表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
1098/1483

857.「獣の国の酒宴」

 宮殿の前庭(ぜんてい)は浮ついた雰囲気に満ちていた。不揃いの椅子とテーブルが用意され、そこここで談笑が()わされている。『緋色(ひいろ)の月』の獣人もいれば、『灰銀(はいぎん)の太陽』の半馬人や竜人、有翼人やトロールの姿も見える。


 わたしは前庭の中央に(はい)された長テーブルの真ん中あたりに、行儀(ぎょうぎ)よくちょこんと()している。隣にはドルフとサフィーロ。どうしてこの二人に挟まれているのやら、という感じだけれど、ありがたくはある。彼らくらい豪胆(ごうたん)な性格でないと、たぶん、今のわたしの隣には座れないのだろう。現に二人が来るまでは『緋色の月』がぽつぽつと姿を見せ、遠慮なのか(おび)えなのか、わたしから離れた席ばかりが埋まっていったのだ。


()もなく宴会(えんかい)がはじまる。しばし待たれよ」


 宮殿と前庭とを交互に見据(みす)え、純白の獣人――オッフェンバックが声を張り上げた。表情はいつも通りの笑顔である。


 夕食は本来、宮殿内で()る予定になっていた。しかし、シンクレールが抗議の声を上げたのだ。『決闘は開かれた場所で()り行われるべきだ!』と。いい加減彼には大人しくしていてほしかったけど、ゾラはふたつ返事で了承し、かくして前庭で宴会が開かれる運びとなったのである。ミスラをはじめ、宮殿で世話人をしている獣人たちにとってはたまったものではないだろう。わたしはシンクレールの友人として(はなは)(なさ)けないというかみんなに申し訳ない思いを(いだ)きつつ、しかしながら(にぎ)やかな食事をちょっぴり楽しみにもしていたのだ。


「腹減ったなぁ、おい」とドルフがわたしに向かって言う。そこに緊張や警戒の影が見えないのは、とてもありがたいことだった。


「そうね」


 ――とは答えたものの、正直さほど空腹感はない。そういえば昨晩からなにも食べていないのでお腹が減っていて当然なのだけれど、不思議と平気なのだ。なんでもかんでも結び付けて考えるのは良くないことだと分かっていても、空腹感の欠如(けつじょ)もまた、わたしの身体上の変化かもしれないなんて思ってしまう。


「そういえば、ドルフ」


 声を(ひそ)め、ドルフに顔を寄せる。気になっていることがひとつあるのだ。


「あなた、ここにいて大丈夫なの? ほら、『緋色の月』を裏切ったじゃない……」


 わたしの前に立ちはだかったオッフェンバックとミスラを、彼は代わって()()ってくれたのだ。わたしが宮殿まで無傷で進めたのは彼のおかげなのである。


 最終的にわたしは勝ったけれど、ゾラもまた生きている。ルドベキア内での――つまりは樹海全体での彼の地位は少しも揺らいでいない。ドルフをはじめとして、『緋色の月』に反旗(はんき)(ひるがえ)した獣人の処遇(しょぐう)を決するのはゾラだ。


「なんだ、つまんねえこと気にしてんだな」と、ドルフはあっけらかんと返す。


「いや、大事な問題よ」


「心配いらねえよ。俺もトナカイ族も不問だってよ。まあ、継続して『緋色の月』として働くことが前提だけどな」


 ほ、っと息がこぼれる。そんなわたしを横目にドルフは続けた。


「革命騒ぎを起こしたタテガミ族も、別に処分したりしねえってさ。『灰銀』に(まぎ)れてようやく反抗出来る連中だからな、さして問題じゃねえんだろうよ」


 誰が統治者であろうと、()としない者は一定数いるものだ。それらの排除に躍起(やっき)になっても無益ということだろう。


 胸の奥が少しばかり傷んだ。昨晩この前庭にたどり着いたわたしは、ゾラの足元に倒れる二体の亡骸を目にしたのである。アルビスとエルド。元酋長(しゅうちょう)と、その側近。もう少し早く到着していれば、二人が死ぬことはなかったかもしれない。結果論でしかないけれど、その事実はわたしの胸に、明瞭(めいりょう)輪郭(りんかく)の後悔として積もっていた。


「ワタクシお腹が減ったわ!」


「もうしばらくの辛抱(しんぼう)ですから、大人しくしててください」


「おじさんが肩車してくれたら大人しくする!」


「はいはい、あとでしてあげますから」


 遠くの席からヨハンとリリーの声が聞こえる。


 本当にべったりだな……。それだけ(なつ)いているんだろうけど、ちょっぴりリリーが(うらや)ましくなってしまう。いや、ヨハンに肩車してほしいとか仲良くしたいとかそういうんじゃなくて、単純に、寄りかかることの出来る相手がいるのが羨ましいのだ。


 信頼の置ける相手はいても、無条件に甘えることの出来る相手なんて、わたしにはいない。


 そうこうしているうちに料理が運ばれてきた。大皿に乗った丸焼きの豚、山盛りの果物、湯気を上げる芋に、木の実やらキノコやらがたっぷりと入ったスープ。なんとも野性味(あふ)れる料理の数々が、いくつもいくつもテーブルに並ぶ。


 そして最後に、宮殿に入り口から酒樽(さかだる)(かか)えた二人――ゾラとシンクレールが現れた。(かた)沈着(ちんちゃく)な無表情、(かた)や無駄に意気込んだ笑み。


「さて!」オッフェンバックが威勢(いせい)よく声を張る。「今宵もまた決闘がはじまる。昨夜は血で血を洗う殺し合い。しかして今夜は、ワインでワインを洗う呑み比べである!」


 (はや)し立てる声がそこかしこで起こった。「ゾラ様に勝とうなんざ百年早いんだよモヤシ野郎!」とか、「図に乗るなよ青二才!」だとか、シンクレールへの野次(やじ)も飛び交う。


 ゾラとシンクレールが互いに長テーブルに腰かけるのを待って、オッフェンバックは続ける。「昨晩同様、今宵もまた真剣勝負! 敗者は勝者に酒樽(さかだる)ひとつを贈る取り決めである! 審判は僭越(せんえつ)ながら、このオッフェンバックが――愛と霊感に生きる音楽家であるところの、このオッフェンバックが(にな)おうではないか!」


 どこかから「長いぞ白毛玉(しろけだま)!」という野次が飛んだ。


 せっかくの料理が冷めてしまうのはわたしとしても残念だ。空腹感はなくとも、やっぱり目の前にご馳走(ちそう)があれば食欲くらい出てくる。


「オホン……それでは皆の衆! 大いに食べ、大いに飲もうではないか! 決闘開始!」




 料理の数々は、想像した通り自然な味付けだった。スープは滋味(じみ)深く、豚肉は(くさ)みが強い。それがなんだかルドベキアという空間に合っていて、(かえ)ってわたしは食事を楽しめた。これで豊かな味付けとかだったら、ちょっと意外過ぎて素直に味わえなかったかもしれない。


 決闘――(いな)、呑み比べは、()もなくシンクレールが敗北する感じだ。あまり興味が()かなかったので逐一(ちくいち)観察していたわけじゃないけど、今見る限りシンクレールは肌がすっかり真っ赤で、今にも気を失いそうに見える。一方でゾラは(かす)かに(ほお)が染まっているだけで、態度にはちっとも変化がない。威厳に満ちており、少々暴力の気配が漏れ出ている、いつものゾラだ。


「クロエぇ! 僕のクロエぇ!」と叫ぶシンクレールに、ため息が漏れる。


「恥ずかしい奴だな、あの小僧は」


 そう言って、サフィーロは木の(さかずき)(あお)った。


「お酒を呑まなければ優秀な魔術師なのよ……」


「ふん。しかし、俺に敗北した」


「そうね。あなたはシンクレールに勝ったわ」


 そしてわたしに敗北して、『灰銀の太陽』に協力することになった――と冗談っぽくからかおうと思ったのだけれど、やめた。ふと気付いてしまったのだ。


 確かわたしはサフィーロとの決闘で、決着の瞬間だけ記憶を失っている。気付いたら鱗の砕かれた彼が壁にめり込んでいたのだ。


 そういえばと思い、ドルフを見やる。『骨の揺り籠(カッコー)』で彼の襲撃を受けたときも同じ現象が起こったっけ。気が付くと、ドルフは絶壁にめり込んでいたんだ。


 わたしはずっと前から、少しずつ、自分じゃないなにかに(いた)る道を歩んできたのではないか。そして今も歩み続けているんじゃないか。


 その感覚を払拭(ふっしょく)するのは、あまりに難しかった。


「勝者、ゾラ!!」


 オッフェンバックの声に続き、歓声(かんせい)(はじ)ける。テーブルの一角を見ると、シンクレールが突っ伏して寝ていた。一方、ゾラは青年魔術師の頭を冷ややかに見下ろしている。


 残念――とは欠片(かけら)も思わない。そもそも彼はちゃんと勝手に呑んだ分を弁償(べんしょう)すべきなのだ。王都からルドベキアまで酒樽を(かつ)いで往復するといい。まったく。


「はい、これ」


 とん、とわたしの前に杯が置かれる。振り(あお)ぐと、ミスラだった。さっきからずっとわたしはブドウジュースを飲んでいて、だからお代わりを持ってきてくれたのだろう。


「ありがとう」と返し、杯を(かたむ)ける。


「残念だったわね、彼。まあ、今夜のことはパーっと呑んで忘れちゃいましょ。クロエも一杯くらいなら呑めるでしょ?」


 豊潤な香りと、舌を刺激する苦味と酸味。わたしはそれきり、なにも分からなくなった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『アルビス』→ルドベキアの元酋長。優秀な魔術師であり、多くの獣人に魔術の手ほどきをした。戦争への参加に反対したが、ゾラとの決闘に敗れ、地下に幽閉された。温和な性格であり、同じく幽閉された小人族の信頼を得ている。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『エルド』→ルドベキアに住むタテガミ族の戦士。アルビスを信奉している。詳しくは『Side Grimm.「鳥籠の老人」』『Side Grimm.「ルドベキア今昔物語」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『有翼人』→純白の翼を持つ他種族。別名、恋する天使の翼。種族は男性のみで、性愛を共有財産とする価値観を持つ。年中裸で過ごしている。王都の遥か北西に存在する塔『エデン』で暮らしている。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ