表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
1073/1470

Side Lily.「苺と遊戯と」

※リリー視点の三人称です。

「ああ、もう! なんなんですのコレ!!」


 リリーは苛立(いらだ)っていたし、混乱もしていた。むしゃくしゃと頭を()き、感情そのままに顔を(ゆが)める。彼女が魔術で作り出した空間の壁際(かべぎわ)で、そんな光景がもう何度繰り返されたか分からない。


「おねえちゃん弱ーい!」

「次は勝てるよ!」

「きゃきゃきゃ、面白~い!」


 獣人の子供たちにこうして(はや)されるのも、もはやお決まりの流れだった。彼らを(なが)める父母の視線には、もうすっかり不安げな(けん)がなくなっている。楽しそうに遊ぶ子供へ向ける、やんわりした眼差(まなざ)しへと変わって久しい。


「もう一回よ!!」


 リリーは木製の(ばん)を挟んで向かい合った子供に、人さし指を立てて挑む。相手は「しょうがないなぁ」なんて言いながら、盤上に散った小石を回収する。これもまた、お決まりの流れだった。




 クロエたちが去ったあとの『骨の揺り籠(カッコー)』で、リリーは(すみ)やかに行動を開始した。残った住民全員が入れる空間を絶壁の内部に作り出し、そこに住民を誘導したのである。満足に動けない者には彼女が積極的に手を貸し、生活必需品や食料を運び入れ、ようやく籠城(ろうじょう)が完了したのは夕方になってからだった。それからは手持無沙汰(ぶさた)になり、子供たちが(きょう)じていた遊戯(ゆうぎ)――白と黒の小石をそれぞれ手駒とし、交互に盤上へ打って先に同種の駒を五つ並べた側の勝ちという単純なゲーム――に割って入ったのである。


 最初は子供たちもリリーを怖がっていたのだが、次第(しだい)()れ、今ではすっかり打ち()けている。子供たちのそうした反応や、リリーのこだわりのない態度に接するうち、徐々(じょじょ)に大人たちも彼女の存在に馴れていった(ふし)がある。


「さあ、そろそろ寝る時間だよ」


 遊戯に興じる子供たちに、老いた獣人が声をかける。


「おねえちゃんも一緒に寝よっ!」と目を輝かせる子供に、リリーは得意気な表情を浮かべてみせた。


「ふふん。ワタクシは高貴(こうき)なる者の責務(せきむ)があるんですのよ。ここからは大人の時間。子供は早く寝なさいな」


「おねえちゃんも子供だもん!」


「失礼しちゃうわ! ワタクシは一人前のレディよ!」


 クスクス笑いをしながら親のもとへと行く子供たちを目で追い、リリーは少しばかり気分が良くなった。朝からずっと働き詰めで疲れているのは事実だが、それを補って余りある満足感が彼女の胸を満たしていた。


 リリーが作り出した空間には、大小様々(さまざま)な部屋がある。食糧庫がひとつ、寝室がよっつ、居間がみっつに、大部屋がひとつ。トイレ用の、縦穴(たてあな)付きの空間がふたつ。そして現在リリーのいる、壁一枚(へだ)てて絶壁と接している監視用の部屋。これで全部だ。監視用の空間をやや広めに作ったのは、単に彼女が小部屋を(この)まないからで、戦略的な意図(いと)などまったくない。彼女は四六時中(しろくじちゅう)そこに(ひか)えているつもりで、なるべく心理的負担の少ない広さを選んだだけのことだ。なにか異常事態があればすぐにほかの空間と隔離(かくり)出来るよう、通路は細く長く作ってある。


「ふぅ」とリリーは息をつき、伸びをした。そして自分の(ほお)をぺちぺちと叩く。


「踏ん張るのよ、リリー」


 長い夜に負けてしまわないよう、自分自身を励ます。子供も父母も老人も、すでに監視部屋を去っている。たったひとりじゃなければ決して口に出すことはなかった言葉だ。


 今の『骨の揺り籠(カッコー)』内で、魔物や『緋色(ひいろ)の月』と戦えるような存在はリリーだけである。だからこそ彼女は責任を感じていたし、それを自分の力にもしていた。


「リリーさん」


「っ!!」


 急に通路から姿を現したのは、犬によく似た獣人――ラップである。


「びっくりしたじゃない! 急に話しかけないでくださる!?」


「あ、ご、ごめんなさい……」


 しょんぼりと(うつむ)くラップに、リリーはなんとなくばつ(・・)の悪さを感じた。


「どうしたの? もう寝る時間じゃなくって?」


「あ、いや、伝えておきたいことが……」


 歯切れの悪い喋り方は、リリーの好むところではない。はっきりと言えばいいのに、とどうしても内心で苛立ってしまう。


「なにかしら。ワタクシの作った空間に文句でも――」


「みんなすごく喜んでます。リリーさんがいてくれて助かった、って。それだけを伝えたくって……」


 はにかむラップを見つめ、彼女は頬が熱くなるのを感じた。


「ふ、ふん! 当然でしょ! 高貴なワタクシにかかればアナタがたを喜ばすなんて造作(ぞうさ)もなくってよ!」


 心がぽかぽかと温かい。頬がとろけてしまいそうになる。素直になるのが無性(むしょう)に恥ずかしくて、リリーは腕組みをしてラップから顔を()らした。


「あの、これ」と、ラップはいそいそと手を突き出す。木製の皿の上には、小さな赤い実が乗っていた。


「イチゴ……」


 リリーは呆然(ぼうぜん)と、その果物の名を呟いた。ほとんど無意識に。


 彼女の大好物なのだ、イチゴは。


「が、崖の上に、イチゴの()ってる場所があって、た、たまに谷に、その、落ちてきたりして、えと、今日たまたま落ちてて……」


「……ワタクシ、イチゴはちょっと苦手なの。だから、子供たちにあげるといいわ」


「え、あー……ええと、獣人はイチゴを食べられないんです、全員。そ、それに、これひとつきりだから、子供に見せると喧嘩になってしまうから……」


 見え()いた嘘に、リリーは思わず苦笑した。そして、少し感心もした。不器用ではあるけれど、なかなか気持ちのいい嘘だったから。


「り、リリーさん、朝からなにも食べてないんじゃ……」


「ふん。アナタがたに隠れてご馳走(ちそう)を食べてるのよ、ワタクシは。器用に」


 折悪(おりあ)しく、リリーのお腹が『くうぅぅぅぅぅぅ』と鳴る。間延(まの)びした音はひどく長く鳴って、ラップは顔を引きつらせていた。笑う一歩手前で踏みとどまったらしい。


「今のは怪物の鳴き声よ。ちょうど壁の外に張り付いているのよ」


「ぶふっ」と、ラップはついに()き出した。


「笑ったわね!?」


「い、いや、あはは、だってあんまりにも素直じゃないから、あはははは!」


 末代(まつだい)までの恥だ、と思う一方で、リリーは自然と表情が(ゆる)むのを感じた。ラップ相手に意地を張っても仕方ない、と。


「降参よ。ありがたくいただくわ」


「え、ええ、どうぞ」


「ん……()っぱくて美味しい……」


「そ、それは、よかったです」


 イチゴを食べるのは随分(ずいぶん)と久しぶりだった。父と二人で暮らしているときは頻繁(ひんぱん)に食べたものだ。近所でイチゴを育てていて、よく分けてもらっていたのである。


 (なつ)かしい記憶が彼女の表情を、少しばかり思慮(しりょ)深くさせる。父と暮らした年月と、現在。その(あいだ)に横たわる隙間が、どうしたって記憶に影を落としてやまないのだ。


「ぼ、僕は」ラップは足を引きずってリリーの(そば)まで来ると、彼女がそうしているように、壁にもたれて座った。「今が一番、楽しいです」


「どうしたんですの、急に」


「あ、いや」と彼は恥ずかしそうに両手を胸の前で振った。「こ、この状況が、じゃなくって、『骨の揺り籠(カッコー)』に来てからが、って意味で……」


 リリーは「ふぅん」と口を(とが)らせ、口のなかに残るイチゴの酸味を味わった。


「村にいたときは、あんまり、その、いい思いをしたことがなくて。ぼ、僕、(じつ)は、こんな足じゃなかったんです、もともと。は、母が病気で、すごく、その、(けむ)たがられていて、だから……二人で、穴に飛び込んで……」


 そして足を負傷した代わりに、母が(しいた)げられない居場所を手に入れた。ラップの言葉は途中で尻すぼみになって消えたが、リリーは全部を聞かずとも彼の境遇(きょうぐう)を把握した。


 しかし、同情はない。自分から死のうとするだなんて、リリーにとっては決して認めることの出来ない考えだったからだ。


 沈黙が続くものだから、リリーは仕方なしに励ましの言葉でもかけてやろうと口を開いた。


 ――が、彼女の(のど)から(あふ)れたのは、慈愛(じあい)に満ちた(なぐさ)めでも、つっけんどんで不器用な慰藉(いしゃ)でもない。


「離れて!!!」


 ラップの身体を突き飛ばした。その直後――。


 轟音(ごうおん)とともに壁が吹き飛んだ。岩の欠片(かけら)がリリーの身体にいくつかの傷をつけ、そこから血が流れた。


「ようやく見つけた。ご機嫌いかがかな、高貴な高貴なお姫様」


 ()ぎはぎの家屋(かおく)を背景に、丸眼鏡をかけた怜悧(れいり)な顔立ちの男が立っていた。

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『リリー』→高飛車な笑いが特徴的な、『黒の血族』の少女。自称『高貴なる姫君』。『緋色の月』と関係を築くべく、『灰銀の太陽』をつけ狙っていた。無機物を操作する呪術『陽気な浮遊霊(ポルターガイスト)』を使用。夜会卿の愛娘を名乗っていたが実は嘘。彼女の本当の父は夜会卿に反旗を翻し、殺されている。夜会卿の手を逃れるために、彼の支配する街から逃げ出した。詳しくは『616.「高貴なる姫君」』『708.「亡き父と、ささやかな復讐」』にて


・『ラップ』→犬に似た獣人。片足にハンデがある。病の母とともに『異形の穴』へ身投げした過去を持つ。臆病な性格。詳しくは『811.「捨てる者、捨てられる者」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『骨の揺り籠(カッコー)』→身体的ハンデから、口減らしの目的で『異形の穴』に捨てられた獣人のうち、生き残った者たちで作り出した集落。『異形の穴』の底に存在する。詳しくは『第五話「緋色の月~③骨の揺り籠~」』にて

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ