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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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880.「一件落鳥」

 シャオグイが空中で木端微塵になったことで、『灰銀(はいぎん)の太陽』のメンバーは怒りを収めたようだった。


 一件落着。そんな雰囲気が形成されている。


 一歩引いて騒動を(なが)めていたわたしにとってはなかなか信じられないことだけれど。


「これで、これで死んだ仲間も(むく)われる!!」


 そう叫んで号泣しているのは、アレクとともにルドベキア入りした半馬人(はんばじん)である。そんな彼の肩を抱いて、別の半馬人が「ああ、そうだとも。同胞(どうほう)の魂は清らかな肉体に生まれ変わるのだ」と(なぐさ)めていた。


 そんな光景を目にしていると、なんだか少しだけ(おだ)やかな気持ちになってくる。


 わたしがゾラに勝利したことで、『灰銀の太陽』はおおむね目的を達成したと言っていい。いや、厳密な話はこれからだけれど、少なくとも樹海でのぶつかり合いは『灰銀』の勝利に終わったと考えるべきだ。だからこそ口に出すことが出来ずに()まっていた鬱積(うっせき)があって、それが今回の騒動である程度解消されたとするなら――シンクレールがやったことの意味は案外大きいのかも。


 まあ、きっとシャオグイもどこかで生きてるだろうし。


 彼女が空中で四散(しさん)する寸前、濃い魔力が展開されたのを思い出す。あれはシンクレールの魔力ではない。つまり、シャオグイ自身がなにかの魔術を使ったというわけだ。


 歓声はすっかり穏やかな会話へと推移(すいい)していた。そこかしこで素直な言葉が()わされている。


 これでハックに対する不信感が(ぬぐ)えたわけでも、ましてや憎悪が消滅したわけでもないだろう。一旦(いったん)のはけ口を得ただけだ。それでも、この場で彼が死ぬようなことにならなかっただけでも安心に()る。


「さてと」


 すぐそばの声に振り返ると、ちょうどヨハンが(きびす)を返すところだった。


「ヨハン、どこ行くの?」


「野暮用です」


「野暮用って?」


「ご機嫌取りですよ」


 ふぅん。


 まあ、いいんじゃないだろうか。シャオグイはヨハンにご執心(しゅうしん)みたいだし、少しはかまってやるべきなのだろう。


 それにしても二人の関係性が気になる。直接たずねるなんて絶対にしないけど。


 大人の関係という奴……? いやいや、まさか……。


「だったらなんだって言うのよ」


 誰にも聞こえないくらいの呟きだったはずなのに、ヨハンが振り返る。「なにか言いましたか?」


「なんでもないわ。早く行って(なぐさ)めてあげればいいんじゃないの?」


 小さく肩を(すく)めて去っていくヨハンを、わたしは長いこと、それとなく目で追っていた。そんな自分に気付いて嫌になったのは言うまでもない。


 さて。気を取り直して――。




 人波を()い、前庭(ぜんてい)の中心に踏み出す。そして、悄然(しょうぜん)と地面で三角座りをするハックのもとへと足を運んだ。彼のそばには相変わらずエーテルワースとデビスがいる。(たたず)んだまま、しかしハックの近くを離れようとはしない。そういうタイプの優しさは、なんだか少し(うらや)ましく思う。わたしには真似(まね)出来ないから。


「ハック」


「お姉さん……おはようございますです」


「うん、おはよう」


 大変だったね、とは言わない。そこまでわたしは軽率(けいそつ)じゃないから。


 彼の隣にただしゃがみ込んだだけだ。


「お姉さんはここでなにしてるんです?」


「休憩よ」


 そう、小休止。これまでずっと気を張っていたんだ。数日くらいリラックスしても罰は当たらない。


「あと数時間もすればゾラさんとの会合がはじまりますです。お姉さんも――」


 ハックの言葉が止まったのは、わたしが軽率にも頭に手を置いたからだろう。


「もう無理しないでいいからね」


 ああ、もう。迂闊(うかつ)なことばかり言ってしまう。でも、こういう自分が嫌いじゃないんだから、我ながらどうしようもない。


 ハックは地面をじっと見つめて、小さく、震えと混同してしまうくらい小さく(うなず)いた。


 これでハックは責任問題から解放されたはずだ。そうでなければならない。きっとシンクレールも、それを見越して大芝居を打ったんだから。


「あ、クロエ!」


 こちらへと手を振って駆け寄る青年魔術師の顔を見て、わたしは苦笑してしまった。


「シンクレール、ご苦労様」


「いやぁ、緊張したよ」と言って、彼はわたしの隣に胡坐(あぐら)をかいた。「でも、負ける気がしなかったね。ははは……」


 まったく、散々(さんざん)酔っ払った翌日だと言うのに……とんだ役者だ。


「どんな取引をしたの?」


 彼の耳元で(ささや)いてやった。するとシンクレールは途端(とたん)にきょときょとと目を泳がせてみせる。


 さっきまでの真剣な表情とギャップがあり過ぎて、わたしはまたも苦笑するばかりだった。


 あのシャオグイのことだから、タダでは動かなかっただろう。シンクレールがなにを代償にしてこの場を作り上げたのか気になる。正直かなり心配だ。まさか寿命とか……。


「え、と……言わなきゃ駄目かな?」


「ええ。正直にね」


「あー、うん。でもここじゃアレだから、また今度ね……」


 シンクレールはへらへらと困り笑いを浮かべた。


 ()い詰めるのは簡単だし、きっと苦労せずに真実を得られるだろう。が、彼の言うことも一利ある。周囲には『灰銀の太陽』のみんながいるのだから、まだ演技を続けなければならないはずだ。


 うーん……でも、やっぱり気になる。


 耳打ちする程度ならたぶん大丈夫だろうし、シャオグイが生きていることを伏せておけば問題ないはず。


 うん、そうだ。聞こう。


 息を吸った瞬間――。


「あ」


 シンクレールが空を見上げて、唐突(とうとつ)に声を上げる。


 誤魔化そうとしているのかと一瞬(いぶか)ったけど、そうじゃなかった。


 色とりどりの微光に満ちた朝の薄闇を、なにやらカラフルな物体が泳いでいる。(いな)、翼をはためかせて飛んでいる。随分(ずいぶん)とずんぐりした鳥で、(くちばし)が冗談みたいに大きい。


「バァカ!!!」


「うあっ!」


 急降下した鳥は、唐突に罵倒(ばとう)を叫んでシンクレールの胸に飛び込んだ。


 え。なに。なんなの。その鳥、喋るの?


 仰向(あおむ)けに倒れたシンクレールの上で、鳥は「バカバカ、バーカ!!」と嬉しそうにぴょんぴょんとはしゃいでいる。


「シンクレール。その鳥、なんなの……?」


「いてて……こいつかい? 樹海で出会ってからずっと僕のあとをつけてくるんだよ。いなくなったと思ったら急に現れて……まったく臆病な鳥さ――って、あ!」


 バサバサと大袈裟(おおげさ)な羽ばたきが目の前を過ぎ、頭にずっしりとした重さが伝わった。と、すぐに負荷が消える。


 鳥はわたしの頭を足場にして、ハックの肩に降り立ったのだ。


 ちょっぴりムッとしたけど文句は出ない。相手が鳥だから――というわけではない。


「……?」


 鳥はハックに、うっとりと頬擦(ほおず)りをしたのだ。随分と(なつ)いている様子である。


「ハック、その鳥と知り合いなの?」と思わずたずねる。


 すると彼はくすぐったそうにしながら、小さく首を横に振った。「いえ、知りませんです」


 じゃあ、動物に懐かれやすいとかなのかな。彼の穏やかさと健気(けなげ)さ、そして意志力を見抜いてるのかも……?


「お。貴君(きくん)は、もしや――」


 不意にエーテルワースがハックの前に(ひざ)を突いた。その顔には驚きと喜びに染まっている。


「バーカ!」


「その声! 間違いない! 嗚呼(ああ)、なんと――なんと懐かしい」


 涙を流さんばかりに感動を(あら)わにするエーテルワースを、わたしは唖然(あぜん)と見つめた。


「エーテルワース。この鳥を知ってるの?」


「知っている。知っているとも! 嗚呼! 生きていたのか! そうか、生きていたのか……」


 エーテルワースは目元をぐしぐしと拭う。


 そんな彼をから視線を外し、わたしとシンクレールはきょとんと首を(かし)げ合った。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『エーテルワース』→『魔女っ娘ルゥ』に閉じ込められたキツネ顔の男。口調や格好は貴族風だが、人の匂いをすぐに嗅ぐ程度には無遠慮。剣術を得意としており、強烈な居合抜きを使う。冒険家である『命知らずのトム』とともに各地をめぐった過去を持つ。詳しくは『494.「キツネの刃」』『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『アレク』→青みを帯びた緑の鱗を持つ竜人。興奮すると鱗の色が変化する。サフィーロ同様、次期族長候補であり派閥を形成している。詳しくは『685.「開廷」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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