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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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843.「炎華一閃」

 静かに、しかし威圧を(はら)んだ眼差しでわたしを見下ろす巨体。そんな、畏怖(いふ)()いる姿は一瞬にして()き消えた。


「ガララアアアアァアァァァァァァァァ!!」


 咆哮(ほうこう)(とどろ)き、肌をびりびりと震わせる。ニセホタルが一斉に周囲を飛び去った。


 空気を揺さぶる(たけ)り声の前後で、ゾラの様子は一変した。炎のように揺らめき立つ金色(こんじき)のタテガミ。獰猛(どうもう)に輝く双眸(そうぼう)。凶器じみた歯が()かれ、全身の筋肉が盛り上がっている。


 思わず、口元が引きつって苦笑が浮かぶ。人間、困ったらつい笑ってしまうものだ。


 ゾラについて、わたしはひとつ勘違いをしていた。前回戦闘したときもそうだったけれど、彼は暴力を全身に(にじ)ませていたのである。そう、滲ませていただけだ。むしろゾラは、暴力の気配を(おさ)え込んでいたのかもしれない。


 今の彼は、比較にならないほどの暴力のオーラを(ほとばし)らせていた。彼が圧倒的な強者で、常に獲物を蹂躙(じゅうりん)する側であることが本能的に理解出来る。


「……風華(かざはな)


 涼やかな風が頬を撫で、視界が変容した。


 優雅に舞い踊る花弁(かべん)。青々とそよぐ下草(したくさ)。どこまでも続く雲ひとつない快晴。そんな空想の景色に、現実の光景が重なる。草原の中心で大剣を構える獅子は、あまりにバランスを()いた存在に思える。


 細く長く息を吸い、吐く。左の胸は一定の鼓動(こどう)を全身に伝えている。視界は良好。集中力は申し(ぶん)ない。敵が厄介極まりない猛者(もさ)なのは、いつものことだ。


 ゾラに右足が微動(びどう)するのが見え、次の瞬間には彼の姿が宙にあった。大剣を大きく振りかぶっている。


 サーベルで受け止める――なんて不可能だ。刃はわたしの身体ごと木端微塵にされてしまうだろう。


 敵の一撃を前進するように回避し、(ふところ)へと(もぐ)り込む。大剣が空を切り裂く異様な風音ののち、破壊的な地鳴りが轟いた。


 振り返らずとも、先ほどまでわたしの立っていた場所が岩盤ごと砕かれたのが分かった。……まったく、剣というよりもはや鈍器(どんき)だ。


 呼吸を止める。視界にはゾラの肌が大写しになっていて、脳裏(のうり)にはひらひらと桃色の花弁が風と踊っている――。


「いっ、けえぇぇぇ!!」


 刃の軌跡(きせき)が、右に左に乱舞する。金の毛が散り、空想の花弁と混じって鮮やかな舞いを演じた。


 一秒で何度刃を振るっただろう。少なくとも、ゾラが次の行動に移るまでの間に三十発はお見舞いしたはずだ。脇腹(わきばら)を重点的に斬ったのだけれど、やはり、まるで手応えがない。皮膚に浅い傷をつけるばかりで、異常な密度の筋肉に(はば)まれてしまう。


鬱陶(うっとう)しい!!」


 ゾラが、大剣を()ぐ。宙返りしたわたしの耳元を、おぞましい風切り音が過ぎていった。


 大剣の一撃を後方宙返りで回避して、勢いのまま後退する。が、まだ敵の攻撃圏内(けんない)にいることは自覚していた。


 続いて、大地を粉砕するかのごとく大剣が振り下ろされた。振り下ろし、横薙ぎ、もう一度横薙ぎ、袈裟(けさ)斬り……。


 ゾラの剣術はお世辞にも良いとは言えない。が、それを補って余りある破壊力がある。(かす)るだけでとんでもない傷を()ってしまうことは、誰の目にも明らかだろう。刃で決して受け止めることの出来ない攻撃というのは厄介なものだ。それだけこちらの行動も制限される。一方で、わたしの攻撃はちっとも有効打にはならないんだから困ったものだ。


 まあ、そんなことは一度目の戦闘で経験済みだ。こっちがどれだけの技を駆使(くし)しようとも、まるで効いていなかった。あのときわたしは必死になって次の手を探り、結局ゾラの一撃を受けて、あとは坂道を転げ落ちるように敗北へと転落したのだ。


「逃げるだけか? 脆弱(ぜいじゃく)な人間よ!!」


 こっちだって好きで防戦一方になっているわけじゃない。もう一度懐に潜り込むチャンスを(うかが)っているだけだ。


「あなたこそ、随分(ずいぶん)と必死ね!!」


 売り言葉に買い言葉。わたしの得意分野だ。まったく誇るべきものではないけれど、(あお)り返しながらでも身体の動きも集中力も一切乱れないんだから我ながら(あき)れてしまう。


 歓声があちこちで鳴っている。そのほとんどがゾラを(たた)えるもので、けれどわたしへの声援もあった。


醜態(しゅうたい)を晒すなよ、女!!」


 ……サフィーロ。もうちょっと言い方ってものがあるんじゃないかしら。醜態って……。


 ゾラの周囲をぐるぐると回るように攻撃を避ける。そのなかで、ちらとギャラリーの顔ぶれが目に映った。


 リフが、建物の影からちょこんと顔を出している。彼が隠れている建物にも何体かの獣人がいて――あ、ジェニーがいる。良かった。生き残っていてくれて。


 彼女の隣には黒く滑らかな毛並みの獣人がいて、なんだか胸がいっぱいになった。ジェニーは(こぶし)を突き上げてこちらへ声援を送りながら、隣のクロの肩を叩いたりなんだりとしている。二人の姿は、敵同士には見えなかった。


 大剣の躍動(やくどう)を舞い避け、ギャラリーは目まぐるしくわたしの視界を流れていく。建物に腰かけ、むっつりと腕組みをしたドルフの姿を見たとき、やっぱりわたしの胸は温かくなった。彼にはあとでちゃんと感謝を伝えなきゃならない。そのためには生きて、この決闘に勝利する必要がある。


 ドルフと同じ建物の(かど)に、特徴的な純白の毛を持つタテガミ族がいた。彼の隣には、寄り添うように女性のタテガミ族がいる。


 オッフェンバックとミスラだ。どうやらドルフとの戦闘は決着がつかなかったらしい。それは本当に――涙が出るほど――喜ばしい。決定的な瞬間が訪れてしまう前に物事を止めることが出来た証だから。


 それとは別に、()感慨(かんがい)も浮かんだ。オッフェンバックへウインクをしてみたけれど、きっと彼は気付いていない。


「ちょこまかと、鬱陶しい!」


 ゾラが両手で大剣を振り上げる。


 これまでで一番の攻撃が来ることは、肌で分かった。そして、彼が両の瞳でわたしを凝視し、振り下ろす位置を決して誤らぬよう計っているのも分かる。


 怒りに任せているように見せているけど、ゾラはたぶん、冷静だ。暴力の気配を表出させているかどうかの違いは大きいけれど、これまでの彼の攻撃は力任せと言い切れない。ちゃんとわたしの動きを読み取って、当たるように狙って(はな)っている。こっちが上手く回避出来ているだけで、並の相手なら今頃木端微塵に粉砕されていることだろう。


 ゾラの右の脇に、(すき)が見えた。すでに大剣は振り下ろされている。わたしの頭上三メートルの位置まで、凶器が迫っている。


 息を止め、()に駆けた。瞬間、右に刃が()れる。ゾラの大剣は見事に大地に亀裂(きれつ)(しょう)じさせた。


 ゾラは、少し感心してくれているだろうか。いや、そんなことはないか。見え透いた誘いに乗らなかっただけだもの。


 一気に速度を上げて疾駆(しっく)する。あと二メートルでゾラに刃が届く。


 彼はきっと避けないだろう。わたしの攻撃など避ける必要はないのだから。彼の皮膚にちまちまと浅い傷を作るだけだということは証明されている。


 空想の草原に、パッと赤が散る。血ではない。花弁の赤でもない。


 花びらによく似た炎が舞っているのだ。空想の炎が。


 手のひらに確かな熱が伝わる。想像するのは、灼熱(しゃくねつ)の刃だ。何者をも傷付けず――。


炎華一閃(えんかいっせん)!!!」


 ゾラの横腹を通り抜け、彼の背後まで駆け抜ける。


 足を止めてくるりと身体を反転させると、ゾラがなんとも妙な表情でわたしを振り返っていた。目を見開き、口元は苦悶(くもん)を示す(いびつ)なかたちをしている。彼は片手を大剣から離し、先ほどわたしの通り抜けた横腹を押さえていた。


貴様(きさま)、俺を斬ったな……?」


 言って、彼は手を脇腹から離す。そして、さらに目を見開いた。


 ゾラの横腹にはなんの傷もない。毛の一本さえ切断されていない。


 刃を持ち上げる。刀身は、まるでかたちを持った火炎だ。明々と燃えながら、しかし燃え尽きることはない。


 いつか見たオッフェンバックの炎にそっくりな色の刃。その切っ先をゾラへと向けた。


「脆弱な人間に斬られた気分はどうかしら?」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ジェニー』→『毒食(どくじき)の魔女』の邸にメイドとして住み込む少女。愛嬌たっぷりで天真爛漫。語尾に「にゃ」を付けて喋る。『ケットシー』と呼ばれる獣人の一種。興奮すると耳と尻尾が出てしまう。故郷の村をルドベキアの獣人に滅ぼされている。手引きしたのは友人だったケットシーのクロ。詳しくは『第八話「毒食の魔女」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』参照


・『クロ』→黒毛のケットシー。ケットシーの族長を殺し、ルドベキアに移住した男。トムの脚を切断したのも彼。かつてジェニーの友達だった。詳しくは『Side. Etelwerth「集落へ」』『600.「或るケットシーの昔話」』『601.「たった二人の生き残り」』にて


・『サフィーロ』→蒼い鱗を持つ竜人。『純鱗』。次期族長候補と噂されている人物で、派閥を形成している。残酷な性格をしているが、頭も舌も回る。シンクレールと決闘し、勝利を収めている。詳しくは『第四話「西方霊山~①竜の審判~」』にて


・『リフ』→『骨の揺り(カッコー)』の住民。巨人の魔物キュクロプスと、タテガミ族とのハーフ。巨大な身体を持ち、頭には林檎の樹が生えている。夜会卿の統べる街で女性研究者によって生み出された。夜会卿の妾を誤って殺してしまった結果、使用人をしていたキージーとともに街を追放された。臆病な性格。幻覚の魔術を使うことが出来る。詳細は『806.「骨の揺り籠」』『813.「巨獣の起源」』『814.「狂気と墜落と」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『オッフェンバック』→純白の毛を持つタテガミ族の獣人。『緋色の月』に所属。自称音楽家の芸術至上主義者で、刺激を得るという動機でハックの和平交渉を台無しにした。クロエとの戦闘に敗北し、あわや絶命というところを彼女に救われた。それがきっかけとなって『灰銀の太陽』への協力を申し出ている。詳細は『774.「芸術はワンダー哉!」』『780.「君が守ったのは」』にて


・『ミスラ』→女性のタテガミ族。しなやかな黒毛。多くの獣人と異なり、薄衣や足環など服飾にこだわりを見せている。オッフェンバックの元恋人であり、わけあってゾラに侍るようになった。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』『789.「絶交の理由 ~嗚呼、素晴らしき音色~」』『797.「姫君の交渉」』にて


・『ドルフ』→『緋色の月』の四番手で、トナカイに似た獣人。別名、鉄砕のドルフ。血の気の多い性格。身体硬化の魔術を使用する。『骨の揺り(カッコー)』を襲撃したが、最終的にリフによって撃退された。詳しくは『816.「地底への闖入者」』『817.「鉄砕のドルフ」』にて


・『ニセホタル』→森に住む昆虫。発光しながら飛翔する。詳しくは『201.「森の中心へ」』『205.「目覚めと不死」』にて


・『風華(かざはな)』→花弁の舞う脳内世界。集中力が一定以上に達するとクロエの眼前に展開される。この状態になれば、普段以上の速度と的確さで斬撃を繰り出せる。詳しくは『53.「せめて後悔しないように」』『92.「水中の風花」』『172.「風華」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地

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