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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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887.「灰緋会合」

 案内役のタテガミ族に導かれて何度か通路を曲がり、たどり着いたのは(おごそ)かな調度品に囲まれた広間だった。


 床には緑の()金糸(きんし)で曲線的な模様の描かれた絨毯が()かれ、ほのかな(あか)りを放つ石壁には菱形(ひしがた)模様が彫り込まれていた。部屋の中央には緋色(ひいろ)のクロスを敷いた円卓があり、大きめのスツールがぐるりと(はい)されている。


 広間にはすでに、二人の他種族の姿があった。


「遅いぞ」と竜人のサフィーロ。


「先ほどはどうも」と半馬人(はんばじん)のデビス。


 サフィーロはスツールに腰かけていたが、デビスは彼の隣に立っている。


「少し遅れちゃったかしら?」なんて答えながら、サフィーロの左隣に腰かける。続いてわたしの左に、ヨハンが無言で座った。


「もう一分遅かったら『霊山(れいざん)』まで帰ったところだ」


 サフィーロは腕組みをし、ふん、と鼻を鳴らした。


 そんな彼をちらと見て、デビスは「時間は問題ない。気にするな」と言う。


 広間にはわたしたち四人のほかに誰の姿もない。おおかたゾラは別室で待機しているのだろう。『灰銀(はいぎん)』側の出席者はこれで全員のはずなので、間もなく彼も姿を見せるに違いない。


「第一」サフィーロがじっとわたしを見下ろしながら言う。「私が出席する義理はないのだ。竜人の協力は『灰銀の太陽』として此度(こたび)の交渉を成功させる段階までで、すでに責務(せきむ)は果たしたと言えよう。その後の面倒まで見る約束などない」


 確かに現時点で、竜人は充分役目を果たしている。これ以降は今後の行動の打ち合わせなわけで、本来は巻き込むべきじゃない事柄(ことがら)だと言われたら(うなず)くしかない。


「まあまあ、いいじゃないですか。サフィーロさんでしたか? 貴方(あなた)がた竜人には随分(ずいぶん)と助けられましたから、ぜひとも最後まで見届けていただきたいですなぁ」


 ヨハンは平然と軽口を返す。まあ、実際出席を承諾(しょうだく)してこの場に来たのだから、今さら文句を言うものではない。サフィーロだってどうせわたしに難癖をつけたいだけだろう。


 案の(じょう)、蒼の鱗の竜人は「会合への出席に関しては、まあ、大目に見よう」とこぼした。


 が、それだけでは終わらない。


「しかしだ。私は貴様(きさま)を信用してはいない。ハックの代わりに貴様が出席するというのも分からん」


 サフィーロの疑念はもっともなものだろう。確かにヨハンは『灰銀の太陽』の多くのメンバーにとって、正体不明の異物だ。


 デビスが円卓に手を突く。「ハックから話は聞いている。(じつ)のところ、お前が『灰銀の太陽』の参謀(さんぼう)として裏で動いていたのだろう?」


「ええ。ある程度は」


「ならば、ハックに代わって出席するのも不思議ではない」


 思いのほかすんなりとデビスが納得したのは、事前にハック本人から説明を受けたからだろう。


「参謀か」そう呟いて、サフィーロはヨハンを睨んだ。「蒸し返すつもりはないが、此度の戦闘で竜人も相応の被害を受けた。それが貴様の作戦の結果であることを、ゆめゆめ忘れるな」


「ええ。(きも)(めい)じていますよ」


 すべてがヨハンの想定通りに進んだわけではないだろうけど、責任の一端(いったん)はある。けれど、それを取り沙汰(ざた)にする意味はもはやない。責任問題は先ほど終結したばかりなのだから。


 そうこうしているうちに、広間に三体の獣人が現れた。


 ケットシーのクロ。純白のタテガミのオッフェンバック。そして――。


「揃ったようだな」


 ゾラは朗々(ろうろう)と言い放ち、ちょうどわたしの向かいの位置に腰を下ろした。クロとオッフェンバックはゾラの背後にそれぞれ(ひか)えている。


「『緋色の月』からは、あなたたち三人だけ?」


「三人? 勘違いするな。『緋色』側の出席者は俺だけだ。二人は従者でしかない」


 本当に取り巻きを連れてくるだけなら、わざわざクロとオッフェンバックを選ぶ必要はないはずだ。従者なんて言いながらも、今後の見通しを共有する意図で連れてきたんだろう。


「半馬人の代表よ」と、ゾラはデビスに呼びかける。


「なにか?」


「半馬人用の椅子を用意出来なかった非礼を()びる」


「そもそも椅子に座る文化がないので、気にすることではない」


 デビスの横顔に、なんとも複雑な苦笑が浮かんでいるのが見えた。つい先日まで敵だった側の大将から、こんなふうに気遣いを受けるとは思わなかったのだろう。


 わたしもびっくりしたものだけれど、割とゾラは気にしい(・・・・)なところがある。律義というか、四角四面(しかくしめん)というか……。


「そうか。疲れたなら、その場で楽な姿勢を取るといい。礼には(そむ)かん」


「お気遣い感謝する」


 デビスが会釈(えしゃく)を返すと、ゾラは厳粛(げんしゅく)な表情のまま短く二度頷いた。


 (すき)()うように声を発したのは、ヨハンである。「さあ、本題に入りましょうか」


「メフィストよ。そう()くな。ときにお前は、いつまでその姿のままなのだ? 宮殿の外ならともかく、ここでなら正体を見せても問題あるまい。むしろ仮初(かりそめ)の姿のままというのはいささか信用に欠けるぞ」


「それもそうですね」


 そう言って立ち上がるや(いな)や、ヨハンの身にまとった魔力が砕け、あっという()に姿が変わった。黒山羊から人型へと。


 (ゆる)やかにうねる黒の長髪。性格の悪そうな目の下には濃い(くま)がくっきりとついている。(ほお)はそぎ落とされたようにこけていて、(あご)にはお世辞にも清潔とは言えない無精髭が()えている。


 (よそお)いもすっかり変わっていて、はじめて彼と出会ったときと同じく、(しわ)と染みに蹂躙(じゅうりん)されたシャツに、()せたコート、手に入れてから一度も磨いていないのではないかと思うほど傷だらけの革靴といった()で立ちだ。質はいいのに、くたびれて傷だらけの革鞄を小脇に(かか)えている。


 不健康を通り越して不吉でさえある骸骨じみた姿。それを(なが)めるわたしの目は、きっと輝いているだろう。ゾラとの決闘前に、ヨハンはほんの短い(あいだ)だけ本当の姿に戻ってくれたのだけれど、こうしてまじまじと見ることは出来なかった。


 うん、見れば見るほど悲惨な男だ。とても懐かしくて、なんだか頬が緩んでしまう。


「貴様……何者だ」


 サフィーロは椅子から飛び退()き、かまえた。両手の爪が微光を浴びてぬらぬらと(きら)めいている。


 どうやらサフィーロはなにも知らなかったらしい。逆にデビスは平然としているあたり、ハックから情報共有されていたのだろう。


「失礼。説明していませんでしたな。私は他種族でもなんでもなく、人間と血族のハーフです。もちろんこのことは、ハックさんも、こちらのお嬢さんも、ゾラさんもご存知です」


「なぜ(にせ)の姿を……」


「ここは獣人の地です。(ごう)()っては郷に従えではありませんが、自然な装いをすべきかと思いましてね」


 タキシード姿の黒山羊がはたして自然なのかは別として、人間の姿よりマシなのは明らかだ。わたしとシンクレールはある程度信頼を勝ち取った――と思いたい――けど、人間そのものに対する嫌悪感はどの種族も持っている。


 サフィーロはひどく不機嫌そうに鼻を鳴らし、「不誠実だ」と呟いた。


「誠実さが(かせ)になるような状況ばかり味わってきたものですからねぇ」


 そう言ってヨハンは笑う。ひどく薄気味悪い表情で。それを眺めているとなんだか気持ちが落ち着いてくるんだから、わたしはすっかりヨハンに毒されてしまっているのだろう。


 サフィーロは怪訝(けげん)そうな表情を浮かべ、むっつりと黙り込んだ。これ以上なにか言っても物事は先に進まないし、自分の納得出来る答えを得られる見通しもないと判断したのだろう。


「さてさて、今後の打ち合わせをしましょうか」ぱん、と手を叩いてからヨハンは円卓に(ひじ)を突き、両の手を組み合わせた。「具体的には、戦争に(さい)しての各人の行動についてです」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『クロ』→ケットシー。ジェニーの幼馴染。ルドベキアの獣人とともにケットシーの集落を滅ぼした。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『ケットシー』→獣人の一種で、猫に似た姿をしている。しなやかな毛で小柄。五感が優れている


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて

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