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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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859.「逆鱗と贈り物」

『サフィーロ、飾り付けしてあげる!』


『恥ずかしがらないで頂戴(ちょうだい)。ほら、大人しくすること!』


『外しちゃ駄目よ! 勝手に外したら鱗全部()がすわよ!?』


『あなたの弱点見つけちゃった! ほら、ここを触られると駄目なんでしょ? うふふふ。暴れようとしたらもっと触っちゃうから』




 サフィーロと言葉を()わしているうちに、断片的にではあるが記憶が戻った。どうやらわたしは彼を脅し、好き放題したらしい。


「本当にごめんなさい、サフィーロ」


 いつの()にか近寄ってきていたグールを両断し、謝罪を口にする。


 サフィーロもまた、薄闇の向こうで(うごめ)く魔物を伸縮自在の爪で突き刺してひと言。「許さん」


 だよねぇ……。


 彼のプライドの高さは『霊山』で散々味わった。今回の一件がどれほど彼の誇りに傷をつけたかは考えるまでもない。


 どうすれば許してもらえるだろうか。妥当(だとう)(つぐな)いが思い浮かばない。


「貴様、どこで『逆鱗(げきりん)』の話を聞いた?」


「え?」


「……宴席(えんせき)で俺の『逆鱗』を(いじり)り回したろうが」


 どこだったか忘れたが逆さまに生えている鱗を見つけて、それに触れた途端(とたん)サフィーロがふにゃふにゃになってしまったような。それもあまりに断片的な記憶なので、はっきりとその箇所(かしょ)を覚えていない。


「二度と触れるな。いいか、約束しろ」


「わ、分かったわ。『逆鱗』だったかしら、あなたの弱点には触らない。……というか、酔っ払っててちっとも覚えてないのよね」


 グールを裂いたサフィーロが振り返る。純度の高い(あき)れが顔に浮かんでいた。信じられない間抜けを見たとき、きっと彼はこんな顔をするんだろう。


「はぁ……。いいか、よく聞け。これは内密にしろ。……竜人の身体には必ず一枚、逆さに()えた鱗――『逆鱗』がある。力の源であり、感覚器でもある。もし失うことがあれば力の一切を失い、衰弱の一途(いっと)をたどる」


 初耳だ。トムの(つづ)った書物をはじめ、王都のどんな他種族関連の書籍にもそんな秘密は()っていなかったはずである。まあ、そもそも竜人に関する書物自体がほとんどないのだけれど。


 サフィーロの言ったことは真実なのだろう。彼が竜人以外の(しゅ)にそれを隠したがる理由はよく分かる。


「誓うわ。絶対に口外しない」


 足元にわらわらと寄ってきた子鬼を、一気に斬撃で蹴散(けち)らす。


「なら、それでいい。今宵(こよい)の無礼の数々は……忘れてやろう」そう言ってから、サフィーロは眉根(まゆね)を寄せる。それだけではどうにも不服(ふふく)らしい。「いや、待て。一発殴らせろ」


「それは……仕方ないわよね。どうぞ。抵抗しないわ」


 サフィーロへの失礼の数々を思えば、拳一発くらい安いものだ。むしろそれで済まそうとしてくれるあたり、寛容(かんよう)でさえある。


 そんなわたしを見下ろし、サフィーロは「ふん」とつまらなさそうに鼻息をつき、小さく舌打ちした。「冗談だ」


 冗談って……そんな性格じゃないだろうに。たぶん、素面(しらふ)に戻ったわたしに一発食らわせたところで無意味とでも感じたのだろう。


「いつかお()びをさせて」


「そんな日は来ないだろうが、貸しにしておこう」




 それからわたしは西に向かった。北は自分ひとりで充分だとサフィーロが言い張って、むしろわたしを(けむ)たそうにしていたので離れたのだ。


 西は西でとんでもないことになっていた。


 断続的に訪れる轟音(ごうおん)と閃光。そして、まとまった臭気(しゅうき)


 西ではトロールが魔物と戦闘を繰り広げていた。族長のエルダーが(つち)を振り下ろすたびに、光と音が(はじ)ける。わたしが駆け付けたときには、ちょうど彼がキマイラの(ひたい)に強烈な一撃を食らわし、(ほうむ)ったところだった。


「エルダー、大丈夫?」


「ぜんぜんへいきだ」


 ひと仕事終えて振り返った彼の首には、随分(ずいぶん)と可愛らしいリボンが巻かれていた。気付いてはいたけれど、トロール全員の身体のどこかに、やはりリボンが(くく)りつけてある。


 ……なるほど。わたしは彼らも玩具(もおちゃ)にしたというわけか。お酒って怖ろしい……。


「ごきげんゆう、クロエにゃん」

「ごきげん、クロエにゃん」

「げきげん、クロエにゃあ」


 トロールが次々と口にする。エルダーまでも当たり前のように「ごきげんよう、クロエにゃん」なんて言う。


 顔から火が出そうだ。


「その、ご機嫌よう、って挨拶、もうしなくていいわ……」


「なんでだ? クロエにゃん」


 エルダーはきょとんと首を(かし)げる。


「なんでもよ」


「なんでもか、クロエにゃん」


「その『クロエにゃん』ってのもナシでお願いします……。普通にクロエでお願い……」


「そか。おめ、さっきとぜんぜんちがうな」


「酔っ払ってたので……」


 まったくもって情けない……。


「わたし、あなたたちになにか失礼なことしたかしら? ちょっと覚えてなくって……。でも、たぶん、リボンを巻いたってことは失礼なことしてるわよね……」


 間違いない。喜色満面(きしょくまんめん)でトロールたちにリボンを巻いていく自分の姿が目に浮かぶ。騎士の風上にも置けない阿呆だ。まあ、もう騎士じゃないんだけど。


 エルダーは「がはは」と大声で笑うと、わたしの肩をバシバシ叩いた。


「そんなしょんぼりすんな。おでたちは、ちっともきにしてねえよ。びっくりしたけどよぉ、まあ、いいかって」


 なんとも寛容だけれど、そんな彼らをびっくりさせるぐらいの態度を取った自分が恥ずかしくてならない。うぅ……穴があったら入りたい。(いな)、埋まりたい。


「それに」とエルダーは付け加える。顔を(ほころ)ばせて。「おでは、うれしかった。りぼん。うれしかった」


 周囲のトロールも彼に同調して「おらも」「ういうい」「おれも」なんて口々に(うなず)く。


 嬉しかったならなによりだけど、なんだか複雑だ。ちゃんと素面(しらふ)の状態で、彼らが喜ぶようなことをしてあげるのが本当だもの。


「みんなよろこんでたぞ」


 エルダーはにこにこと、心底(しんそこ)嬉しそうに言う。


 わたしの心境はさておき、トロールに関しては結果オーライなのかも。うん、そう思おう。


「これでおでたちは、おめを、わすれねえもん」


「え?」


 忘れない、ってなんだろう。


「おでたち、あたまわるいからよ、すぐわすれちまうんだ。でも、りぼんがありゃ、たぶん、わすれね」


 エルダーの言葉を聞いてハッとした。トムの書いた本の断片(だんぺん)を思い出したのである。


『私は彼らの(おさ)に贈り物をした。金の首飾りである。彼らは大層喜んでくれた。


 一年後に彼らの集落を訪れたとき、前回のようにはじめましてからスタートしなければならない羽目(はめ)には陥らなかった。


 族長は私のことをはじめ忘れていたが、首飾りを贈ったことを伝えてみると、すっかり全部思い出してくれたのだ。


 記憶というのは人間がそうであるように、しばしば物品に依拠(いきょ)する。彼らトロールの場合それが極端なのだろう。身に着けている物を(かい)して記憶を保存している可能性さえある。』


 こんなに大事なことを今さら思い出すだなんて、わたしの記憶もお粗末だ。


 エルダーの首に光る金の装飾品を見上げ、なんだか少し胸が温かくなった。


 それはそうと――。


「わたし、ほかに変なことしなかったかしら?」


「へんかどうかはしらねえけど、猫っ子はよろこんでたぞ」そう言ってエルダーは南を指した。「いま、あっちのほうでたたかってるんじゃねえかな」


『猫っ子』と聞いて思い出すのはひとりだ。彼女にも迷惑をかけたに違いない。


「教えてくれてありがとう、エルダー」


「おう。こっちも、りぼん、ありがと」


 手を振って南へと足を向ける。そしてふと、そういえば、と思った。


 そういえばドルフもサフィーロも、リボンを外さなかったっけ。サフィーロにはもうリボンはつけなくて大丈夫なように伝わってるはずだけれど、少なくともわたしの前ではリボンまみれの姿を(さら)し続けていた。彼のことだからすぐに(ほど)きたいだろうに。


 ふと浮かんだ疑問をそのままにして、わたしは駆けた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『命知らずのトム』→他種族の生態を記した数多くの書物を残した冒険家。獣人に片足を切られ、それが原因で亡くなった。エーテルワースの友人。詳しくは『436.「邸の半馬人」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『エルダー』→トロールの族長。槌の魔具を所有している。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『キマイラ』→顔は獅子、胴は山羊、尻尾は蛇に似た大型魔物。獰猛で俊敏。詳しくは『100.「吶喊湿原の魔物」』『114.「湿原の主は血を好む」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『逆鱗』→逆向きに生えた鱗で、竜人の持つ弱点。逆鱗が損壊すると、竜人としての強靭さは失われ、一気に衰える。詳しくは『Side Alec.「逆鱗」』にて


・『霊山』→竜人の住処。王都の遥か西方にある雪深い山脈の一角に存在する。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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