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幕間21.「魔術学校掌握」

『お前たちは私の恩人だ……! 少し前まで貧乏貴族だった私が今では伯爵……! 伯爵だぞ! 嗚呼(ああ)、ハンカチが乾く()がない!』


 ここはドゥネ卿の邸宅だ。以前と変わらぬ様相(ようそう)だろう? 実際、変わらないのはこの客間くらいだ。邸のほとんどはオブライエンが依頼して作り替えてある。(こと)に地下室は今では二階層になっていて、それぞれ魔術研究用の部屋やら素材庫やらが敷地いっぱいの面積まで拡張されている。


 さて、テーブルに乗った豪勢な料理を見て分かる通り、私たちは祝勝会の最中だ。


 ガーミール公爵との交渉後、各貴族から正式に領地の所有権をもらい受け、ドゥネ卿は晴れて伯爵の称号を得たのである。王城での契約締結(ていけつ)呆気(あっけ)ないものだった。ドゥネ卿と私が城へと出向き、形式的な手続きをしたのみである。オブライエンも行きたいと言ったのだが、私とドゥネ卿はやんわりと跳ねつけた。知恵はある男だが敬語が使えないのは致命的だからね。(ほお)を膨らませたオブライエンときたら、年相応な感じだったよ。これでまだ十代後半に足を踏み入れたばかりなのだ。


 今頃各貴族は、経営権を得た土地で躍起になって魔樹を探していることだろう。運が良ければ数本見つかるかもしれないが、それまでにどれほどの時間と人員が必要か分かったものではないね。


 オブライエンが彼らに教えた『魔樹の見分け方』は、薬液を染み込ませ、そののちに染み出してくる樹液で判別する方法だ。魔樹であれば樹液は赤黒いものが出る。嘘偽(うそいつわ)りない、確実な見分け方である。むろん、私たちはそんな悠長な方法は取らなかった。一帯に魔力を広げて収縮させる。魔樹であれば収縮の(さい)に一定の反応を返すのだ。加えて魔樹は、浴びた魔力を(たくわ)える。つまり、私たちのように魔力の感知が出来る魔術師にとっては見分けるなど造作もない仕事なのである。貴族もお抱えの魔術師くらいはいるだろうが、ノウハウがなければ役に立たない木偶(でく)だ。


『僕たちとしてもドゥネさんがいて助かったよ。なにせ、グレキランス出身の僕を貴族の息子にしてくれたんだから』


 なんとも(ほが)らかな表情と声だね、オブライエンは。しかし、心の底からドゥネ卿に感謝しているというよりは、蜜を運ぶ蜂を褒めているような具合だ。


 しかし、蜂としては鼻高々らしい。


『私としてもお前を養子にしたことを……心から正解だったと感じている。なにより……嗚呼、メイリイ! ワインのお代わりを()いでくれるのだな!? 嗚呼、お前はなんて愛らしいんだ……』


 メイリイ元夫人の微笑みを見たかね、諸君。名前を呼ばれて、にこり、だ。まるで生きているみたいだが、むろん物言わぬ死体。ゆえに意思はなく、特定の音に対する反応だけがある。


 実のところドゥネ卿については、少々気の毒にも思っていた。私も、オブライエンもだ。死霊術を何度も試みる過程で、オブライエンのそれは確実に上達していったのである。今では言葉を操る死体だって作れるのだ。しかし、一度死霊術を巡らした死体に、もう一度、より上等な死霊術をかけても意味はない。以前の魔力に身体が馴染んでいるのか、より上等な動きは出来ないのだ。


 オブライエンは妙に素直なところがあるからね、その事実もドゥネ卿に打ち明けた。申し訳ないけれど、と。


 ドゥネ卿がなんと言ったと思う?


 ――なに、かまわんよ。私は今のメイリイが好きだ。


 思うに、ドゥネ卿は例の悲劇の晩、本物のメイリイ元夫人にぶつけられた罵倒の数々がトラウマになっているのだろう。だから彼女が言葉を操れないことがむしろ幸福でさえあるのだ。


『オブライエン。これから君はなにをするんだい?』


 おっと、当時の私もまた少しばかり思い悩んでいたようだ。いよいよ不安を口にしたね。


 というのも、すでに私とオブライエンは信じられないほどの成果を得ている。莫大な金はもちろん、オブライエンに関しては伯爵のひとり息子という地位。もはや誰にも(おびや)かされることなく自由に生きられるはずだ。


 ゆえに刺激的な魔術研究もおしまいになってしまうのではないかと、なんとなく憂鬱に思っていたのである。なにせ、ひとつの目的に向かって機知(きち)を巡らし、また、その過程で魔術を上達させていくのは快感以外の何物でもなかったのだ。


 実を言うとね、私も低級の死霊術であれば使えるようになっていたのだよ。なにもかもオブライエンに任せきりだったというわけではない。


 彼のそばにいれば魔術師として、これまで誰も到達し得なかった領域に足を踏み入れることが出来る。その確信があった。むろん、未踏だった領域にはすでに足跡がついている。白髪(はくはつ)の天才の足跡が。私はそれをなぞるだけでいいのだ。


『チャンスがあれば、もっと上の地位を目指すよ。次は侯爵かな。……でも今は大人しくすべきだろうね』


『そう何度も地位が上がったら、さすがの王城もやかましくなりそうだからな……。うむ。オブライエンの判断は正しい……』


『賛同ありがとう、ドゥネさん。僕としてはね、ラルフ先生、学校に入りたいんだ』


 これは驚きだ。学校! オブライエンが!


『君が魔術学校で学べることはないと思うが……』


『先生。僕だってまだ十七歳だよ? 友達のひとりやふたり欲しいんだ』


 なんだかこちらが恥ずかしくなってしまうほど純な言葉ではないか。


 まあ、当時の私もオブライエンのこうした申し出を真に受けてはいなかった。


『で、本当の目的は?』


『魔術学校の学長は、ラガニア全土の魔術師のなかで最高位の扱いをされてるらしいね。魔術に関してあらゆる権限を持っていると言ってもいい』


『ああ、違いない。今の学長は鼻持ちならない自惚(うぬぼ)れ屋で、人をこき下ろすことにかけては一流だ』


『その席、僕がもらおうかなって』


 それでこそオブライエンだ。大それた野望を(こと)も無げに語る(さま)は、もはや似合いだね。


 さぞや痛快に鼻を明かすに違いないとばかり思っていたのだが、決してそうはならなかった。しかしながら、オブライエンの望みが実現しなかったわけでもない。


 一年後、魔術学校学長の席に座っていたのはオブライエンだ。宣言通り一年でその地位をモノにしたのである。


 ほかならぬ学長が彼を指名して退()いたのだ。このあたりの経緯について、私は直接目にしたわけではない。なにぶん、退学した身だからね。ただ、オブライエンの活躍には言うまでもなく興味があったので、何人か学生を捕まえて聞いたものだ。『今、学校にオブライエンという青年が通ってるだろう? 問題を起こしていたりしないか?』という具合に。返ってくる言葉はどれも想定外に平穏なものばかり。ただ、学長に随分と気に入られ、可愛がられていたことは分かった。


 本人にも直接訪ねたのだが、あっと驚く秘密などなかった。どうやら本当に気に入られただけらしい。――などと納得した私は、なんて底抜けの阿呆(あほう)なんだろうね。まあ、このあたりのことはのちに明らかになる。彼が首都ラガニアに到着して一週間で、図書館の全書物を読破した理由とも重なる部分だ。


 さて、幕を降ろそう。


 オブライエンは魔術学校を掌握(しょうあく)し、もはや向かうところ敵なしだ。貴族どもの領地経営は悲惨な結果をもたらしているようだが、抗議の声はなかったね。なにせ私たちは連中に嘘を教えたわけではないし、領主として税を課しているわけでもない。つまり、訴えようにも訴える先がなかったのだ。


 失敬。魔術学校の話だったね。さて、学長の座を得たオブライエンが次になにをしたのか。


 特になにもしなかった。表では。


 秘密裏(ひみつり)に彼は、死霊術以上に遠大(えんだい)なテーマへと取り組みはじめたのだよ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『魔樹』→魔力の宿った樹。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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