幕間20.「領地をめぐって」
『ご無沙汰しております、ガーミール公爵』
『……やってくれたな魔術師風情が!』
『まあまあ、落ち着いてください。私たちは平和的交渉のために訪れたのですから』
さてさて、舞台は公爵邸の応接間だ。相変わらず大理石の照り返しが眩しいね。
前回は私ひとりの訪問だったが今回は違う。オブライエンとドゥネ卿もご一緒だ。
『ドゥネ。貴様、自分がなにをしたか分かっているのか……?』
『う……私は、なにも……。すべては我が息子オブライエンと、息子の知己のラルフがしたことで……』
おっと。ドゥネ卿の台詞を軽蔑してはいけない。なにしろ彼はオブライエンの指示通りに喋っているのだから。
自分はなにも知らずに墓地に引き籠っていて、気が付いたら息子がなにやら悪友と組んで莫大な富を手にし、貴族の私兵を返り討ちにしていた。寝耳に水で驚いてはいるが、万事が息子の考えなので頑なに放任を決め込んでいる臆病な父……それがドゥネ卿の割り当てられた人物像だ。
今のところ彼は、忠実に指示を守っている。素晴らしい。
『はじめまして、ガーミールさん。僕はオブライエン。よろしくどうぞ』
オブライエンは公爵相手でも変わらない。おそらく王家の者を前にしてもなんら躊躇いなく握手を求めるだろう。
案の定、公爵はしかめ面だ。無礼千万な田舎の成り上がり者をどうやって木端微塵にしてやろうかと思っているのかもしれないね。
しかし、公爵にとっては非常に残念なことではあるが、彼はもはやどうしようもなく負けている。お抱えの私兵の半数が私たちの忠実なしもべに変わってしまったのだから。
言うまでもなく、貴族連中が送ってきた兵は皆殺しにしてある。死霊術の存在を今の段階で明るみにすることだけは悪手と考えてのことだ。王城の介入を呼び込む格好の材料になりかねないからね。
黙る公爵を相手に、オブライエンが独演会を開こうとしている。聞こうではないか。
『ご承知の通り、僕とラルフ先生は魔樹を使った永久不滅のランプで随分とお金を稼いだわけだけど、ガーミールさんはそれが気に入らないんだよね?』
『当然だ……! それ以前に貴様、口の利き方に気をつけろ!』
『それは嫌だな。僕の言葉は僕のものだ』
パチン。
おやおや。公爵が指を鳴らした途端に甲冑の兵士たちがぞろぞろとお出ましだ。独演会中断。残念だね。
おお、恐い恐い。
なにが恐いって、そんなものでオブライエンをどうこうしようと考えている点が、身の毛もよだつほど恐ろしいではないか。
『ガーミール公爵。恐れながら、武力で私たちに敵うなどと思わないほうが良いでしょう。私兵の半数を失った事実に、私たちの魔術がかかわっていることはお察しいただいているかと思いますが……』
『……試して見るか? ラルフ』
『それも結構ですが、平和交渉の場に血が流れればすべてが台無しになります。このままガーミール公爵と泥沼の争いを続けてもかまいませんが、損をするのは貴方ばかりです。それはいささか心が痛む』
『馬鹿にしおって……!』
『いえ、嘲る意図はありません。今回、私たちはガーミール公爵にとっても悪くない話を持ってきたのです。どうか胸襟を開いて、互いにとって損のないところを探りましょう』
『……悪くない話だと?』
『ええ。それはオブライエンから申し上げさせていただきます。どうか口調に惑わされて益を失わぬよう、お願いします』
返事はない。が、沈黙は多くの場合、肯定を示している。
さあ、オブライエンの喋る番だ。
『まずガーミールさんへの確認だけど、あなたは僕たちの得たお金の何割かが欲しいんだよね?』
『得る権利がある! もともと貴様らの弄り回していた土地は私のものだ!』
『領地経営者は、領主により定められた金額を納めること。その上で、余剰利益に関しては領地経営者が得るものとする。領主は領地経営者の将来的な上納金の変更を要求することが出来るが、すでに契約上双方が合意の上で金銭が支払われている期間に於いては、領主であっても一方的変更は不可とする。なお、双方合意の上であればこの限りではない。……王城の定めた領地経営の制度だけど、公爵は知っていたかい?』
『無論だ……!』
『なら話は早いよね。これまで得た余剰金の権利は領地経営者のラルフ先生にある。にもかかわらず、ガーミールさんはそれを一方的に要求するのかい?』
『小僧……私が王城に求めれば制度ごとき覆すなど――』
『それが出来ないだろうから、領地に兵士を送ったんでしょ?』
これには公爵も黙るしかない。唸り声を噛み殺し、仇敵のごとく睨むほかない。
反論はなし。ゆえにオブライエンは続ける。
『ここまではただの確認だよ。すでに発生した金銭については動かせないし、動かすつもりもないからね。その上で、これからの話なら出来る』
『これから……?』
『本当なら僕たちはあと五か月間、もっともっとお金を稼ぐことが出来る。ガーミールさんから借りた土地を使ってね。……でも、もう充分かなって思うんだ。あんまりやり過ぎるのもガーミールさんに悪いし』
『つまり領地経営権を手放すわけだな?』
公爵はいささか結論を急いでいるようだ。そこまで物分かりのいい人間であれば、そもそも私兵を返り討ちにしようなどとは考えまい。
『交換しよう』
『……は?』
『領地経営権と領地そのものの権利を交換しよう。そっちは未来永劫、なんの対価も払わずに領地経営していいよ。僕たちはガーミールさんが得るお金には一切口出ししないし、上納金も取らない。ただし土地の名義だけはもらいたいのさ』
『……またなにか企んでいるな?』
『いや、そんなことないよ。ドゥネさんには今回の件で迷惑をかけちゃったからね、せめて土地だけでもプレゼントしてあげられたらな、って』
見たまえ、ドゥネ卿が涙を拭う素振りを。素晴らしい大根役者っぷりではないか。
しかし公爵が納得するわけもない。
『断る。信用ならん』
『うーん……でも土地はどうしてもドゥネさんにあげたいんだよ。ほら、貴族の人は爵位をすごく気にするじゃないか。ドゥネさんだって同じなんだ。だから贈ってあげたいんだよ』
『断る』
『そっか。じゃあ仕方ないね。もし応じてくれるなら永久魔力灯の設計図と、魔樹の群生地の地図と、魔樹の見分け方のマニュアルをあげても良かったんだけど……』
はは。公爵の目が急に輝いたね。それも当然だ。永久魔力灯の生産は、今はストップしてる。むろん意図的にだ。首都および近郊にはおおむね出回ったが、まだ地方の町には卸していない。
公爵が躍起になって領地経営権を取り戻そうとしていたのも、まだ商売として生きているからだ。が、領地の所有権自体と引き換えに出来るものではないと考えたのは、恐らくは永久魔力灯の製造方法や魔樹そのものの判別方法に不透明さがあったからだろう。そのあたりのことはオブライエンも巧妙に隠していた。論文でも厳密なところは語っていない。そして永久魔力灯の構造に関しては、肝となる紋様を暴かれぬよう細心の注意を払って作られている。紋様のある面を別の木材と接着し、剥がそうとすれば紋様に傷が入る細工をしてある。傷により紋様のかたちが変わり、即座に魔樹が別の魔術を出力する仕掛けだ。
肝心の別の魔術とはなにか。
ごく小規模な発火の魔術だ。魔樹だけが燃え尽きる。そのため、今のところランプの製造技術はほかの者に特定されてはいない。
『……内容は確かなんだろうな?』
『もちろん。作り方さえ把握していれば、農民だって簡単に作れる。魔樹の見分け方もそう難しくはないよ。ただ、群生地はあくまでも予想だから、外れてるかもしれないね。気候や土壌の条件からの推測に過ぎないから』
『かまわん。が、判別方法と製造方法に偽りがあったら――』
『その場合は僕たちがもらった領地は返却するよ。契約違反になるからね』
さて、幕を降ろそう。
交渉の結果がどうなったかは、もはや言うまでもないだろう。そして、同じ取引をしたのがガーミール公爵だけではなかったことも自明のことと思う。
かくして、さして日を置くことなくドゥネ卿は男爵から――子爵を飛び越えて――伯爵の地位を得た。魔樹の大半が伐採済みの、用無しとなった山や森の領地経営権と引き換えに。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『永久魔力灯』→魔力を施した灯り。光度や色調は籠められた魔力に依存する。魔道具。詳しくは『38.「隠し部屋と親爺」』参照
・『魔樹』→魔力の宿った樹。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて




