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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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890.「最古の歴史書」

 記憶を保存する魔道具には心当たりがある。いつか毒食(どくじき)の魔女が言っていたけれど、魔王の城にある『記憶の水盆』という魔道具がそうだ。作られて以降、その土地にまつわる記憶がずっと保存されているとかなんとか。


 わたしの荷物のなかにも『記憶の水盆』を()した魔道具がある。魔女からもらった魔道具で、ほかならぬわたし自身の記憶が保存されているのだ。もともとは三つの小瓶に分けていたのだけれど、すでに二本は手元にない。ひとつは騎士団ナンバー3で、現在行方不明の――おそらくは死亡してしまった――トリクシィに。もうひとつは、故郷であるトードリリーで『夜の守護騎士』を名乗る老人に渡してしまった。


 わたし個人の知識と経験から、記憶を保存する魔道具の存在は現実のものとして信じることが出来る。ただ、小人の歴史書もそうだとはちっとも思っていなかった。


「これは代々、『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』の小人に継承されてきた宝物(ほうもつ)だ。魔道具として起動する方法は小人族の(おさ)にしか分からん」


 ゾラは淡々(たんたん)と説明する。その後ろで、クロに拘束された老小人が必死の形相(ぎょうそう)でもがいていた。


 老小人は歴史書に保存された内容を知っているのだろう。だからこそ抵抗しているに違いない。そうなると、俄然(がぜん)中身が気になる。


「まあまあ、穏便(おんびん)にいきましょう」とヨハンが両手を広げて言う。「小人のおじいさんが鍵なんですから。納得ずくで魔道具を発動させてもらいたいものです」


 全面的に同意だ。無理やり拘束して物事を進めようだなんて、あまり好きなやり方ではない。


「そうね。暴力はよくないわ」


 本心からそう言ったのだけれど、右隣――サフィーロがなんとも嫌なことを呟く。「暴力の権化(ごんげ)のような女がなにを言う」


 む。


「そうね。なんたって竜人のなかで一番強いサフィーロさんをボコボコにしちゃったんだもの、そう思われても仕方ないわ。でも、物事には力の必要な場面とそうじゃない場面があるでしょ? 今は後者だと思うわ」


「貴様……これ見よがしに」


「でも、わたしがあなたに勝ったのは事実でしょ?」


「……」


「ごめん、言い過ぎたわ」


 がっくりと肩を落としたサフィーロが、さすがに気の毒になってしまった。いけないいけない。ついやりすぎてしまうのはわたしの悪い癖だ。


 一拍置いてデビスが咳払いをした。「私もクロエに同意する。歴史書の実態がなんであれ、正当な手続きを()て物事を進めるべきだ」


 ゾラの背後でオッフェンバックがニコニコと(うなず)く。どうやら彼も同意見らしい。


 ゾラは腕組みをして沈黙していたが、やがてゆるゆると首を横に振った。「クロ。小人の口を()けるようにしてやれ」


 相変わらず拘束したままではあったが、口を塞いでいた手が外れた。


 瞬間――。


「グリム! 火を()けよ!!」


 老小人の叫びが広間に反響し、ゾラの目の前――歴史書の上で小さな火が出現した。


 ゾラが腕を振り、「ひゃっ」と悲鳴が上がった。『透過帽(とうかぼう)』とグリムの身体が、わたしの頭上を越えていく。


 それらはあっという間の出来事だった。きっとゾラにとっても同じだったろう。まさか透明化したグリムが円卓の上に(ひそ)んでいたとは思わなかった。


 対処が遅れたわけではない。けれども決定的な炎が、すでに歴史書に燃え移っていた。


「ぐっ!」


 (うめ)き声と同時に、ゾラが歴史書を掴む。(さいわ)いにも本格的に燃える前に揉み消された。


「貴様ら……」


 ひどく忌々(いまいま)しそうな口調で呟いてから、ゾラは歴史書から手を離した。本の一角が黒ずみ、焼け落ちている。


 書物としてはそう大きくない被害だろう。けれどこれが魔道具なら話は別だ。一部の欠損がどれほど影響することか……。


 す、っと音もなくゾラが立ち上がった。顔面には、威圧感に満ちた無表情。


 なにか起こると思って身構えたときには、すでにゾラはわたしの頭上を飛び越えていた。


「ゾラ、待って!」


 そう叫んで振り返った。ゾラに頭を掴まれて持ち上がるグリムが目に映る。彼は絶望的な表情で、ぼろぼろと涙を流していた。


「貴様。自分がなにを仕出(しで)かしたか分かっているのか?」


「分かってるので。全部、ひぐっ、全部分かってるので……」


 胸の痛みとともに、鼓動が早くなっていく。


 どうしてグリムがこんなことをしたのかは別として、彼が傷付くのは見過ごせない。


「グリムを離して」


 ゾラのそばまで歩み、両手を差し出す。グリムを渡して、と。


「クロエよ。あやうく歴史書が失われるところだったのだぞ? いや、すでに機能を()たさなくなっているやもしれん。これは大罪だ」


「だとしても一旦落ち着いて話しましょう。……グリムをこっちに渡して」


 ゾラの視線はどこまでも冷ややかだった。さぞや、わたしが無知で甘い人間として映っていることだろう。それでも手を引っ込めるつもりはない。


 やがてゾラは、表情を変えることなくグリムをこちらに渡した。


 抱き上げるや(いな)や、グリムはわんわんと大泣きする。すぐに、胸のあたりに湿り気を感じた。


「おじいさん、どうしてグリムに歴史書を燃やさせようとしたの」


 老小人に呼びかける。彼はというとクロに(かか)えられてぐったりとしていた。気力が失せたとでも言うように。


 老いた瞳がこちらへ向く。乾いた光が中心に宿(やど)っていた。


「エー、お前らに渡すくらいなら……エー、永久に葬り去るほうがましだ」


 クロに拘束されたときには、すでに小人の作戦が動いていたのだろう。チャンスを狙って歴史書を燃やすように。


「長老よ」ゾラが静かに呼びかける。「歴史書の記憶を解放しろ。この程度の損失であれば魔道具としては健在だろう?」


「エー、一部でも欠ければ全体に影響を及ぼすのが魔道具だ。エー、すなわち、それはもうガラクタ同然――」


 老小人の言葉が止まったのは、目の前にゾラの顔が接近したからだろう。こちらからは背中しか見えないけれど、きっとおぞましい表情をしているに違いない。


「魔道具を発動させろ。さもなくば、一体ずつ小人を殺す」


 本気……なんだろうか。ただの脅しにしては異様な迫力(はくりょく)があった。


 やがて老小人は、つっかえつっかえ声を出した。


「エー、お前らの望むような、エー、情報は、エー、すでに消え去っただろう。エー、歴史書は、エー、重要な部分から先に、エー、欠落する」


「つまり、すべての記憶が失われたわけではないのだな」


 ゾラは、クロの腕から老小人をひったくると、円卓に――歴史書の真横に押し付けた。むぎゅう、と。


「ゾラ、乱暴しないであげて。……おじいさん、よく聞いて。わたしたちはなにを知ったって、あなたたち小人に危害を加えたりはしないわ。あなたたちが不利になるようなことはないの」


 ゾラの手に下で、ゆっくりと老小人が顔を上げた。


 なんだかひどく薄暗い、不吉な顔だった。


「エー、女。お前はなにも知らんのだ。なにひとつ知らんのだ」


「そうよ。だから知る必要があるの。……ゾラ。そこにはオブライエンに関する内容が含まれてるんでしょ?」


 でなければ、この場で歴史書が重要になるはずはない。


「ああ、そうだ」とゾラは(うなず)いた。


 なら、()()でも知る必要がある。


「おじいさん。魔道具を発動して」


 わたしの呼びかけは、広間に(むな)しく反響した。



 何分経過しただろう。やがて老小人は顔面に皮肉(ひにく)めいた笑いを浮かべ、歴史書に手を置いた。


 その瞬間である。歴史書から光の(おび)幾筋(いくすじ)も流れ出した。またたく()にそれは数を増やし、また、一本一本も太くなり、鮮烈な光となってわたしの――わたしたちの視界を白く焼いた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『毒食(どくじき)の魔女』→窪地の町イフェイオンの守護をする魔術師。『黒の血族』と人間のハーフ。未来を視る力を持つ。本名はカトレア。故人。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『Side Winston.「ハナニラの白」』参照


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『フェルナンデス』→孤児院の地下で看病されている、寝たきりの老人。トードリリー出身であり、王都で騎士をしていた過去を持つ。実体を持つ幻を創り出す魔術『夢幻灯篭(ルシッドリム)』を使うことにより、トードリリーの夜間防衛を担っている。創り出す幻は、『守護騎士フェルナンデス』『従士パンサー』『愛馬ロシナンテ』の三つ。『夢幻灯篭』とは別に、魂を奪う力も持っており、幼少時代のクロエは彼に魂を奪われたことがある。詳しくは『第三章 第三話「夜の守護騎士」』にて


・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『老小人』→小人の長。「エー」が口癖。人間をひどく嫌っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『記憶の水盆(すいぼん)』→過去を追体験出来る魔道具。魔王の城の奥にある。初出は『幕間.「魔王の城~記憶の水盆『王城』~」』


・『魔道具』→魔術を施した道具。魔術師であっても使用出来る。永久魔力灯などがそれにあたる。詳しくは『118.「恋は盲目」』にて


・『透過帽(とうかぼう)』→かぶっている間は姿を消せる角帽。魔道具。気配も消すが、物音までは消えない。詳しくは『597.「小人の頼み」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『岩蜘蛛(いわぐも)の巣』→王都を追放された者が放り込まれる洞窟。実は最果てと王都近辺を繋いでいる。中には小人の住処も存在する。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『トードリリー』→クロエが子供時代を過ごした孤児院がある町。詳しくは『第三章 第三話「夜の守護騎士」』にて

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