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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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855.「湯上り酔漢」

黄金宮殿(ザハブ・カスル)』にはいくつものしきたりがある。その多くはゾラが(さだ)めたものであるらしい。たとえば、今朝ミスラから教えられえた四半期に一度の『四季(しき)歓待(かんたい)』もそうだ。


 そのしきたりのひとつとして、『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』に足を踏み入れることの出来る者が厳密に決められている。ゾラと、彼の側近や世話人と、あとは人間。それだけらしい。


 ……そんな話を、暇に任せてミスラとしていた。今朝と同じ部屋で、テーブル越しに。


「なんで人間だけ許されてるのかしら? 獣人にとって人間は憎悪の対象なんじゃないの?」


 そう()いただしてみたのだが、ミスラはニヤリと笑って肩を(すく)めるばかり。真面目には取り合ってくれない。挙句(あげく)、「なんだっていいじゃないの。こうしていい思いをしてるんだから」と結ぶ。


 部屋にはわたしとミスラ二人きりだ。彼女と話しはじめて、かれこれ二時間ほど()っている。獣人について、あるいは人間について、他愛もないことばかりを喋っている。


 こうして部屋で過ごしているのにはわけがあった。まあ、ご大層な理由でもなんでもない。『骨の揺り籠(カッコー)』について決着がついてのち、わたしとシンクレールは食事のために宮殿に入ったのだけれど、荷物の回収は拒否されてしまった。これも『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』のしきたりのひとつらしく、客人に荷物を返すときはルドベキアを去るときだけらしい。それまでは人質のように預かるんだとか……。


 アテが外れてしまったけれど、まあ、そう深刻な空腹感ではない。ルドベキアの獣人は朝夕に一度ずつ食事を()るらしく、次は夕食までお預けというわけだ。朝餉(あさげ)は、勝手に外出したのでわたしの分は抜きである。まあ、世話になっているわけで、文句なんてあろうはずがない。


 夕食まで時間があるので、シンクレールはミスラの提案で湯殿(ゆどの)に行ったのだ。そして、もう随分(ずいぶん)経つというのに戻ってこない。


「そういえばさっき外が騒がしかったけど、なにがあったの?」と、ミスラはすっかり打ち()けた口調でたずねる。今朝のぎこちなさは――完全にではないにせよ――消えていた。


 華やかな香気(こうき)を吸い込み、ゾラとキージーのやり取りを思い出す。


骨の揺り籠(カッコー)』の要求はすんなりと受け入れられた。生存権を認める。もちろん、それに付随(ふずい)して縄張りも認める。そしてなにより、『(ささ)げ物』の輪にも参加して貰いたいとまでゾラは言ったのだ。樹海はその疑似的(ぎじてき)交易(こうえき)でゆるやかに回っている。生存権を認めるとは、その輪に『骨の揺り籠(カッコー)』も組み込むことにほかならない、と。


 キージーに異論はなかった。そうして謝罪を求めることもなかった。利益を確認したのみである。ある意味、乾いた交渉だったろう。彼らの()わす言葉には感情的な要素はほとんどなかったのだ。


 ゾラが宮殿に戻ってから、ようやく前庭(ぜんてい)にぽつぽつと疑問符交じりの歓声が()いた。それが『自由だ!』のこだまになるまでには、少し時間が必要だった。それでも最後には、タヌキ顔の獣人がわたしの肩の上に立ち、うおぉぉぉん、と大泣きしてたっけ。彼が落ちないように身体をそっと支えるのに精一杯で、あんまり感動する余裕はなかったのだけれど、それでもわたしの顔には満足な表情が浮かんでいたことだろうと思う。きっと。


「色々あったのよ」


 説明なら出来るけれど、なんだか彼らを誤解されたり評価されるのがちょっぴり嫌で、そんなふうに誤魔化(ごまか)してしまった。


 キージーもリフも、そしてタヌキ顔だって、簡単には口に出せないような半生(はんせい)を送ってきただろう。『骨の揺り籠(カッコー)』の住民は誰しも困難な道のりを歩んできたのだ。否応(いやおう)なく。


 だから、今日の交渉は彼らにとって重要な前進だったろう。その先に待つ未来も簡単じゃないだろうけど、確かな幸福があることを願っている。もし幸福になる権利なんてものがあるとしたら、『骨の揺り籠(カッコー)』の住民は例外なく所持しているはずだ。


「それにしても遅いわね」と、ミスラは部屋の入り口を振り返る。「着替えはちゃんと運んであげたから、裸が恥ずかしいとかいうわけの分からない理由じゃないわよね……」


 確かに遅い。シンクレールが湯殿に行ってからすでにかなりの時間が経過している。ミスラが男性用の着替えの服をあれこれと部屋に並べ、「お好きなものをどうぞ」とシンクレールに選ばせたのがおよそ二時間前。彼は散々迷った挙句、普段着ているようなローブを選んだっけ。


「様子でも見に行こうかしら」


 あ、迂闊(うかつ)なこと言っちゃったかも。


 すると訂正する(すき)もなく、ミスラが「クロエはそういう趣味があるのね……」なんてニヤニヤ笑う。


「そ、そういうことじゃないわよ!」


「そうよねぇ~。同年代の男子が帰ってこないから湯殿まで見学に行くのよねぇ~」


「違うって!」


 まったく。揚げ足取りの上手い獣人だ。笑い話で時間を(つい)やすのも悪くはないけれど、そろそろ本気で心配だ。のぼせてる程度ならかわいいものだけれど、なにかトラブルにでも巻き込まれたんじゃないかという危惧(きぐ)もある。和解(わかい)し、同じ目的のために邁進(まいしん)するとなっても、ゾラがわたしにとって真の味方であるとは限らないのだ。よくよく考えれば、いつどんなことを仕掛けてくるか分かったものじゃない。


 立ち上がりかけたところで、入り口の布が開いた。


 現れたのは――。


「シンクレール! 随分遅かったじゃない」


 湯上りだというのに、彼はすっかり蒼褪(あおざ)めていた。目に輝きもない。


 彼は「ただいま」と呟き、ふらふらした足取りでベッドまで行くと、そのままぽすんと倒れ込んだ。


 そのベッド、わたしが寝てたやつなんだけどな……まあいいけど。


「ねえ、シンクレール。大丈夫? なにがあったの?」


 ベッドまで行って彼の身体を揺さぶると、なんだか独特な(にお)いがした。


 なんだろう、これ。どこかで嗅いだような……。


「クロエぇ……」


「なに? どうしたの?」


「僕は、僕は、もうおしまいかもしれない」


「え?」


 わたしの隣にミスラが並び、怪訝(けげん)そうに首を(かし)げる。おしまいってなんのことだ。


今生(こんじょう)の別れになってしまうよ……」


「……シンクレール?」


「もう駄目だぁ……」


「……酔っ払ってるでしょ」


 この臭い、なにかと思ったらお酒か。なんだか態度もおかしいし。


「ふふ。クロエは名探偵だね」


「冗談言ってないで、なんで酔っ払ってるのよ。それに、おしまいってなんのこと?」


 酔っ払いの()(ごと)に取り合うのもどうかと思ったけど、シンクレールの表情は神妙である。やっぱり、なにかトラブルに巻き込まれたんじゃないか。


「クロエ、よく聞いておくれ」


 シンクレールはひょいと身体を起こし、ベッドに腰かけた。そして自分の隣をぽすぽすと叩く。隣に座れ、と。嫌だけど。


「聞いてるわ」


「座って聞いてくれないかい?」


 ローテーブルの付属の椅子に腰かける。するとシンクレールはちょっと()ねた。腕組みして口を尖らせ、そっぽを向いている。


「シンクレール。なにがあったか話して」「さっさと話しなよ、酔っ払い」


 わたしとミスラの声が重なる。すると、シンクレールはやれやれと言わんばかりに肩を竦め、わたしとミスラを順番に二回ずつじっと見つめてから、実際に「やれやれ」と口に出した。


 どうせくだらないことだろうな、と思いはじめたわたしの耳に、とんでもない言葉が飛び込んできた。


「今夜ゾラと決闘することになったんだよ」


 シンクレールの瞳は暗く沈んでいた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『キージー』→『骨の揺り(カッコー)』の長老。かつて夜会卿のもとで使用人をしていたが、リフとともに追放された。詳しくは『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『捧げ物』→獣人の集落同士を繋げる、物々交換の風習。情報交換や交流も兼ねている。詳しくは『Side. Etelwerth「記憶は火花に映えて」』『600.「或るケットシーの昔話」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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