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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Gorsch.「額を通じて」

※ゴーシュ視点の三人称です。

『異様な力を得る代わりに、寿命が残り三年になる……そういう薬らしいよ』


 ――だから、僕は残り三年しか生きられないんだ。


 末端集落でアポロから聞いた話である。シャオグイがハック(あて)に渡し、ハックがそれぞれの種族の代表に配った丸薬の具体的なデメリットを知ったのはその瞬間である。シャオグイに関する噂をもとに立てた推測と(おおむ)ね同じだったことに、ゴーシュはほっとしたものだった。


 ハンジェンを打倒するために、ゴーシュはデビスから丸薬を盗んだのである。が、とっくに出来ていたはずの覚悟は、敵を前にして揺らいだ。


 寿命を変えるなど半馬人(はんばじん)にとっては冒涜(ぼうとく)以外の何物でもない。半馬人の倫理観(りんりかん)では、自死は唾棄(だき)すべき大罪であり、もっとも(けが)れた行為とされていた。シャオグイの丸薬を()むこともまた、天命を個人の都合で動かす以上、忌避(きひ)すべきである。


 ハンジェンを討つためなら穢れてもかまわない。ゴーシュはそう決意してはいた。敵がそう甘くないことは理解していて、だからこそ遭遇(そうぐう)した(さい)には真っ先に丸薬を呑んでしまおうとまで考えていたのだが、想像上の覚悟は現実の行動とはならなかった。穢れたくない。勇猛(ゆうもう)に、清く死にたい。そんな、半馬人にとっては当たり前の感情が歯止めとなっていたのである。


 決意が本物の行動に結びついてくれたのは、殺されかかったルナルコンのおかげだった。



「大丈夫か、ルナルコン」


「ごほっ……げほっ……え、ええ……」


 喉を押さえて苦悶(くもん)の表情を浮かべる彼女に、ゴーシュは手を差し伸べた。ごく自然に。なんの思い(わずら)いもなく。


 先ほどまでのルナルコンへの抵抗が嘘のように消えていて、今はただ、(さわ)やかな(あきら)めがゴーシュのなかにあった。


 ルナルコンは差し伸べられたゴーシュの手を見つめ、最初は驚きに目を丸くした。次に(いぶか)しげな眼差しに変わり、やがて哀しく(うつむ)いた。


「あたしは穢れてるから」


 そう呟いて自力で立とうとしたルナルコンの腕を、ゴーシュは迷うことなく掴んだ。そして困惑する彼女を立たせてやると、にっこり笑いかける。


「ワタシも同じだ」


「え?」


「ワタシも穢れてる」


 月が雲に隠され、周囲がひっそりと暗くなる。


 ルナルコンは俯いたまま、ただ口を引き結んでいた。どんな返答も間違っているとでも思っているように、(かたく)なに沈黙している。


 ゴーシュは彼女の身体が小刻みに震えていることに気付き、そっと両手を肩に置く。彼女は(のが)れようとわずかに身を(ひね)ったが、やがて手が離れないのを(さっ)したのか、身体の力を抜いた。


 ゴーシュは充分な()を置いて、自分の(ひたい)を彼女の額に()れ合わせた。互いに、相手の瞳だけを見つめている。


「生きていて良かった」


「良かっただなんて言わないで」


「目を()らさないでくれ、ルナルコン。……何度でも言う。君が生きていて、心から、嬉しく思ってる」


「気高く死ぬことが出来なかっただけよ」


「そう、君は穢れている。ワタシも穢れている。ワタシたちは永久に半馬人で、この誇り高い倫理観に縛られ続けるしかないんだ」


「……うん」


「やがて罰を受けるそのときまで、二人で()ちていこう」


 ルナルコンとゴーシュは、いつしか(まぶた)を閉じていた。手を離し、額だけが触れ合っている。意識の奥の奥、もっとも深いところから名前の付けられないなにかが(のぼ)り、額を通して互いのそれが不可分(ふかぶん)に繋がっていく感覚があった。


 誇り高く、穢れて、生きる。ゴーシュはこの瞬間、限りない幸福を感じた。ルナルコンも同じ気持ちだろうかと少し不安に思ったが、答えを出すことなく、考えるのをやめた。


 魔物の(うな)り。悲鳴に似た鳥の声。ハンジェンの、瀕死(ひんし)息遣(いきづか)い。枝を踏む音。そうした夜の微音(びおん)只中(ただなか)で、二人は静物(せいぶつ)のようにじっと額を合わせて動かなかった。




 どのくらい()ったろう。二人は息継ぎをするように額を離し、互いの赤くなったおでこを見て屈託(くったく)なく笑った。


「さて」


 ゴーシュは(きびす)を返し、ハンジェンへと歩んだ。物を引きずった血の(あと)の先で、ハンジェンがうつ伏せになっている。


 彼は地面を(えぐ)るように掴み、苦悶の表情を浮かべていた。腹部の大穴は、通常であれば遠くない死を示すほどの重傷である。が、『黒の血族』はそう(もろ)くない。致命傷(ちめいしょう)さえ死を意味しない場合が多く、ハンジェンも例外ではなかった。


「ワタシがトドメを刺す」


 ルナルコンに向かって宣言すると、彼女は小さく、しかしはっきりと(うなず)いた。


 ハンジェンは首を精一杯(ひね)って、ゴーシュを(にら)んでいる。壮絶(そうぜつ)な眼差しだったが、それ以外にはなにひとつなかった。もはや魔術を使う体力もないのだろう。そして命乞いをする気もないというわけだ。


 ゴーシュが前脚を持ち上げた瞬間――。


「殺さないで!!」


 甲高い音が静寂をつんざいた。ゴーシュは持ち上げた前脚を、ハンジェンの頭の真横へと逸らす。飛び散った土塊(つちくれ)がハンジェンの眼鏡を汚した。


 声の方向を見ると、そこにはハンジェンと同じ肌の色をした少女が立っていて、その背後でオオカミ族がおずおずとした様子で彼女とゴーシュへと交互に視線を送っている。


「リリー。アイツはひどい奴で、今もリリーに妙な魔術をかけてるんだろ?」


「それでも」言って、リリーはゴーシュの隣まで早足で寄った。「殺すのは駄目」


 リリーという血族について、ゴーシュは多くを知らない。直接会話したこともほとんどない。が、話だけは色々と漏れ聞いていた。


 唯一(ゆいいつ)灰銀(はいぎん)の太陽』に協力している血族だからこそ、特に尾根(おね)にいる間は彼女に関するヒソヒソ話は()えなかった。ゴーシュは積極的に噂に関わろうとはしなかったが、それでも耳に届いてはくる。そしてここに来る間、シンクレールから彼女の性格は聞かされていた。


『僕は何度か会話してみたし、クロエからも話を聞いたんだけど、高慢(こうまん)で生意気な女の子だよ』


 それを口にするときのシンクレールの表情は、まるで友達の女の子をからかっているような具合だった。


『で、とびきり優しいらしいね。誰も殺したくないってさ』


 それでは困る、とゴーシュは(あき)れ交じりに返したものだ。


『だからさ、見逃してあげよう。僕に考えがある』


 ゴーシュは少女を見下ろし、なるほど、と思った。大穴の(ふち)でハンジェンに襲われたというのに『殺すな』と叫ぶ少女は、正真正銘の――多くの者からすれば愚かでさえある――平和主義者だ。クロエと似た頑固さも感じる。


 ゴーシュは頭を()き、「分かった」と答えた。「殺さない」


「クラナッハ。薬草は持ってるかしら?」


「あ、ああ。あるけどよ……」


「出して」


「え、でも――」


「いいから」


「わ、分かったよ」


 クラナッハは両手を受け口のようにすると、おえ、おえ、と苦しげにえづき(・・・)はじめた。いったいなにがはじまるのかと見ていると、不快な音とともに彼の口から緑色の、やたらネトネトした物体が飛び出した。


「はぁ……はぁ……ほら、薬草」


 べとべとの物体をリリーは心底嫌そうに蔑視(べっし)してから、ため息()じり受け取ると、それをハンジェンの傷口にべたべたと貼りつけはじめた。


「うっ……ぐっ……」


「我慢なさい、ハンジェン」


 身体の前後――貫通した患部(かんぶ)にそれを塗り終えると、リリーはひとまとまりの息を吐き出した。ひと仕事終えた、という具合に。


「お人好しが過ぎるぜ、リリー」


 クラナッハが安堵(あんど)したように言う。彼の様子にゴーシュは苦笑した。これまた大穴への道中(どうちゅう)での会話を思い出したのである。


『リリーはさ、自分が殺すとしたら夜会卿(やかいきょう)ひとりだって決めてんだ。だから、なにをされてもハンジェンを殺したりなんかしねえよ。殺されかけてたら助けるんじゃねえかな、きっと』


 ゴーシュは『それはお人好しが過ぎる』と返したのだが、クラナッハはどうしてか嬉しそうに『それがリリーなんだよ』なんて言っていた。


「よし」とクラナッハは(ひざ)を打つ。「それじゃ、リリーにかけた妙な魔術を()いてもらおうじゃねえか。ここまでしてもらって解除しないなんてねえよなあ!?」


 クラナッハが(すご)む。膝ががくがくと震えているのを、ゴーシュは見ないふりをした。


 やがてハンジェンの口が開き――。


「リリー。『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』でこいつら全員生き埋めにしろ」


「や、やだっ! な、手が勝手に、や、嫌!!」


 ゴーシュの視界が、ガクンと下がる。まずいと思ったときにはすでに落下がはじまっていて、やがてなにも見えない漆黒の空間に閉じ込められていた。


 しかしゴーシュは、そう不安には感じなかった。目を閉じ、呼吸を浅くする。そして、最前(さいぜん)耳にした声を思い出す。ひどく()てついた声を。


『舐めた真似(まね)をするじゃないか、ハンジェン』


 周囲が岩石に閉ざされる前に響いた声は、(まぎ)れもなくシンクレールのものだった。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『シンクレール』→王立騎士団のナンバー9。クロエが騎士団を去ってからナンバー4に昇格した。氷の魔術師。騎士団内でクロエが唯一友達かもしれないと感じた青年。他人の気付かない些細な点に目の向くタイプ。それゆえに孤立しがち。トリクシィに抵抗した結果、クロエとともに行動することになった。詳しくは『169.「生の実感」』『第九話「王都グレキランス」』にて


・『ハック』→マダムに捕らわれていた少年。他種族混合の組織『灰銀の太陽』のリーダー。中性的な顔立ちで、紅と蒼のオッドアイを持つ。詳しくは『438.「『A』の喧騒」』『453.「去る者、残る者」』『623.「わたしは檻を開けただけ」』にて


・『デビス』→剥製となってマダムの邸に捕らわれていた半馬人。現在は剥製化の呪いが解かれ、『灰銀の太陽』の一員としてハックとともに行動している。詳しくは『624.「解呪の対価」』にて


・『ゴーシュ』→『灰銀の太陽』に所属する半馬人。清き魂は死を通過し、再び清き肉体に宿るというイデオロギーを信奉している。規則や使命を重んじ、そこから逸脱する発言や行為には強い嫌悪を示す。要するに四角四面な性格。言葉遣いは丁寧。腕を盾に変える魔術を使用。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルナルコン』→『灰銀の太陽』に所属する女性の半馬人。ツンデレ。腕を槍に変化させる魔術を使用。ゴーシュやファゼロとともに、クロエたちを救出した。『灰銀の太陽』のアジトへ向かう途中、デュラハンの引き付け役を請け負って以来、行方知れず。詳しくは『619.「半馬の助け」』『Side Runalcon.「いずこへ駆ける脚」』にて


・『アポロ』→有翼人の族長。金の長髪を持つ美男子。優雅な言葉遣いをする。基本的に全裸で過ごしているが、『灰銀の太陽』に加入してから他の種族のバッシングを受け、腰布だけは身に着けるようになった。空中から物体を取り出す魔術を扱う。詳しくは『742.「恋する天使の[検閲削除]」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果として行動。可哀想な人の方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『夜会卿』→名はヴラド。『黒の血族』のひとり。王都の書物でも語られるほど名が知られている。魔王の分家の当主。キュラスの先にある平地『中立地帯』を越えた先に彼の拠点が存在する。極端な純血主義であり、自分に価値を提供出来ない混血や他種族は家畜同様に見なしているらしい。詳しくは『幕間.「魔王の城~ダンスフロア~」』『90.「黒の血族」』『幕間.「魔王の城~尖塔~」』『565.「愛の狂妄」』にて


・『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』→周囲の無機物を操作する呪術。リリーが使用。初出は『618.「大人物の愛娘」』


・『丸薬』→寿命と引き替えに一時的な力を得る、特殊な丸薬のこと。シャオグイが所有していたが、『灰銀の太陽』の代表的なメンバーの手に渡っている。詳しくは『748.「千夜王国盛衰記」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『オオカミ族』→獣人の一種。読んで字のごとく、オオカミに似た種


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて

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