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幕間15.「安息の地」

『おかえり、オブライエンお兄ちゃん!』

『おーい! 男前が返って来たぞ!』

『少し見ないうちにすっかり元気になったねえ』

『聞いたよ、オブライエン。オレたちの土地をアンタが守ってくれたんだってな!』

『おまけに貴族の養子か。いいねえ。すっかり成り上がっちまって』

『馬鹿! オブライエンさんは俺たちの土地を守るために貴族の子供になったんだよ!』


 随分と(にぎ)やかだね。オブライエンの愛されぶりには少し嫉妬してしまいそうになるよ。


 さてさて、場面はご覧の通りグレキランスだ。実に半年ぶりの帰還だが、相変わらず牧歌的(ぼっかてき)な土地だ。小洒落(こじゃれ)た石畳の町並みの先には広大な農地。(はる)か地平線には()っすらと丘陵(きゅうりょう)が見えるね。耳を澄ませば聴こえる牛や鶏の鳴き声もなんだか懐かしいじゃないか。……といっても、諸君らはほんの少し前に目にしたばかりの景色だろうがね。


 それにしても、この歓待(かんたい)ぶりはいささかびっくりだ。まだ町の外れだというのに、すっかり農民に囲まれてしまったよ。


 オブライエンもなんだか嬉しそうじゃないか。ラガニアで過ごしているときは決まって薄ら寒い微笑だったというのに、今じゃ歯を見せて笑ってる。目は、ひと筋の線だ。


 ドゥネ卿の許しを得て、私たちは一時的に帰郷することとなったのだ。二人旅だったからね、道中は馬なんぞ使わず風の魔術で空中散歩さ。


 さて、通りにご注目。すっかり日焼けした精悍(せいかん)な青年が石畳を歩いてくるのが見えるだろう。そう、スタインだ。


『やあ、スタイン』


『元気そうだな、オブライエン。ラルフさんもお元気でしたか?』


『相変わらずだよ。君はどんどん(たくま)しくなるね』


 男子三日会わざれば、という言葉があるが、スタインの変化には驚きだね。まさか私に敬語を使ってくれるだなんて思ってなかったよ。それでいて距離を感じさせないんだから見事だ。


 さあ諸君、仲良し双子の感動の再会だ。農民に取り巻かれながら、ゆっくりと()を進めようではないか。


『町はオブライエンの噂で持ちきりだった』


『あはは……大したことはしてないんだけどね』


『いいや、大したものだ。なにせお前は悪人からこの土地を救ったんだからな。そのうちグレキランスはお前の領地になるんだろ?』


『ゆくゆくはね。ドゥネさんには子供も奥さんもいないから』


『でも恋人はいる』


『あはは! そうそう、そうだったね』


 どうやらオブライエンの活躍を町で語ったのはスタインみたいだ。それもそのはずで、スタインはオブライエンの片目と片耳を通じてラガニアでの一切を把握していたのだからね。


『スタイン。どうしてそれを……?』


『先生、実はね――』


 ここでようやく私は、二人の(あいだ)に感覚共有がなされていたことを知ったのだ。


『それじゃ、君は死霊術(しりょうじゅつ)のことも……?』


『ああ、知ってるよ先生。おかげで食欲がなくなった』


 スタインは苦笑いだ。腹をさするジェスチャーも、どこかさっぱりとしているね。


『オブライエン!! 嗚呼(ああ)! オブライエン!!』


『母さん!』


 もうじき邸だというところで、通りに飛び出してきたのはウェルチ氏の奥様だ。少し皺が増えたかな? おそらくは心労のせいだろう。スタインはオブライエンの目と耳を借りて、状況が好転していく様子を見守っていただろうが、奥様はそうではない。大切な息子が領主のもとで悲惨な目に()っていないかと心配して、日夜苦しんだに違いない。


『心配したんだよ、オブライエン』


大袈裟(おおげさ)だなぁ。僕は大丈夫だよ。それに、全部が良くなった』


『スタインから聞いたよ。でも、本当にもうなんの心配もいらないんだね?』


『うん。もうなにも不安に思うことはないよ』


 しかし、まだ不安はありそうだね。それも当然だ。母親だからな。領地のことだけが問題なわけではない。


『でもお前、養子だなんて……』


『必要なことだったから仕方ないさ。それに、ドゥネ男爵は良い人だから大丈夫だよ』


『そう……そうかい。いつかお会いして直接伝えなきゃならないね。オブライエンをよろしく、って。でも母さんは寂しいよ』


 それが親心だ。むしろ奥様は理解があるように見えるね。勝手に養子縁組なんてしたら普通は激昂(げっこう)しそうなものだ。のっぴきならない事情があるとはいえ、ね。


『久しぶりに家族みんなで食事したいな』


 これはこれは。会心のひと言だ。奥様も涙ぐんでいる。オブライエンなりの親孝行なのだろうね。いくら貴族の養子になったとはいえ、自分にとっての家族はウェルチ氏の邸宅にまつわるみんなだけで、自分の居場所はグレキランスなのだというメッセージ。素敵なプレゼントだ。


 さて、邸に入って食事をしよう。使用人を含めた、久しぶりの一家団欒といこうじゃないか。


 おや、オブライエンが立ち止まって手を振っているね。庭木に向かってだ。よくよく見ると、小さな女の子が街路樹の影に隠れているじゃないか。


『おいで。君も一緒にご飯を食べよう』


 彼女の名はジュリアだ。そう、廃人になったオブライエンに毎日毎日食事を届けていた女の子である。


 ははは。顔を真っ赤にして逃げてしまったよ。オブライエンが廃人だったときは、あんなに大胆(だいたん)に尽くしてあげたのにね。シャイな子だ。


『オブライエン。あの子のことを知ってるのかい?』


『知ってるよ、母さん。……父さんが死んでから、僕が駄目になっていたときのことを覚えている?』


『ええ……もちろん』


『そのときに毎日、僕にごはんを持ってきてくれた子だよ』


『あら……本当? それじゃ、お前の恩人ね』


『うん。恩人さ』


 その小さな恩人とは、残念ながら滞在期間中にもう一度お目にかかることはなかったよ。すっかり元気になったオブライエンを見て眩しくなってしまったのかもね。




 さて、幕だ。


 三日間のグレキランス滞在は恵まれた時間だったよ。ラガニアでは刺激を受けっぱなしだったからなおさらだ。オブライエンはこの半年ほど、死霊術に明け暮れていたからね。例の薬師を死体に戻しては動かして、の繰り返し。私はもはや家庭教師などではなくて、彼の良き助手となっていたのだ。


 さすがに何日も何日も死体と顔を合わせていると、人間性というものがボロボロと剥がれていくような感覚になったものだ。だからこそグレキランスで過ごしたひと時はなににも代えがたい安息だったよ。


 さて、滞在期間はほんの三日だったが、実を言うとドゥネ卿からは一ヶ月の(いとま)を貰っていた。残りの日数を利用して私とオブライエンは、ほうぼうの森を探索したのだ。


 彼の研究は死霊術ばかりではない。『魔樹(まじゅ)』もオブライエンのテーマのひとつだった。それも、死霊術に負けず劣らず注力(ちゅうりょく)していたと言っていい。彼はラガニアにいる間、どこで調べたのか『魔樹』の群生地(ぐんせいち)に見当をつけていた。グレキランスを出てからは、それらを実際に確かめる旅がはじまったというわけだ。


 オブライエンの類推(るいすい)した群生地は、五割程度は的中していたよ。まったくの机上(きじょう)から導き出したにしては上出来だろう。


 このときの私は、オブライエンが『魔樹』を調査する理由について、彼の手掛けている論文のためだと思っていた。いやはや、私は底の浅い人間だね。オブライエンは魔術の発展に貢献しようだなんて微塵(みじん)も思っていなかったのさ。彼の関心の範囲は、あくまでも自分と、自分を愛するグレキランスの人々にしか向けられていなかった。


 さてさて。ドゥネ卿の邸に帰還した私たちが直面したのは、新しい死体だった。


 誰かって?


 メイリイ元夫人だよ。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『死霊術』→死者を蘇らせる魔術。詳しくは『第一話「人形使いと死霊術師」』参照


・『魔樹』→魔力の宿った樹。詳しくは『198.「足取り蔦と魔樹」』にて


・『ラガニア』→かつてはグレキランス同様に栄えていた地域。今は魔物の跋扈する土地と化している。魔王の城は元々ラガニアの王城だった。初出は『幕間.「魔王の城~書斎~」』


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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