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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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Side Gorsch.「因果の糸を手繰り寄せ」

※ゴーシュ視点の三人称です。

 崩れ落ちたハンジェンから距離を取り、全身を満遍(まんべん)なく見下ろす。そんなゴーシュの瞳は、至極当たり前のように冷え切っていた。が、心は燃え上がっている。なんら複雑ではない、たったひとつの感情を燃料にして。


「リリー! 大丈夫か!?」


 倒れたリリーを抱きかかえ、クラナッハが焦りを隠すことなく言う。彼の膝がぶるぶると震えていることはゴーシュも分かっていた。彼の勇気と献身(けんしん)(たた)えたいところだったが、生憎(あいにく)そんな余裕はない。


「クラナッハ殿(どの)。彼女を安全な場所へ」


「あ、ああ」


 やり取りのさなか、ハンジェンが立ち上がる。頭を押さえ、苦しげに顔を(ゆが)めて。しかし、瞳には冷静な光が宿(やど)っていることをゴーシュは看取(かんしゅ)した。


「リリー、『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を命じ――」


 言葉が終わらぬうちにゴーシュは距離を詰め、盾と化した腕をハンジェンの顔面へと打ち込んだ。まだハンジェンの意識は完全ではなかったのだろう、その一撃が防がれることはなかった。


 ハンジェンの身がささやかな放物線を描き、地に落ちる。


「一対一だ、ハンジェン。誰にも邪魔はさせない」


 自分の声を聞きながら、ゴーシュは(かえ)って冷静になった。この男をここで殺すのは決まりきったことで、それ以外の物事は邪魔でしかない。


 クラナッハのもつれた足音と、リリーの嗚咽(おえつ)が遠ざかっていった。


「立て、悪党」


 ゴーシュの声が聞こえたのかどうかは判然としないが、ハンジェンは言葉の直後に立ち上がった。だらり、と腕を垂らし、わずかに前傾して。


 髪は乱れ、眼鏡もズレている。それでも眼光だけは真っ直ぐにゴーシュを射抜いていた。まるで獲物に食らいつく寸前のケダモノの様相(ようそう)である。


 ハンジェンのそうした姿は、すぐに一変した。彼は長い息をついて背筋を伸ばすと、眼鏡を整えた。目付きだけはそのままで。


半馬人(はんばじん)がどうしてここに?」


「お前を殺すためにここまで来た。……私の顔を覚えているか?」


 ゴーシュの問いに、ハンジェンは露骨(ろこつ)に考え込む素振りを見せた。「さあ、知らんな。半馬人の顔などいちいち記憶していない」


 その返答でゴーシュが激昂(げっこう)することはなかった。怒りはすでに分水嶺(ぶんすいれい)を越えて、もはや頂点に達している。憎悪もまた、彼の内部で飽和(ほうわ)していた。


 樹海に入ってから――(いな)同胞(どうほう)殺戮(さつりく)され、亡骸(なきがら)玩具(おもちゃ)にされた晩。それからずっと、ゴーシュの胸にはひとつの目的があった。


『黒の血族(けつぞく)』のひとりであるハンジェン。彼の息の根を止める。


 シンクレールとクラナッハを連れて末端(まったん)集落を出てからは、ひたすらにルドベキアを目指した。ハンジェンは現在『緋色(ひいろ)の月』に協力している唯一の血族であり、中央集落にいると考えたのである。


 道中(どうちゅう)でゴーシュたちは、竜人に出くわした。『灰銀の太陽』に協力している竜人ではなく、『緋色の月』に加入した者たちである。てっきり襲撃されるかと思ったが、彼らに戦意はなかった。


 竜人を『緋色の月』に導いたのがハンジェンであることは、ゴーシュも把握していた。そこで、もしや奴の現在地を知っているかと思ってたずねたのである。竜人たちも詳しくは分からないようだったが、ハンジェンが誰かを探していることと、彼の向かった先を示してくれた。それを真っ直ぐにたどった結果、ゴーシュは『異形の穴』の(ふち)に立つ二人を発見したのである。そしてシンクレール、クラナッハと簡単な打ち合わせを行い、行動を開始したのだ。


 こうした経緯の一切を、ハンジェンに対してつまびらかにする気はなかった。ただ、示しておきたい事実がひとつだけある。


「私は、お前が半馬人を殺して人形に変えた夜、相対(あいたい)した者だ。名はゴーシュ。冥土へ持っていけ」


「ああ」とハンジェンはつまらなさそうに呟く。「あのときクロエを連れて逃げ出した雑魚か。因果なものだな」


「そう、因果だ。お前が罪から逃れることは出来ない」


 ごき、とハンジェンが首を鳴らす。その身に魔力が溢れるのを、ゴーシュは感じ取れなかった。彼に魔力を感知する力はない。


「復讐のために私を追っていたのか? だとしたら愚劣極まりない。(みずか)ら死地に飛び込――」


 地を蹴り、ハンジェンの顔面目掛けて盾の一発を繰り出したのは、一瞬のことだった。


 先ほどよりさらに速度も鋭さもある攻撃だったが、今度はハンジェンの身体が吹き飛ぶことはなかった。ゴーシュの一撃は確かに彼の顔を(とら)えたのだが、ビクともしないのである。まるで鉄の(かたまり)を打ったように。


 二発、三発と素早く繰り返したのち、反撃を察知(さっち)したゴーシュは大きく後退した。事実、彼の読みは正しかったと言えよう。ハンジェンがちょうど(こぶし)を引いたところだったのだから。


(かん)はいい。が、貧弱だな。そもそも貴様の魔術は防御用だろう」


 ハンジェンの指摘は正しい。ゴーシュが両腕に展開している盾――狗馬の盾(ロイヤル・シルト)――は本来攻撃を(しの)ぐための魔術だ。


「せっかくだ、仲間に再会させてやろう」


 ハンジェンがしゃがみ込み、地に手をかざす。すると、(にわ)かに周囲の地面が青紫色の光を()びた。それらは一瞬のことで、すぐに光は収まったが――。


「ハンジェン……貴様!!」


 地面から這い出る腕、頭、身体、脚……。次々と半馬人が出現する。いずれの瞳にも光はなく、肉体的にも欠損がある。顔のない者までいた。


「数が減ってしまったのが残念だが、恨み(ごと)はクロエにぶつけるといい。私の貴重な死体は彼女に壊されてしまった。しかし――」


 地面から這い出たのは半馬人だけではなかった。種々(しゅしゅ)様々(さまざま)な獣人と、竜人。半馬人と比較して欠損はほとんどなかったが、一様(いちよう)に目の光はなかった。眼球には(にご)った乳白色の(まく)が張っている。


「手駒は存分に手に入った。貴様を蹂躙(じゅうりん)する程度、なんの問題もない」


 獣人、竜人、そして半馬人が、ゆらり、とゴーシュへ(せま)る。どれも生前ほどの力も速さも持たないものの、いかんせん数が多過ぎた。ざっと数えるだけでも半馬人が三体、獣人が六体、竜人が四体。ハンジェンの言葉を(かんが)みるに、これですべてではない。まだ手持ちはあるのだろう。


 ゴーシュは盾の(ふち)で、獣人――タテガミ族の肉体を切り裂いた。が、真っ二つにすることは当然出来ない。いかに死体といえども、筋肉の分厚さは名残として存在する。ゆえに、ゴーシュは後退を余儀(よぎ)なくされた。


 迫る亡骸の攻撃をかわしてハンジェンへと接近しようとしたが、ゴーシュは二の足を踏んだ。二体の竜人がハンジェンのそばで屹立(きつりつ)していたのである。


 迂闊(うかつ)に飛び込めばどうなるかなど容易に想像出来る。ハンジェンへと(いた)る前に(はば)まれ、傷を()うのはこちらだ。


反吐(へど)が出るほどの卑怯者め」


「ご挨拶だな、馬。私は魔術師だ。魔術を駆使してなにが悪い。貴様も魔術に頼って戦っているではないか」


 獣人の爪がゴーシュの頬を(かす)めた。馬体では小回りは難しい。この場を離れずに戦うとなると、傷は増える一方だろう。一旦退避することも可能ではあるが、リスクは計り知れない。わざわざ自分を追ってきてくれる保証などどこにもないのだ。リリーとクラナッハへ標的を変更されたら厄介なことになる。彼らを回収して退避するとなれば、シンクレールが危なくなる。


 ――いずれにせよ、ゴーシュにとっては自分以外の誰かがハンジェンの毒牙にかかるなど、想像するだけで耐えがたい苦痛だった。


 決断は楽に出来た。そもそも、背を見せる選択肢など彼の思考からは消えている。


 亡骸を蹴散(けち)らすのなら盾では不十分だ。


 ゴーシュの呼吸が変化する。数歩後退した彼に、一列縦隊(じゅうたい)になって亡骸が迫った。否、そのような陣形になるように誘い込んだだけのことだ。ハンジェンのそばにいる竜人を除き、亡骸の動きは単調で、標的に真っ直ぐ向かっていくだけだから。


 盾が解除される。と同時に、彼は前傾した。一瞬のまばたきで訪れた闇に、()る半馬人の面影が浮かぶ。


厳父の一本槍(オーディン・ランス)!!」


 魔力を(まと)ったゴーシュの右手が、銀に輝く円錐状(えんすいじょう)の槍へと変化した。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ゴーシュ』→『灰銀の太陽』に所属する半馬人。清き魂は死を通過し、再び清き肉体に宿るというイデオロギーを信奉している。規則や使命を重んじ、そこから逸脱する発言や行為には強い嫌悪を示す。要するに四角四面な性格。言葉遣いは丁寧。腕を盾に変える魔術を使用。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『クラナッハ』→灰色の毛を持つ獣人(オオカミ族)。集落には属さず、『黒の血族』であるリリーとともに行動していた。気さくで遠慮がない性格。二度クロエたちを騙しているが、それはリリーを裏切ることが出来なかった結果として行動。可哀想な人の方でいたいと日頃から思っている。詳しくは『613.「饒舌オオカミ」』『650.「病と飢餓と綿雪と」』


・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『ハンジェン』→リリーに仕える壮年の『黒の血族』。言葉遣いは丁寧だが、冷酷無比な性格。死霊術を得意とする。リリーとともに夜会卿の支配する街を脱出し、『落人』としてグレキランス地方にやってきた。現在はリリーを裏切り、『緋色の月』に協力している。詳しくは『617.「リリーとハンジェン」』『630.「たとえ愚かだとしても」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『半馬人』→上半身が人、下半身が馬の種族。山々を転々として暮らしている。ほかの種族同様、人間を忌避しているが『命知らずのトム』だけは例外で、『半馬人の友』とまで呼ばれている。察知能力に長け、人間に出会う前に逃げることがほとんど。生まれ変わりを信仰しており、気高き死は清い肉体へ転生するとされている。逆に生への執着は魂を穢す行いとして忌避される。詳しくは『436.「邸の半馬人」』『620.「半馬人の友」』にて


・『竜人』→全身を鱗に覆われた種族。蛇に似た目と、鋭い爪を持つ。王都の遥か西にある山脈に生息している。弱者には決して従わない。鱗の色で階級が二分されており、『純鱗』は気高く、『半鱗』は賤しい存在とされている。詳しくは『626.「血族と獣人」』『幕間.「青年魔術師の日記」』にて


・『タテガミ族』→獣人の一種。男はタテガミを有し、女性は持たない。獣人たちの中央集落『ルドベキア』はタテガミ族の暮らす地


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』→周囲の無機物を操作する呪術。リリーが使用。初出は『618.「大人物の愛娘」』


・『狗馬の盾(ロイヤル・シルト)』→両腕を盾に変化させる魔術。半馬人のゴーシュが使用。初出は『629.「二重の追手」』


・『異形(いぎょう)の穴』→樹海に空いた巨大な穴。身体的にハンデのある獣人を葬るべく、暗黙のうちに使用されている。詳しくは『807.「一度死んだ者たち」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて

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