幕間18.「墓守卿はいかにして墓守となったか」
『先生。僕はね、心置きなく魔術の勉強がしたいだけなんだよ』
『もちろん心得ている。オブライエン。君は純粋な男だ』
『ところが、スタインはそうじゃないんだ』
『……と言うと?』
『スタインは偉くなりたいんだよ。誰にも手出しされないくらいの地位にいたいんだ。誤解しないでほしいんだけど、権力とか、そういうんじゃないのさ。スタインはただ、もう二度とグレキランスが脅かされないようにしたいだけなんだよ』
『彼らしいね。……それで、君もスタインに協力するって?』
『もちろん。それに、偉くなればもっとスケールの大きい魔術を試せるからね』
さて、ご覧いただいているのはドゥネ卿の邸宅での一場面だ。私に与えられたゲストルームで語らう二人。平凡な光景だよ。しかし、このとき交わされた会話は非常に重要なものだからね、このタイミングでお見せしておこうと思った次第だ。
時系列が前後して申し訳ないが、これはラガニアに帰還した翌日の晩のことなのだよ。つまり、メイリイ元夫人が復活してから一日しか経っていない。
この半年後にドゥネ卿は首都ラガニアの墓地を、貴族同士の土地交換で得る。ガーミール公爵をはじめとする貴族たちと領地経営の契約を結ぶのは、さらに一年後のことだ。
すべてはこの晩、計画された通りに進行した。一切頓挫することなくね。
なぜ墓地が必要だったか。なぜ領地経営の契約を結んだか。おおよその想像は諸君もついているだろうが、ここはひとつ、オブライエンの口から語っていただくとしよう。
そのために、一時間ほど時を圧縮しようではないか。
先ほどとがらりと変わったね。舞台は地下室。私とオブライエン、そしてドゥネ卿が、それぞれ持ち寄った椅子に腰かけている。
例の薬師はベッドに横たわり、メイリイ元夫人はしずしずとドゥネ卿の背後に控えている。二人とも命なき肉体だ。
『大体話はまとまったね。繰り返しになって申し訳ないけど、決まったことを確認しようか』
オブライエンを中心にして、ドゥネ卿と私が頷く……この様は、まるで悪事の計画を練る共犯者たちだね。室内の冷たくおどろおどろしい品々も相まって、なかなかの迫力だ。
『まず、ドゥネさんにはグレキランス以外の領地を失ってもらうよ』
『それと引き換えに墓地を手に入れるのだな』
万事、ドゥネ卿は承知している。一度は渋ったが、彼の急所はすでにこちらの手にあるのだから、もはや言いなりだ。
しかしながら、オブライエンはドゥネ卿を脅しはしなかった。ただ、死体となったメイリイ元夫人を動かし続けるにはオブライエンの魔術が必要で、もし何者かが彼の魔術行使の妨げとなってしまったら、もう二度とメイリイ元夫人は立ち上がらないかもしれない。少なくとも、オブライエンの魔力供給が途絶えた時点で再び身動きのない死体に戻り、同時に腐敗もはじまる。状況次第ではあるものの、もしもう一度死霊術を使ったとしても、今のように動くとは限らない。しかるに、倫理を叫ぶ声さえ封殺出来るだけの権力が今のオブライエンには必要となる。――そうした事実を懇切丁寧にドゥネ卿へと諭しただけのことだ。ほかならぬオブライエン本人がね。
かくしてドゥネ卿は、いかなる状況においても私たちに協力すると誓ったのである。よほど今のメイリイ元夫人を失いたくなかったのだろうね。もしかすると生前の彼女よりも、死後、意思の消えた彼女のほうをこそ愛していたのかもしれない。
『墓地が手に入ったら、そこに別邸を建てよう。ドゥネさんにはそこで寝起きして墓守の仕事をしてもらうけど……いいかい?』
『もちろんだ……。オブライエンとラルフには、ほかに山ほど仕事があるのだからな』
『ご理解ありがとう』
殊勝な男だよ、ドゥネ卿は。まったくもってありがたいね。メイリイ元夫人の死体さえ動いてくれればそれでいいんだから、楽なものだ。
『その間に、僕とラルフ先生とで魔力灯の試作をはじめる。旅で手に入れた魔樹を使って』
『オブライエン。君は並行して論文を作るんだろう? 大丈夫か?』
『平気平気。先生は心配性だなぁ』
空気中の魔力を吸収する点をはじめとして、魔樹がいかに優れた素材であるかを記した論文。そして、有用性を示す好例としての、魔力を用いたランプ。前者は底意地の悪い魔術師どもに反論を許さぬよう、隙なく作りこまねばならない。逆に後者は、多少粗くとも量産可能なレベルで試作する必要がある。
『論文と試作品をクリアしたら次のステップだ。もちろんドゥネさんは、それまでにたくさん死体を集めておくれ。ありったけだよ』
『うむ。防腐処理をして別邸に置いておく』
『そうそう。そうすれば僕が行ったときに蘇らせるからさ。となると、別邸にも地下室が必要だね。大所帯になるから』
『私は……他人の死体と暮らすのか』
ははは。ドゥネ卿は少しばかり不安そうだ。しかし、死体との共同生活が問題ではないようだ。
『やっぱり気味が悪いかな』
『いや……私は、その……人見知りするからな。……死体とはいえ、初対面の相手と上手くやれるかどうか……』
『あはは! 大丈夫さ。みんなメイリイさんと同じくらい大人しいからね』
ドゥネ卿も大した狂人だよ。まあ、私とオブライエンよりはよほどマトモだろうがね。
『さて、準備がすべて整ったら、ラルフ先生には魔樹のある土地の領地経営者になってもらうよ。貴族同士で領地に干渉したら変な疑いを向けられるかもしれないからね、これは先生にしか頼めない』
『分かってるよ、オブライエン。安心してくれ』
『領地の経営権を得たら、いよいよ死体の出番だ。各地に死体を派遣して魔樹の伐採をしてもらう』
『しかし、あまり離れすぎると問題が出るんじゃ……?』
『そこはクリアしてあるよ。僕と先生が旅に出ている間、あの子に日記をつけてもらったんだ。毎日ね』
あの子、というのは例の薬師だ。死霊術で蘇った最初の死体。
オブライエンは日記だなんて言ったが、まあ、比喩のようなものだ。薬師は毎日決まった時間に、壁に数字を書くことになっている。昨日が一なら今日は二といった具合に、ひとつずつカウントアップしていく仕組みだ。薬師が蘇って半年と少しが経過しているが、一日たりとも途切れていない。要するにオブライエンが物理的に離れていても、この死体は命じられた指示を遂行し続けたのだ。ゆえに距離は問題にならない。
『距離はいいとして、君自身の魔力はどうなんだ……? 限界があるんじゃ……?』
ドゥネ卿の懸念はもっともだ。誰しも身の内にある魔力量は決まっていて、オブライエンも例外ではない。例外ではないが――底が見えない。
もしかすると、オブライエン本人も限界など知らないんじゃなかろうか。
『それはなんとも言えないね。僕も人間だから、限界はあると思うよ。ただ、ちっとも魔力の枯れる気がしないんだ』
『それは頼もしいが……もし魔力切れが起きたら……その……メイリイも動かなくなるのか……?』
『申し訳ないけど、可能性はあるよ』
ははは。不安からだろうが、ドゥネ卿はメイリイ元夫人の手をさすりはじめてしまったよ。よほど好きなんだろうね。
『もし……』
『もし?』
『もしそうなったら……なるべくメイリイに似た女性を……嗚呼! メイリイすまない。君の前だというのに私は……』
まるで本当にメイリイ元夫人が生きているみたいに呼びかけるね、ドゥネ卿は。むしろ、死んでからのほうが積極的になっているくらいだ。
見たまえ。さすがのオブライエンも苦笑している。
『あはは……。そのときはもちろん、ドゥネさんの望む通りの子を連れてくるよ。だから今はメイリイさんを大事にしてあげてね』
『もちろんだとも! 嗚呼、オブライエン……! お前にはどれだけ感謝したらいいだろう……』
『たくさんの死体でお返ししてくれればいいよ』
『必ずや期待に応えて見せよう……!』
ドゥネ卿は熱しやすいのかもしれない。そうして、なかなか冷めないのだから大したものだ。
現に彼は、オブライエンの期待を遥かに超える死体を収集した。墓守の仕事として、日常的に埋葬される人々の墓を暴くだけでは得難い量を、見事にこしらえて見せたのだ。
どうやったのか。さあ、どうだろうね。私は知らないよ。
ただ、ある年のラガニアでは、流行り病で亡くなる者が例年の三倍も増えたらしい。翌年からはぴたりと平年通りに収まったのだから不思議だね。
発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。
登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。
なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。
・『魔樹』→魔力の宿った樹。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて
・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』
・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて




