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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第一章 第一話「人形使いと死霊術師」
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9.「視覚共有」

 丘を登りきると、周囲を一望できた。魔物の姿はない。小屋とは反対側、なだらかな坂のなかほどにささやかな墓地があり、少しくだって平地を挟んだ先に町が見えた。外周には畑や林が広がり、中心に行くにつれ瀟洒(しょうしゃ)な建物が増えていくようだった。思っていたよりも規模は大きいようで、民家だけでも三百()はありそうだ。ここであれば王都への道はもちろん、周辺地図も手に入るに違いない。


 丘のてっぺんでわたしたちは腰を下ろして、町を見つめていた。


「クロエ。騎士団ってなんでスカ?」


「王都――グレキランスの護衛団よ。分かりやすく言えば」


「騎士はスコップで戦うのでスカ?」


 思わず笑ってしまう。「いえ、普段は剣や(つち)や弓矢、それぞれ得意な武器や魔術で戦うけれど、ありあわせの物を武器にするのも騎士にとって必要なことなの」


 戦場に不測の事態はつきものだ。いかなるシチュエーションにも対応しなければならない。それは自分の命のためにも、ひいては住民のためにも必要なことだ。


「騎士のなかでも魔具の所持が認められているのは上位のメンバーだけよ。それも、騎士団を離れたときには返却しなきゃならない」


「騎士団を辞めたのでスカ?」


「わけあって、ね」


 新婚気分で浮かれていた記憶は早急に忘れてしまいたかったが、なかなかどうして、簡単に忘れ去ることはできそうにない。


「ところで、ハルは毎晩ああして魔物と戦ってるの?」


「そうデス」


「大変ね……。魔力を上手く制御して、メリハリつけて戦えるようになればもっと楽になるわよ。魔術師に弟子入りするのが一番ね。きっと重宝(ちょうほう)される。魔力は(あふ)れるくらいあるもの」


 羨ましくなってしまう。わたしは魔力の流れや量こそ感じられるが、それは訓練次第で誰でも体得可能な技術だ。一方で魔力量自体は生まれながらのものである。増減はあるものの、訓練で得られるものではない。わたしには人並み程度の魔力しかなかった。昔は魔術師に憧れたものだが、低級訓練校で早々と見込みなしの烙印(らくいん)を押され、代わりに魔具の扱いを学んだのである。


 ハルはしばし沈黙してから、ぽつりと答えた。


「ワタシはマスターの人形デス」


「それが嘘だってことくらい、すぐに分かるわよ」


「マスターは大魔術師で、わたしはマスターに使役(しえき)されているのデス」


「ハルが人形だとしたら、今は身動きひとつできないはずよ。ネロは家のなかでぐっすり眠ってるんだもの。主人の意識が途切れたら人形も眠りに落ちる。人形使い(ドールマスター)ってそういうものよ」


 ハルは静かに町を見つめていた。いや、視線こそ町に(そそ)いでいるものの、彼女の目には入っていないのかもしれない。物思いに(ふけ)っているように見える彼女の横顔は、やっぱり人間としか思えなかった。


「本当に、人形なのデス。マスターは今もワタシと魔力で繋がっていマス。……クロエがどれだけ魔術に詳しくテモ、知らないことはあるはずデス」


 確かに、知らないことは山ほどあるに違いない。けれども意識のない人間から魔力を吸い上げるなんて、人形に出来るはずがない。強情に言い張っても仕方がないし、なによりハルの気分を害したところで得るものはなにもない。


「分かった分かった。この話はおしまい」


「なんでスカ、その口調ハ」


「ごめんごめん」


「マスターをばかにすると怒りまスヨ!」


 ハルはあくまで真面目な調子だった。信じるか(いな)かは別として、嘘を言っているにしては随分真剣だった。というより、人形も怒るのか、と可笑(おか)しくなってしまう。


「ばかにしてないってば。ごめんって」


 ハルは頬を膨らませてそっぽを向いている。感情豊かな人形もいるものだなあ、とついついからかいたくなってしまったが(おさ)えた。


「そういえば毎晩魔物と戦っていて、ネロが襲われたりすることはなかったの?」


「ありまセン。魔物は魔具に引き寄せられマス」


「ふうん」


 有り得ない、と思った。魔物は魔具に引き寄せられるのではなく、魔力に引き寄せられるのだ。魔物は人間の魔力を求めて()()な現れる。誰の身の内にも微量ではあるが魔力が宿っている。それが魔物の餌なのだ。そしてより強い魔力があれば、そちらに向かうのが彼らの習性なのである。もしネロが魔術師なのだとしたら、とっくに襲われているに違いない。自身の全魔力をハルに仮託(かたく)しない限りは。


「ネロが偶然起きてきたりしないの?」


「起きることはあっても、外に出ることはできまセン」


「どうして?」


「目が見えないからデス」


 ああ、悪いことを聞いてしまった、と少し後悔する。やっぱりあの子は盲目なのだ。しかし昼間の様子を見ていると、物の位置や空間の把握に関しては()けているように思えた。


「それは……昼間でも同じじゃないの?」


「昼間、マスターとワタシは視覚を共有していマス。ワタシがマスターの目になっているのデス」


 視覚共有。なるほどと思う。確かに、それぐらいであればハルの魔力で難なくできるだろう。自分の視覚を特定の人物に提供するようなかたちで。視覚に魔力を集中し、相手のそれに上塗(うわぬ)りするような魔術は王都にもあったし、騎士団にも使い手はいた。ただ、双方に信頼関係がなければ成立しない魔術だったので用途(ようと)は限られている。


 盲目の少年に視界を与える。それは賢い魔術の使いかただろう。


「なるほど……。で、夜は恐い思いをさせないように共有を遮断しているのね」


「そうデス」


 そうすると、あくまで魔力を発信しているのはハルの側であり、ネロは受信側でしかないことになる。この意味でも、ネロが人形使い(ドールマスター)でないことが明らかだ。あえて口には出さなかったが、わたしは二人の魔術的な立場を理解しつつあった。このごっこ遊びの終わりを、ハルはどのようにイメージしているのだろう。あるいは、永久にこれを続けるつもりなのだろうか。


 わたしの思考は中断された。おそらくはハルも同様であろう。


「さて、もうひと仕事ね」


「そうデス。しっかり働いてくだサイ」


 その日、わたしたちは朝日が昇るまで戦いと休息を繰り返した。


【改稿】

・2017/8/19 下記項目を修正

視界共有→視覚共有


・2017/11/16 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

・2017/12/21 口調及び地の文の調整。ルビの追加。

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