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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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852.「隠し子?」

「リリー、クラナッハ、シンクレール! ゴーシュに……ルナルコンまで……!」


 五人へと駆け寄るわたしは、先ほどまでの憂鬱(ゆううつ)な不安をすっかり忘れていた。たぶん、ヨハンのよく分からない話のせいもあるだろう。


 なんにせよヨハンは転移魔術でわたしと一緒に窪地の(ふち)まで移動し、こうして五人との再会を喜んでいる。


「大丈夫かい、クロエ!」


 シンクレールがゴーシュの背から降り、わたしの手を取った。


「ああ、無事でよかった。心配したんだよ本当に。君のことだからきっと平気だと思ってたけど、それでも不安だったんだ」


 相変わらずの心配性だ。わたしもひとのことは言えないけど。


「色々あったけどなんとかなったわ。『緋色(ひいろ)の月』と『灰銀(はいぎん)の太陽』も和解したし」


「そりゃよかった。交渉が成功したってことかい?」


 どうやら彼らは『共益紙(きょうえきし)』を持っていないらしい。今頃きっと、ハックは一連の結果を報告していることだろうから。


「ええ。最終的には」


 器用に笑顔を作れたか、少し自信がない。でもシンクレールは心から安堵(あんど)したようで、目尻に(しわ)を作った。


「そういえば、その服……」


「これ?」


 せっかくだ。思い切って気取ってみよう。


 腰に手を当てて重心を片足に寄せてから、スカートの(すそ)をひょいと()まんで見せる


「ゾラに借りたの」


「似合ってる。似合ってるんだけど……どうしてゾラがそれを?」


 確かに。この服は明らかに獣人のサイズではない。獣人の子供用……なわけないか。そもそも彼らは基本的に衣服を必要としないのだ。例外はミスラだけ。


 (あご)に手を()えて考えていると、リリーの悲鳴が聴こえた。見ると、黒山羊が彼女の頭をわしゃわしゃと()でている。


「ちょ、だ、だから! なんで撫でるのよ! なんなのアナタ! 失礼よ!」


 げしげしと蹴られるのも意に(かい)さず、彼は手の動きを止めない。


 なんだろう。ヨハン、子供が好きとか……?


 ひとしきり撫でて満足したのか、ヨハンは手を離し「ご無事でなによりです」と呟いた。


 その瞬間である。


「え?」


 リリーは目を丸くして、しげしげと黒山羊を見上げている。その瞳と唇が、ぴくぴくと不安定に震えていた。


「心配したのですよ。リリー嬢」


「え、嘘、えっえっ!? アナタ、もしかして……メフィストおじさん……?」


 ん?


 もしかして二人は知り合いだったの?


「お久しぶりです、リリー嬢。お元気そうでなによ――」


 言葉の途中で、リリーはヨハンに飛びついた。ぎゅっと腕を回してお腹に顔を押し付けると、それからすぐに泣き声が(あふ)れ出した。


「う、うぅ、うぇぇぇぇん! おじさん、お、おじさんっ! 生きてた! 生きてて、よ、よ、よかったぁ!」


 これは……落ち着いたらたっぷり問いただす必要がありそうだ。それにしても、なんだか(ほお)がゆるんでしまう。


「知り合いの娘なのですよ」と、ヨハンは早口で言う。


 彼の口調がなんだか言い訳がましくて、悪戯心(いたずらごころ)がむくむくと湧いた。


「ふぅん。隠し子なんだ」


「違いますよ?」


「はいはい」


 年の差からすれば、父子でもなんの不思議もない。ヨハンをからかう材料が増えるのは個人的に喜ばしいことだ。


「クロエ」リリーは顔を上げ、ヨハンの服でぐしぐしと涙を(ぬぐ)う。なんの遠慮もない動作だった。「メフィストはパパの友達だったの」


「あ。ヨハンって友達いたんだ」


「失礼ですよお嬢さん。私の交友関係は貴女(あなた)の思っている以上に広いのです」


「ふぅん」


 リリーの父の友達ということは、もしかして……夜会卿(やかいきょう)に対抗した革命組織のメンバーだったりするんだろうか。


 彼女はヨハンの手を取り、ぴったりと身体を寄せている。随分(ずいぶん)(なつ)かれてるみたいで、なんとも微笑ましい。


「クロエはメフィストの友達なの?」と、リリーはなんの悪意もない口調でたずねる。


 反射的に首を横に振っていた。


「違うわ。ただの利害関係者」


 ヨハンが肩を(すく)めるのが見えて、わたしは少し愉快な気持ちになる。まあ、実際友達かといえば微妙なものだ。そう言ってもかまわない気もするけれど、そんなふうに位置づけることでなにかが失われてしまうような気もする。


 やがてヨハンは「積もる話もあるでしょうし、歩きながら話しましょう。今のルドベキアに危険はありませんので、ご心配なく」と提案した。


 でも、大丈夫だろうか。わたしはルナルコンへ視線を移す。


「また会えたわね、ルナルコン」


「ふん。会いたいなんてちっとも思ってなかったんだから!」


 なるほど。つまり会いたかったということか。よかった。


「ゴーシュとは仲直り出来た?」


 ちょっと無神経だったかも、と思ったけれど、さっきから二人の様子にトゲトゲしいところはなくて、むしろ打ち()けているように見えた。だからこそ聞く気になったのである。


 二人は顔を見合わせると、ちょうどのタイミングで苦笑を浮かべた。そして不器用に(うなず)く。


 物事が本来あるべきところに落ち着いていく。それを目にするのは心安らぐものだ。なんだかわたし自身、力をもらったような気にもなる。


 ルナルコンがゴーシュと和解したのは本当に喜ばしい。ただ、半馬人(はんばじん)全体と折り合いをつけるのは比じゃないくらい難しいだろう。たぶん、彼女は嘘をついたりはしないから。素直にデュラハンからの逃避を告げてしまうはずだ。そうなったときの処遇(しょぐう)はどうなるのか……。


 不意に、「ヴェェッ!!!」というなんとも不快な音が飛び込んできた。ぎょっとして見ると、クラナッハが地に()して――ひょろ長い獣人を吐き出すところだった。


 また誰か()み込んでたのか、彼は……。


 クラナッハは吐き終えると地面に尻もちをついて、ぜえぜえと(あえ)いだ。そんな彼の隣で、唾液やらなにやらでべとべとになった獣人が、すくりと立ち上がる。


「ごきげんよう。私はオオカミ族の酋長(しゅうちょう)をしております、バロックと申します。このたびは『緋色』と『灰銀』が和解したとのこと、喜ばしく思います。微力ながら力添えした身ですからね」


 バロックと名乗った獣人を見上げ、クラナッハは抗議の声を上げる。「こんなとこで吐けなんて言うんじゃねえよ! おかげでオイラが変人みてえじゃねえか!」


 確かに。ゴーシュもリリーも目を丸くしている。ルナルコンに(いた)っては完全に引いていた。


 それにしても、バロックという名前になんだか覚えがある。どこで聞いたんだっけか……。


 シンクレールの表情が一瞬にして変わったのをわたしは見逃さなかった。彼の瞳は今まで見たこともないくらい冷たかった。


「僕からも紹介するよ。彼はバロック。支配魔術(ドミネーション)の使い手で、僕とクラナッハと人魚を追い詰めて殺そうとした男さ」


 ああ、思い出した。メロからオオカミ族の集落での顛末(てんまつ)を聞いたときに出た名前だ。なるほど。この男が……ふぅん。


「ご心配なく。私は今現在、貴方(あなた)がたに危害を加えるつもりは毛頭ありません。いつまでもクラナッハの腹に隠れているのも悪いと思いまして、こうして姿を見せた次第(しだい)です。驚かせてしまったなら申し訳ありませんね」


 目付きといい話し方といい、どこか詐欺師(さぎし)じみている。


 まあ、でも、敵意は今のところ感じない。


「よし、バロック。あらためて決め(ごと)をしようじゃないか」と、シンクレールは爽やかな笑顔で言う。「もう支配魔術(ドミネーション)は使わない。使ったら死ぬよりひどい目に()わせる。オッケー?」


 シンクレール……いつからそんな物騒な性格になったんだ。まあ、王都を出てから色々とあったのは事実だけど。


 人は変わる。わたしもきっとそうだ。


「……承知(しょうち)しました。シンクレールは容赦(ようしゃ)ないですね」


「もしかして誰かを支配するつもりだったのかい?」


「いえ、滅相(めっそう)もございません」


 それにしても、バロックは奇妙な(よそお)いだ。帽子も片眼鏡もステッキも、明らかに獣人には不要だろうに。そのくせ衣服は身に着けていないのだからなおさらだ。


「さてさて」パン、と手を叩く音がして、誰もがヨハンに顔を向けた。「行きますよ。ここで立ち話をしているのを見られたら不審(ふしん)に思われますからね」


 どうせ話をするなら、窪地の縁よりもルドベキア内のほうがいいに決まってる。互いの勢力が和解した以上、警戒されるような行動は(つつし)むべきだ。


 かくしてわたしたちは、微光舞い踊る街へと足を踏み出した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『ゴーシュ』→『灰銀の太陽』に所属する半馬人。清き魂は死を通過し、再び清き肉体に宿るというイデオロギーを信奉している。規則や使命を重んじ、そこから逸脱する発言や行為には強い嫌悪を示す。要するに四角四面な性格。言葉遣いは丁寧。腕を盾に変える魔術を使用。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルナルコン』→『灰銀の太陽』に所属する女性の半馬人。ツンデレ。腕を槍に変化させる魔術を使用。ゴーシュやファゼロとともに、クロエたちを救出した。『灰銀の太陽』のアジトへ向かう途中、デュラハンの引き付け役を請け負って以来、行方知れず。詳しくは『619.「半馬の助け」』『Side Runalcon.「いずこへ駆ける脚」』にて


・『メロ』→人魚の族長。小麦色の肌を持ち、軽薄な言葉を使う。口癖は「ウケる」。なにも考えていないように見えて、その実周囲をよく観察して行動している。地面を水面のごとく泳ぐ魔術を使用。詳しくは『745.「円卓、またはサラダボウル」』『746.「笑う人魚」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果として行動。可哀想な人の方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『バロック』→オオカミ族の集落の長。知的で冷酷。相手を屈服させることに興奮を覚える性格。支配魔術および幻覚魔術の使い手。詳しくは『Side Mero.「緋と灰の使者」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『メフィスト』→ニコルと魔王に協力していた存在。ヨハンの本名。初出は『幕間.「魔王の城~尖塔~」』


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』にて


・『デュラハン』→半馬人の住む高原に出没する強力な魔物。首なしの鎧姿で、同じく武装した漆黒の馬に乗っている。クロエに討伐された。詳しくは『621.「敬虔なる覚悟」』にて


・『共益紙(きょうえきし)』→書かれた内容を共有する紙片。詳しくは『625.「灰銀の黎明」』にて


・『転移魔術』→物体を一定距離、移動させる魔術。術者の能力によって距離や精度は変化するものの、おおむね数メートルから数百メートル程度。人間を移動させるのは困難だが、不可能ではない。詳しくは『4.「剣を振るえ」』にて


・『支配魔術(ドミネーション)』→使用の禁止された魔術。他者の自由意思に介入する魔術。詳しくは『117.「支配魔術」』『Side Johann.「ドミネート・ロジック」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『人魚』→女性のみの他種族。下半身が魚。可憐さとは裏腹に勝手気ままな種族とされている。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『オオカミ族』→獣人の一種。読んで字のごとく、オオカミに似た種


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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