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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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858.「ごきげんよう、クロエにゃん」

「うぅ……寒っ」


 なんだかやけに身体が冷える。


 ん? わたし、どこで寝てるんだ?


 うう……なんだか頭も痛いし……。


「ようやく起きたか」


 声のほうを見ると、ドルフがどんよりした顔で席に座っていた。彼の頭から伸びる枝状の(つの)には、なにやらリボンやら鈴やらが付けられていて、随分(ずいぶん)(にぎ)やかな様子である。それに比べて表情の暗いこと暗いこと。


「……頭痛い」


 さっきからずっと頭痛がするし、なんだか全身がお酒(にお)い。しかも、どうしてわたしは長テーブルに寝そべっているんだろう。もうすっかり料理も片付けられていて、ドルフとわたし以外に誰の姿もない。


「さっさと宮殿で寝ろ。俺を解放してくれ。頼むから」なんてドルフは哀願(あいがん)する。冗談なんかじゃなくて、やけに真剣な口調だ。


 とりあえず深呼吸。


 すぅ。


 はぁ。


 すぅ。


 はぁ。


「落ち着いたか、酔っ払い」


 酔っ払い……ああ、そういうことね……。


 薄々気付いてたけど、わたし、またお酒で失敗しちゃったのか……。


「ごめんなさい、記憶がちっともなくって……あなたの頭の飾り、たぶんわたしがやったのよね?」


 すると、ドルフの顔にさっと影が差した。


「……そうだ」


「ええと……ほかになにか失礼なこと……しちゃったわよね?」


 恨めしそうにわたしを一瞥(いちべつ)し、ドルフはぽつぽつと語った。


 酔ったわたしが次々と酒樽(さかだる)(から)にし、ゾラに一方的な勝利宣言をし、彼のタテガミにいくつもの三つ編みを作って遊んだこと。


 それからゾラが湯浴(ゆあ)みに行くと言って宮殿に引っ込んだので、標的がドルフとサフィーロになったこと。


 最終的に『クロエにゃんはここで寝るから、ドルフにゃんは見張りしてるんだよ』なんてふざけたことを言って、長テーブルで寝はじめたこと。


 話の途中からわたしは地面に正座し、ドルフへ頭を下げていた。散々シンクレールの醜態(しゅうたい)を見たばかりだというのに……情けない限りだ。というかサフィーロはもちろん、ゾラには徹底的に謝らないと。わたしとシンクレールのせいで、たぶん人間に対するイメージがこれ以上ないくらい下落(げらく)してしまったことだろう。


「ごめんなさい、ドルフ。今度お()びを――」


「いや、必要ねえよ。俺が言えるのは、もう酒を呑まないほうがいいってことだけだ」


 そう言ってドルフは去っていった。しゃらしゃらと鈴を鳴らしながら。せめて飾りを(ほど)かせてほしかったんだけどな……。



 さて、まずはゾラに謝ろう。というより今は何時だろう。肌の感覚からして夜も深いとは思うけど、魔物の気配はまだ感じない。


 そうだ。お詫びになるかは微妙だけれど、魔物と戦おう。うん、それがいい。今のわたしに出来る精一杯気の()いたことといえばそれくらいだ。


 宮殿に入ると、ちょうどミスラに出くわした。彼女はわたしを見た途端、目をきょときょとと泳がせる。そして口を開くと――。


「ご、ご機嫌よう、クロエにゃん」


 なんだそれ。


「ねえ、ミスラ。なにその挨拶」


「えっ。だってあなたがそう言えってみんなに……」


 ……なるほど。身から出た(さび)ってことね。おおかた酔っ払ったわたしが『今度からわたしと会ったときは、ご機嫌ようクロエにゃん、と言いなさい!』とでも要求したのだろう。全員に対して。


 まったくもってご機嫌な脳みそだ。我ながら嫌になる。


「そのことは忘れて頂戴(ちょうだい)……。酔ったせいでわけの分からないことを言っちゃっただけなの。あなたにも失礼なことしちゃったかしら……?」


「うちの旦那――オッフェンバックがワインまみれにされたことくらいかしら?」


「あぅぅ……ごめんなさい」


「いいのいいの」と、ミスラはあっけらかんと笑う。「新たな霊感を得た! とか喜んでたから」


 オッフェンバックなら確かに、不意のトラブルも芸術だとかなんとか言って受け入れてしまいそうではある。だからといってわたしの失礼がなくなるわけではないけど。


「わたし、ゾラにもとんでもないことしちゃったわよね……怒ってるかしら?」


「さあ、なんとも。気になるなら自分で聞けばいいわ。私は怖くて聞けない」そう言って、ミスラはわざとらしく身震いをして見せる。それから、(ほお)(ゆる)めて付け加えた。「とにかく、今は寝てるわ。ゾラもあんなに呑んだのはこれまでなかったでしょうし。謝るなら明日にしなさいな。貴女(あなた)も、もう休んだほうがいいわね」


 明日のことを考えるとひどく憂鬱だけれど、自業自得だ。


「それはそうと、なにか剣みたいなものってあるかしら?」


 そうたずねるとミスラはハッと口元に手を添えた。「え。口封じかなにか……?」


「違う違う」思わず笑ってしまった。「魔物と戦うのよ。お世話になってばかりじゃ申し訳ないから」


「それは駄目。客人は客人らしく、もてなされてなさい」


「いや、でも、申し訳なくって」


「駄目」


「お願い」


「駄目」


 ……そんな押し問答を何度か繰り広げると、ようやくミスラは折れてくれた。


 心の底から(あき)れたようにため息を漏らし、肩を落とす。


「貴女の武器は返すわけにはいかないわ。ルドベキアのしきたりだもの」


「持ち物を返すのは去るとき、ってことよね。分かってる。代わりになるものでいいわ」


 それからミスラは、わたしの身長の半分くらいありそうな銀の長剣を持ってきた。刀身(とうしん)は細く、刺突(しとつ)に優れていそうなフォルムである。(さや)を腰から()げると、いくらか気分が引き締まった。


「ありがとう、ミスラ」


「どういたしまして。使い終わったら客室に置いといて」


 彼女の親切心に感謝しつつ、わたしは宮殿を後にした。もう少し会話していたかったけれども、生憎(あいにく)馴染(なじ)み深い悪寒(おかん)が肌に広がったのである。




 ルドベキアをぐるりと包囲するように、魔物の気配がする。なかなかどうして数えきれないほど多い。が、昨晩もこれと似たような数は発生していたように思う。ただでさえ魔力の(かたまり)みたいな宮殿があるのだ。もしかすると毎晩こんな調子なのかもしれない。


 剣を抜き、深く長い呼吸をする。先ほどまで酔っ払って記憶を失っていたとは思えないほど、急速に意識が()んでいく。


 さて、まずはどの方角に行こう。


 東も西も南も、戦闘の音がしている。北だけが手薄だ。


 よし。


 北の方角へ遺跡を駆ける。道の先は段々と崩壊した建物が多くなり、やがて瓦礫ばかりになった。リフが暴れた名残(なごり)である。


 薄闇のなか、なにやら空中を飛び回る影があった。その下にはグールやら子鬼やらが群れていて――。


 とす、と軽い音が四方八方で鳴り響き、群れていた魔物たちが霧散(むさん)した。空中からなにかが放射状に伸び、魔物たちを貫いたのである。が、すべて蒸発したわけではないし、攻撃が当たらなかった魔物も当然いる。


 呼吸を整え、まずは魔物の(あいだ)を縫うように、その身を次々に斬り飛ばしていく。普段使っているサーベルよりもずっしりと重かったし、切れ味も悪かったけど、充分だ。


貴様(きさま)……」


 頭上で噛み殺すような声がして、やがてわたしの前に蒼の巨躯(きょく)が着地した。


 全身リボンまみれ。首にはちんまりした鈴。


「サフィーロ……」


 見事な飾り付けだ。本当に申し訳ない限りである。


 彼は顔いっぱいに憤怒(ふんぬ)を浮かべたのち、低く(うな)るように(しぼ)り出した。


「ご機嫌よう、クロエにゃん」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『子鬼』→集団で行動する小型魔物。狂暴。詳しくは『29.「夜をゆく鬼」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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