避出来たというのに、それをしないだなんて。余程身分にご執心のようだ。


『ガーミールさんも、奥さんも、息子さんも、平和に生きていける方法がひとつあるよ』


『な、なんだね!』


『契約を()わそう。あなたの持っている領地の税金のうち、足りない分を払うよ。これは契約を結んでくれたお礼にあげるだけだ。返さなくていい』


嗚呼(ああ)!! それで私の家族がどんな救われることか!! それで、契約の内容とはなんだね!?』


『まあまあ、そう焦らないでよ。簡単なことさ。もし来年度からの税金が払えなければ、領地の所有権と経営権を丸ごと僕に譲ってもらう。ちなみにそうなった場合には、これまでの経営努力を(たた)えて金貨一千枚をあげるよ』


『一千枚……! し、しかし、領地は貴様の手に……』


『いいかい。どうせ税金を納められなかった時点で領地は王城に没収されるんだよ? 大人しく規則に従って土地を没収されるか、金貨一千枚と引き換えに僕に渡すか。最終的にどちらが得かな?』


 おやおや、公爵はなんとも苦しい顔をしているね。これ以上領地をドゥネ卿に――つまりはオブライエンに渡すまいとする心と、簡単に得られる金を失うのは愚かだとする功利的な心がせめぎ合っているようだ。


 しかしね、名誉で生きていけるほど世の中は優しくない。どうやら公爵もそのあたりの道理は心得ているようだ。


『……呑もう』


 英断だ。彼が無事に領地経営を成功させ続ければなんの問題もない。


 しかし、気の毒だよ。公爵の領地からの作物を乗せた馬車が、ことごとく(ぞく)に襲われるだなんてね。しかも、年間を通して。


 ところで、その賊は生きている人間だったろうか。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『魔樹』→魔力の宿った樹。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて


・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照


・『岩蜘蛛』→岩の中に住む蜘蛛。岩石に穴を空け、そこにコロニーを作って生活している。詳しくは『214.「人でも魔物でもない生命」』にて


・『爆弾胞子(ほうし)』→森に()える菌糸類(きんしるい)の一種。衝撃を与えると爆発する。詳しくは『147.「博士のテスト・サイト」』にて


・『女王胞子(ほうし)』→『爆弾胞子(ほうし)』の一種であり、それを起爆させるトリガーになる。詳しくは『147.「博士のテスト・サイト」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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