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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Gorsch.「慈母と厳父」

※ゴーシュ視点の三人称です。

 朝靄(あさもや)(けぶ)る高原に、二体の半馬人(はんばじん)が立っていた。ゴーシュは呼吸を整え、痺れの残る右腕を持ち上げる。


『グールだけならまだしも、大型の魔物相手に防御だけだと厳しいな』


 ひとりごちるゴーシュの隣で、笑みが咲いた。


『なら、あたしの魔術を教えてあげる。……まず、想像するの。長くて、先の尖った槍を。色も質感も重さも全部、ちゃんとイメージして。次に、想像を自分の身体と同化させるのよ。肘から先が槍になっているところを。生まれたときからそうだったみたいに、自然なこととして。イメージが実際にかたちになったら、最後にひとつ、おまじないをかければいいわ』




 いつかルナルコンと()わした会話が、ゴーシュの脳裏(のうり)を駆けた。彼は、一本の槍と化した右腕に力を()める。そして、一列縦隊(じゅうたい)になった亡骸たちを(にら)んだ。


 息を止め、地を蹴る。


『この槍は絶対に折れない』


 獣人の身体を串刺しにし、駆ける。槍は獣人三体を貫き、その先の半馬人にも突き刺さった。


『なにがあっても、折れない』


 右腕の筋肉が盛り上がる。ゴーシュは渾身(こんしん)の力で槍を()ぎ、突き刺さった四体分の亡骸を『異形の穴』へと払い飛ばした。そして流れるように次の亡骸を突き刺し、奈落(ならく)(ほう)っていく。


『そうすれば、槍は敵を貫く武器になってくれる』


 竜人の身体はさすがに突き刺す(さい)に重い抵抗があった。それでも一度槍を引いて大きく息を吸い、これまで以上の勢いで突き出すと貫くことが出来た。


 一体、二体、三体と、亡骸が奈落へ落ちていく。竜人の翼が空中で羽ばたいたが、ぎこちないその動きでは空気を(とら)えきれなかったのだろう、落下の一途(いっと)をたどった。


 残るはハンジェンと、彼のそばに(ひか)える竜人二体。


『それがおまじないよ。大事だから、ちゃんと意識するように』


 まるで弟子に物を教えるような得意気な口調が、ゴーシュの耳に(よみがえ)る。


 ――この槍は折れない。絶対に折れない。


 決して声に出すことなく、彼は唇で唱えた。


 二体の竜人はそう簡単にはいかなかった。動きがほかの亡骸と違い、敏捷(びんしょう)(こま)やかだった。槍を(はじ)いて()らし、距離を詰めてくる。


 ゴーシュは後退し、竜人の腹に強烈な一撃を見舞った。先端は見事に鱗を砕き、串刺しになったそれを穴へと放る。


 が、今度は奈落へ吸い込まれてくれなかった。竜人は器用に羽ばたき、ゴーシュへと突進したのである。それと同時に、地に残るもう一体の竜人も迫る。


厳父の一本槍(オーディン・ランス)……!」


 銀の槍をイメージしてから、それが彼の左腕に顕現(けんげん)するまでほとんど()はなかった。右と左。双方の槍で一体ずつ竜人の翼に大穴を()け、続いて身体を串刺しにする。あとは一連の動きの流れで『異形の穴』へと払い飛ばした。


 ふたつの巨体は翼を広げて地上に戻ろうともがいたが、空気を捉えきれずに落下していった。


「見事じゃないか、馬。死霊(ネクロ)では相手にならないか」ハンジェンは背筋を伸ばして(たたず)んだまま、好奇に光る眼差(まなざ)しをゴーシュに向けていた。「気に入った。貴様も私の人形にしてやろう」


「お前の手駒になどなるものか! ここで殺す!!」


 再び呼吸を止め、地を強く蹴る。ゴーシュは二本の槍をかまえ、意識を集中した。


 ハンジェンとの距離はおよそ三メートル。刺突(しとつ)が最大限の力で発揮(はっき)される距離まで、残り一メートルもない。


 極小単位の時間が、さらに分割されていくようにゴーシュは感じた。コンマ一秒が引き延ばされ、一切がスローに見える。当たり前の時間の流れを置き去りにするように、思考が、感覚が、電光石火で駆けめぐる。


 亡骸との立ち回りで、ゴーシュは多少なりとも疲労していた。槍の魔術はそう頻繁に使用したことはない。特に『灰銀(はいぎん)の太陽』としてクロエと旅に出てからは一度もそれを行使(こうし)することはなかった。


 その理由を、ゴーシュが直視したのは今この瞬間のことである。ほとんど無自覚に盾の魔術だけで戦っていて、その事実に違和感を覚えることすらなかったことに。


 引き延ばされた時間の中心で、ゴーシュは思う。


 ――ワタシはルナルコンの死を嘆いている。確実に、否定しようのない強度で、嘆いている。


 ――誇り高き死によって半馬人の(たましい)は清く(たも)たれ、新たな清浄なる肉体へと(かえ)る。ゆえに高潔な死は悲哀を(まと)ってはならない。祝福こそが(のこ)された者の正しい態度で、しかしワタシは、ルナルコンの死を嘆いていた。


『ゴーシュ……突然で驚くかもしれないけど、ちゃんと伝えるわ。ルナルコンは生きているの』


 尾根(おね)で、クロエからそう聞かされた。


『聞かなかったことにします』と、自分は(ろく)に考えもせず返していた。本当は途轍(とてつ)もなく嬉しくて、しかし生存に喜びを感じてはならないことも確かだった。クロエ(いわ)く、ルナルコンはデュラハンに襲われる同胞(どうほう)(ほう)って逃げ出したらしい。それが真実かは知りようがないが、だとすれば、彼女の魂はすでに黒く(けが)れきってしまっている。少なくとも、半馬人の倫理観に照らし合わせればそうなる。


 以降は、ルナルコンの生存を自分の頭から追い出した。見ないようにした。ただ目の前の物事に集中して、決して意識しないようにした。


 今自分の突き立てようとしている槍は、自分だけの魔術ではない。ほかならぬルナルコンに教わった魔術だ。手持ちの札をすべて使わなければハンジェンに勝てないと分かっていたからこそ、ほとんど夢中で行使(こうし)した魔術。


 この槍には、彼女の魂の一部が宿(やど)っている。


 ――黒く穢れた魂が。


 思考の終着点で、ゴーシュは刺突を放った。完璧なタイミングの突きで、ハンジェンも回避する素振りはない。


 その先端が敵に触れる――。


(もろ)いな」


 ゴーシュの視界に銀の破片が散った。一瞬、それに目を奪われる。


 突き刺さる寸前でハンジェンが一歩後退し、槍を拳を払ったのだ。


 驚愕(きょうがく)を振り切って、ゴーシュは左腕を突き出す。二発目の刺突は、やはり、同じ結末をたどった。無残に砕かれた銀の破片が霧散し、ゴーシュの腕がもとの形状へと戻っていく。


「脆すぎる。それでは竜人の鱗も砕けまい」


 ハンジェンの姿がゴーシュの視界から消える。


 次の瞬間、ゴーシュは口から飛沫(しぶき)を上げて吹き飛んだ。それが死角からの掌底(しょうてい)であることすら、彼の意識の外にあった。


 着地の衝撃で全身を()()き、後ろ脚に激痛が走る。攪拌(かくはん)された視界は地面と平行になり、ハンジェンの目が自分を見下ろしていることが分かった。


「どうした、馬。急に威勢を失ったな。そんなに私が恐いか?」


 ハンジェンはゆったりした歩みでゴーシュへと接近した。


「いや、違うな。貴様は私を恐れていない。それは分かる。が、貴様の目には恐れがあるぞ? なにが恐ろしい?」


 この()におよんで、なにを恐れているか。


 ハンジェンの言葉が呼び水となって、ゴーシュの頭に声が響く。彼自身の声が。


『半馬人として死にたいだけだろう、お前は』

『覚悟して来たにもかかわらず、お前は自分の魂を清潔に保とうとばかり考えている』

『だから、切り札も使えずにいる』

『お前は恐いんだ』

『自分が穢れるのが、なにより恐いんだ』


「違う!!」


 ゴーシュは立ち上がり、肩で大きく息をした。ハンジェンへと疾駆(しっく)しようとして、脚の激痛から転倒してしまった。


 嘲笑(ちょうしょう)が降ってくる。


「なにが違うというのだ? お前はなにも恐れてなどいないと?」


「ワタシは、嫌悪しているだけだ」


「嫌悪?」


 ハンジェンの足が止まる。その瞳は、残酷な興味に輝いていた。月光が(なめ)らかに、彼の格子縞(こうしじま)の上着を濡らしている。


 嫌悪している。自分で口にした言葉を、ゴーシュは心の正面から見据(みす)えた。


 そうだ、と小さく(うなず)く。


 ――そうだ、ワタシは嫌悪している。ルナルコンが生きていることを祝福出来ない自分を、嫌悪している。倫理の鎖に自ら脚を繋いでいる自分を、嫌悪している。


「だんまりか?」


 問うハンジェンを、ゴーシュは黙って見上げる。


 瞬間、ゴーシュの目は大きく見開かれた。憎悪でも、屈辱でもない。ただ、驚愕(きょうがく)によって。


 ハンジェンの背後に、飛び上がる半馬人の影を見えた。


慈母の一本槍(メーテル・ランス)!!」


 ハンジェンが大きくのけぞり、衝撃でゴーシュの頭上を越えて吹き飛ばされた。が、それをゴーシュの瞳が追うことはなかった。


 先ほどまでハンジェンの立っていた場所に屹立(きつりつ)する半馬人。彼女に意識のすべてを(そそ)いでいたのである。


「ルナルコン」


 なかば無意識の呟き。それが耳に届いたのだろう、ルナルコンは困ったように、寂しそうに、微笑した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ゴーシュ』→『灰銀の太陽』に所属する半馬人。清き魂は死を通過し、再び清き肉体に宿るというイデオロギーを信奉している。規則や使命を重んじ、そこから逸脱する発言や行為には強い嫌悪を示す。要するに四角四面な性格。言葉遣いは丁寧。腕を盾に変える魔術を使用。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『ルナルコン』→『灰銀の太陽』に所属する女性の半馬人。ツンデレ。腕を槍に変化させる魔術を使用。ゴーシュやファゼロとともに、クロエたちを救出した。『灰銀の太陽』のアジトへ向かう途中、デュラハンの引き付け役を請け負って以来、行方知れず。詳しくは『619.「半馬の助け」』『Side Runalcon.「いずこへ駆ける脚」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『慈母の一本槍(メーテル・ランス)』→腕を巨大な一本槍に変化させる技。部分的な変形魔術。半馬人のルナルコンが使用


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『グール』→一般的な魔物。鋭い爪で人を襲う。詳しくは『8.「月夜の丘と魔物討伐」』にて


・『デュラハン』→半馬人の住む高原に出没する強力な魔物。首なしの鎧姿で、同じく武装した漆黒の馬に乗っている。クロエに討伐された。詳しくは『621.「敬虔なる覚悟」』にて


・『異形(いぎょう)の穴』→樹海に空いた巨大な穴。身体的にハンデのある獣人を葬るべく、暗黙のうちに使用されている。詳しくは『807.「一度死んだ者たち」』にて

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