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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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849.「四季歓待の儀」

 目が覚めて最初に見えたのは、薄黄色の微光を()びた天井だった。


 顔を動かし、周囲を(なが)めやる。唐草(からくさ)模様の絨毯の敷かれた、石造りの広々とした部屋だった。四方の壁には赤地の布が貼られていて、金糸(きんし)で描かれた緻密(ちみつ)な曲線が微光を透かして(きら)めいている。布の一部に切れ込みが入っており、どうやらそれが出入り口であり扉代わりらしい。


 室内には机、棚、さらにはドレッサーまで用意されていた。どの家具も重厚な焦げ茶色の木材を使用しており、表面はコーティングされているらしく(なめ)らかである。そしてわたしが寝ているベッドは清潔な白で、三人くらいなら悠々(ゆうゆう)と横たわることの出来るくらいのサイズだった。しかもふかふか。


「ん……」


 半身(はんみ)を起こして大きく伸びをすると、背骨がポキリと鳴った。ぐっすりと眠っていたようで、すっかり疲れは取れている。頭痛も眩暈(めまい)もない。


「……あれ?」


 ベッドから抜け出て、自分の身体を点検する。どうしてかわたしは首から上を除いて、全身にぐるぐると包帯を巻かれていた。染みひとつない白に(おお)われている。感触からするに、どうやら素肌(すはだ)の上から巻かれているようで下着さえつけていない。


 確か、と記憶をたどる。『灰銀(はいぎん)の太陽』の勝利が確定してから一旦(いったん)休憩を取ることになって、ゾラに抱き上げられたまま宮殿に入っていったような……。


 そこから先はどうしても思い出せない。たぶん、そのタイミングで気を失ったんだろう。


 ベッドに腰をかけると心地よい弾力を感じた。その素敵な感触とは裏腹に、わたしの気分はみるみる沈んでいく。


 誰かがわたしを裸にして、治療した上で包帯を巻いてくれたのだろう。そして、こんなにも豪華な部屋で寝かせてくれた。申し(ぶん)ない厚遇(こうぐう)だけれども……情けなさと恥ずかしさで胸がいっぱいだ。


 不意に靴音がして、慌ててシーツのなかに飛び込んだ。たとえ包帯に覆われているとしても、誰かに見られたくはない。包帯は衣服ではないわけで、つまりわたしは裸同然なのだ。我ながら妙な理屈だけれど、そう感じたのだから仕方ない。


「あれ、起きてるじゃない」


 肩まですっぽりとシーツにくるまったわたしが見たのは、銀の盆を手にしたミスラの姿だった。


 彼女は部屋の真ん中まで来ると急に口元を引き締め、その場に硬直した。視線はじっとこちらに向いている。


 それから彼女は、どうも緊張した様子でわたしのそばまで来ると、盆からサイドテーブルへなにやら手のひら大の銀器を置いた。上部に放射状の隙間(すきま)があって、そこからうっすらと煙が上がっている。


「ミスラ」


「ひっ」


 どうしてか彼女はびくりと身体を震わせた。目付きもなんだか(おび)えている。


 なんでだろうと思った矢先、自然と答えらしきものが頭に浮かんだ。


 ああ、そうか。今のわたしはゾラを倒した相手で、しかも戦闘模様も普通じゃなかった。びくびくしてしまうのも無理はない。


「それ、なに?」


 シーツから手を出して銀器を()す。するとミスラは、ほっと息をついた。


香炉(こうろ)よ」


 言われてみれば、なんだか空気がまろやかに(はな)やいでいる。


 香炉自体はわたしも知識くらいはあった。王都では一部の富豪が(たしな)むくらいで、一般的にはあまり使われていない。もちろんわたしもお(こう)を経験するのははじめてだ。


「へぇ……ルドベキアでもお香を()くのね」


「滅多に焚かないわ。儀式のときだけ」


「儀式?」


四季歓待(しきかんたい)()。一年に四回、この部屋に四季を(まね)くのよ。それで、今貴女(あなた)にしているみたいにおもてなしするわけ」


「四季って季節のことよね? それを招くっていうのは?」


 ミスラは苦笑しながら、盆から薄い色味の木箱をサイドテーブルに移した。たぶん香木(こうぼく)が入っているのだろう。


「ただの真似事(まねごと)よ。四季がかたちを宿(やど)してやってきたっていうふうに仮定して、お香を焚いたり食事を振舞ったりするの」


 へえ。それはなんだか面白い風習だ。


「昔からやってるの?」


「いいえ。ゾラが(おさ)になってからはじまったのよ」


 なんだかゾラのイメージに合わない。まあでも、誰だって見かけによらない一面はあるものだ。


 ミスラがなんだか立ち去りたそうにしているので、わたしは(せん)(せい)した。「ねえ、座ってゆっくり話をしましょう」


 サイドテーブルにはお(あつら)え向きに椅子が一脚置いてある。


「忙しいから、またあとで――」


「時間は取らないわ。いくつか確認したいことがあるだけ」


 今を逃しても誰かと会話するチャンスはあるだろう。けど、それまでシーツにくるまって悶々(もんもん)と過ごすのは避けたいものだ。


 ミスラは何度か入り口とわたしとを見比べて、諦めたのか椅子に腰を下ろした。口元は不機嫌そうに(とが)っているけれど、瞳には不安がありありと浮かんでいる。


「ミスラ。まず聞きたいんだけど……わたしが気絶したあとのことを、あなたは知ってるかしら?」


「……ええ。ゾラが宮殿まで運んで、わたしに世話をするよう命じたのよ」


「じゃあ包帯を巻いたのって――」


 ミスラが(うなず)く。


 ひとまずよかった。相手が獣人だろうとなんだろうと、意識を失っている(あいだ)だろうとなんだろうと、男に裸を見られたくない。


 あれ?


 なんだか前にも同じようなことがあったような……。


 ああ、そうだ。魔女の邸の壮年紳士――ウィンストンだ。確かトリクシィに受けた傷を治療するために、彼に素肌を(さら)したんだっけ……。うう、今思い出しても恥ずかしい。


「なに赤くなってるの」とミスラは(あき)れた口調で――でも遠慮しいしい――言った。


「違うのよ。前にも気を失ってる間に治療されたことがあるの。そのときは男性だったから」


「男のほうがよかったって?」


「そんなことない! 絶対にない!」


 あは、とミスラはちょっぴり笑う。それでわたしも少し安心出来た。


 笑いが引いていって、しばしの沈黙が降りる。


「それじゃ、ゆっくり休むといいわ」


 言って、ミスラは立ち上がる。


「睡眠はもう充分。身体の痛みも消えたし、疲れも全然残ってないわ。そろそろ起きたいんだけど、その、わたしの服はどこかしら?」


 もともと着ていた服もそうだし、荷物という荷物が見当たらない。布袋(ぬのぶくろ)もサーベルも、見る限りこの部屋にないのだ。


 ミスラはひどく怪訝(けげん)な表情を浮かべたのち、ゆるゆるとドレッサーを(ゆび)さした。「そこに服が入ってるから、好きな物を着ていいわ」


 そんな顔をしなくてもいいのにと思ったけど、今は服のほうが重要だ。するりとシーツを抜け出てドレッサーを開ける。


「わぁ……」


 思わず漏れた自分の声は、いかにも感動に満ちていた。ぽかんと開いた口がなかなか閉まってくれそうにない。


「気に入った? どれも上等な品のはずよ」


 ミスラの誇らしげな声がしたけれど、わたしは衣装から目を離せない。


 背中が大きく開いた、(たけ)の短い(きぬ)のドレス。薄桃色のワンピース。物凄くふりふりのレースがあしらわれた服もあれば、シックな衣装もある。そして奇妙なことではあったが下着まで用意してあった。


「これ、好きに着ていいの!?」


「え、ええ。どうぞ」


 ミスラに見えないように小さく(こぶし)を握る。予期せぬ幸せが今わたしの目の前にある。


「着替えるから背中を向けてもらえるかしら」


「じゃあ、私はこれで――」


「ごめんなさい、まだ少し聞きたいことがあるのよ。それに誰かが入ってきちゃったら大変だし、ここにいてくれないかしら」


「……はいはい」とミスラはため息()じりに返した。


 ごめんねミスラ。こればかりはわたしのわがままだ。でも、ちょっとだけ付き合ってもらいたい。そして出来れば似合ってるかどうかの意見を忌憚(きたん)なく聞かせてほしい。だってミスラは獣人のなかで、唯一服を着ているのだ。そしてセンスも悪くない。


 あれやこれや悩んだ挙句(あげく)、ようやくわたしが手にしたのは膝丈(ひざたけ)の、長袖(ながそで)のワンピースだった。色は深紅(しんく)で、腰を黒の革ベルトできゅっと締める作りになっている。(すそ)と袖、そして(えり)に黒のレースがあしらってあって、フォーマル過ぎず遊び過ぎず、といった感じである。


 するすると包帯を(ほど)いていく。身体の傷はすっかり消えていて、随分(ずいぶん)長く眠っていたんだと感じた。でも、まあ、時間の経過についてはあとで考えればいいことで、今大事なのは服が合うかどうかだ。


 ちょうど裸になったところでミスラの声がした。背を向けたまま、深刻な口調で。


「ねえ。貴女って、血族(けつぞく)なの?」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ウィンストン』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸の執事。丁寧な口調の壮年男性。ジェニーとは犬猿の仲。昔から魔女の命を狙って暗殺を繰り返している。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『279.「物好きな主人」』参照


・『落涙のトリクシィ』→騎士団ナンバー3の女性。涙を流しながら敵を蹂躙する。見習い騎士に圧力をかけて精神的にボロボロにすることから、「見習い殺し」の異名も持つ。傘の魔具「深窓令嬢(フロイライン)」の使い手。王都を裏切ったクロエとシンクレールを討ち取ったことになっている。大量の魔物による王都襲撃以降、生死不明。詳しくは『92.「水中の風花」』『250.「見習い殺し」』『幕間.「王位継承」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『王都』→グレキランスのこと。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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