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花嫁騎士 ~勇者を寝取られたわたしは魔王の城を目指す~  作者: クラン
第三章 第五話「緋色の月~④獣の国~」
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840.「嗤う共通敵」

『本書状を持つ者および組織に対し、グレキランスは無条件で保護する。

 本書状を持つ者および組織が領地(りょうち)を主張する場合、グレキランスは一切の権利を放棄(ほうき)し、干渉(かんしょう)を禁ずる。

 本書状を持つ者および組織がグレキランスへの接触を(こころ)みた場合、グレキランスは真摯(しんし)(おう)じるものとする。

 本書状を持つ者および組織がグレキランスへの交易(こうえき)(もう)し出た場合、グレキランスは公正平等な交渉を行う。

 上記条項(じょうこう)遵守(じゅんしゅ)されない場合、グレキランス王に(せき)があるものとし、本書状を持つ者および組織に断罪(だんざい)の権利が認められる。グレキランス王はこれを拒否する権利を(ゆう)さない。』


 これが紙面(しめん)の内容だ。他種族代表との顔合わせの直後、トロールの待機(たいき)していた谷でシャオグイからこの紙を渡されたことを覚えている。(げん)グレキランス王の署名(しょめい)を取ってくるよう、彼女は要求したのだ。


 大層(たいそう)なことが書かれているが、大臣のデミアン(いわ)く、グレキランスの領内(りょうない)認知(にんち)されている村や町は、例外なくこの誓約書を持っているらしい。つまり、あくまでもグレキランスではありふれた約束事というわけだ。


 紙面に(そそ)がれたゾラの眼差(まなざ)しは、真剣さと驚きに満ちていた。それ以外の感情が全部消え去ってしまったかのように。


偽物(にせもの)ではありませんよ」とヨハンは念を押す。


 ゾラは視線を紙に固定したまま答えた。「……見間違えるわけがなかろう」


 無防備な、呆然(ぼうぜん)とした声だった。


「この書状をぶら下げて自治体(じちたい)の宣言をすれば、グレキランスはあなたがたを認めざるを得ません。良かったですね。人間側が勝利すれば、あなたがたは人間側の世界に対して聖域(せいいき)を持つことが出来るのです。交易(こうえき)(ふく)めた対等(たいとう)な利害関係を結ぶことも、もちろん可能というわけですな」


 言葉を切り、ヨハンはぐるりと室内を見渡した。黄金(おうごん)が黒山羊の(まなこ)()える。「貴方(あなた)が集めた宝物(ほうもつ)も本来の価値が()まれますね」


 ゾラの過去について、わたしはほとんど知らない。知っていることといえば、勇者一行(いっこう)として一時期(いちじき)ルドベキアを去ったことくらいだ。財宝を集めた理由も、聖域にこだわる原因も知らない。が、その答えの一端(いったん)が今のゾラの態度(たいど)(あらわ)れているように思えた。


 獣人の――というより他種族の――土地を認め、権利を認め、対等な立場であると認知する。そんなこと、どう考えても今のグレキランスでは実現不可能に思える。が、ヨハンの手にした一枚の紙は、少なくとも形式上はそれを可能にするものだ。


 他種族の自治体を認めることについては、一度目に『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』を訪れたとき、わたしが交渉材料として叫んだっけ。けれどゾラは()に受けてくれなかった。それは興味がなかったからではなくて、むしろ逆だったのだと今は痛感(つうかん)している。あまりにも切実な問題だからこそ、わたしの口約束など信じてはくれなかったのだ。


 ゾラの返事はない。薄く口を開いたまま、じっと紙面を見つめているだけだ。


「さてさて、これで貴方(あなた)がたは血族(けつぞく)が勝利しても人間が勝利しても一定の土地を得ることになるわけです。(じつ)に有利な立場ですなぁ。まあ、血族が勝った場合に貴方がたが得るのは土地だけで、それ以上の交渉権やら安全の保証は(ふく)まれませんがね。せいぜい引きこもる場所を得るだけで、侵略(しんりゃく)されるリスクそのものは消えないわけです」


 ヨハンはつらつらと並べ立てる。ゾラは一切口を(はさ)まなかった。


「人間が勝利するほうが貴方(あなた)がたの取り分は多くなるのですが、まあ、それは結果論なので(わき)に置いておきましょう。大事(だいじ)なのは先ほども(もう)し上げた通り、まったく損のない話がここにあるという点です」


 ゾラにしてみればそうだろう。共通の敵を討つという選択をすれば、物事がどう転んでも大枠(おおわく)では利益が入る。血族だけに協力して、一か八かの戦いに打って出るよりずっと有利なはずだ。


 それにしても……ヨハンめ。やっぱり影でこそこそ動いていたわけか。というか、シャオグイがわたしに誓約書(せいやくしょ)(たく)すことも含めて、全部が彼の手のひらの上だったに違いない。ヨハンは今日この瞬間の交渉を現実のものとするために、シャオグイを動かしたんだろう。すると、彼女がトロールの待機していた谷に現れたのも偶然(ぐうぜん)ではないわけだ。


 腹立たしいやら、()()ないやら。色々な感情を通り越して、なんだかわたしは脱力してしまった。


 やがてゾラは倒れ込むように玉座へと戻り、(まぶた)(ゆび)で押さえた。


貴様(きさま)の言う『敵』とやらを討てば、戦局がどう転ぼうと我々は利益を得る。……そうだな?」


「ええ。非常に美味しい話です」


 黒山羊の口元に浮かんだニヤニヤ笑いを見て、なんだか苦笑しそうになってしまった。


 これで話が決着すれば、と思う。そしてヨハンのことだから、交渉の行方(ゆくえ)などとっくに見えているだろう。


「貴様らの言い分は承知(しょうち)した。が、それを()むことで別のリスクがある」


「と言いますと?」


「人間側からも利益を受け取るなど、血族が承知するはずがない。いや、そもそも共通の『敵』とやらに注力(ちゅうりょく)すること自体、血族と合意の取れる話だとは――」


「その点はご心配なく。血族の大将(・・)には了承を取っておりますので」


 ヨハンは誓約書をくるくると巻きなおすと、きっちり(ひも)(くく)った。


「大将」とゾラが繰り返す。


 戦争において、血族をまとめ上げる大将。それが誰かなんて見え()いている。


「ニコルさんですよ。今回の件は彼の承諾を得ています。もちろん、貴方(あなた)がたの意志次第(しだい)ではありますが」


 やっぱりニコルか。するとヨハンは、わたしが『灰銀(はいぎん)の太陽』に協力して方々(ほうぼう)を旅している(あいだ)に、ニコルと接触したのだろう。


 なんでそんな危険な真似(まね)を、と(あき)れてしまう。たとえ今回の交渉に必要だとしても、あまりにもリスクが高いじゃないか。下手(へた)をすれば命を落としていたかもしれない。今のヨハンがわたしの味方として動いていることはニコルだって見通しているだろう。


 そんなふうに思う一方で、ちょっと感心もする。ヨハンは決して下手(へた)を打たなかった。その結果が、ここに立つ黒山羊(くろやぎ)というわけだ。そして彼が無事、こうして余裕たっぷりに交渉を繰り広げている事実に納得してもいるわけで、つまりわたしはそれなりにヨハンという男を理解しているし信用してもいるのだろう。だからといって彼の極端(きょくたん)な秘密主義を許したわけじゃないけど。


 ゾラはたっぷり一分ほどの沈黙を置いて、(おごそ)かに言う。「それで、『敵』とはなんだ」


「我々のルーツにかかわる存在ですよ」


 言って、ヨハンはゾラの手元を(ゆび)さす。「それは小人の歴史書ですね?」


「ああ、最古の歴史書だ」


 返事を聞き、ヨハンはにこやかに笑う。なのにどこか皮肉(ひにく)っぽい()みに見えてしまうのは、彼が山羊顔だからだろうか。


「それはそれは、良い物を手に入れましたな。垂涎(すいぜん)のお宝ですよ。中身はご(らん)になりましたか?」


「いや、まだだ」


「するとこれから、囲っている小人さんたちを(しぼ)り上げて、書物の中身を堪能(たんのう)するわけですか」


 おお怖い、とわざとらしく呟いて、ヨハンは大袈裟(おおげさ)に身震いしてみせた。


貴様(きさま)にどうこう言われる筋合(すじあ)いはない」


「失礼、ただの感想です。()しからず」


 ……本当に悪質な性格だ。まあ、ゾラもゾラで物騒(ぶっそう)(きわ)まりないけど。


 そういえばグリムは今頃(いまごろ)どうしているだろう。歴史書がゾラの手に渡ったことを長老に報告しに行くとか言ってたけど……。


「それで、『敵』とは?」


「そこにある歴史書にも深くかかわっているであろう人物ですよ」とヨハンは平然と口にする。


 小人の歴史書がどれほど過去の時点で書かれたのか知らないが、装丁(そうてい)はそう古くは見えない。が、全体が魔力を()びていることから、おそらくは状態を保存する魔術かなにかが(ほどこ)してあるのだろう。となると百年や二百年、いや、それよりも古いかも。そんな時代を生きた人物が今も存在するとは考えにくかった。


「先に断っておきますが」とヨハンは続ける。「事によると、『緋色の月』は全滅する可能性があります。『敵』はそれほどに強大ですから。もちろん、貴方が最終的に同意していただければそれなりの助力(じょりょく)は約束しましょう」


 息継(いきつ)ぎをして、ヨハンは()みを消した。彼のまとった雰囲気も急激に引き()まる。


 やがて彼は、(おごそ)かに()げた。


「貴方に討伐(とうばつ)していただきたいのは、初代グレキランス王の弟です。我々の仇敵(きゅうてき)だ。名は、オブライエン」

発言や単語が不明な部分は以下の項目をご参照下さい。

登場済みの魔術に関しては『幕間.「魔術の記憶~王立図書館~」』にて項目ごとに詳述しております。

なお、地図については第四話の最後(133項目)に載せておりますのでそちらも是非。



・『ニコル』→クロエの幼馴染。魔王を討伐したとされる勇者。実は魔王と手を組んでいる。クロエの最終目標はニコルと魔王の討伐


・『グリム』→『岩蜘蛛の巣』に暮らしていた小人。かぶっている間は姿を消せる帽子型の魔道具『透過帽(とうかぼう)』を持つ。竜人の至宝とも言える存在『竜姫』の結婚相手。詳しくは『597.「小人の頼み」』『第四話「西方霊山」』にて


・『老小人』→小人の長。「エー」が口癖。人間をひどく嫌っている。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『デミアン』→王都襲撃の日を生き残った大臣。小太り。詳しくは『590.「不思議な不思議な食事会」』にて


・『ゾラ』→別名、『獣化のゾラ』。勇者一行のひとりであり、『緋色の月』のリーダー。獣人(タテガミ族)の長。常に暴力的な雰囲気を醸している。詳しくは『287.「半分の血」』『336.「旅路の果てに」』『702.「緋色のリーダー」』『790.「獣の王」』にて


・『シャオグイ』→生息圏、風習、規模も不明な他種族である、オーガのひとり。千夜王国の主。『緋色の月』に所属しながら『灰銀の太陽』への協力を誓った。一時期シャルという偽名を使っていた。詳しくは『750.「夜闇に浮かぶ白い肌」』にて


・『オブライエン』→身体の大部分を魔力の籠った機械で補助する男。王都内の魔具および魔術関連の統括機関『魔具制御局』の局長。自分の身体を作り出した職人を探しているが、真意は不明。茶目っ気のある紳士。騎士団ナンバー1、紫電のザムザを使って毒食(どくじき)の魔女を死に至らしめたとされる。詳しくは『345.「機械仕掛けの紳士」』『360.「彼だけの目的地」』にて


・『小人の歴史書』→コロニーの長が代々書き残す歴史書。子孫繁栄よりも大事な仕事らしい。詳しくは『285.「魔女の書架」』にて


・『黒の血族』→魔物の祖と言われる一族。老いることはないとされている。詳しくは『90.「黒の血族」』にて


・『小人』→人間とは別の存在。背が低く、ずんぐりとした体形が特徴。その性質は謎に包まれているものの、独自の文化を持つと語られている。特に小人の綴った『小人文字』はその筆頭。『岩蜘蛛の巣』の小人たちは、人間を嫌っている様子を見せた。詳しくは『第七話「岩蜘蛛の巣」』にて


・『トロール』→よく魔物に間違えられる、ずんぐりした巨体と黄緑色の肌が特徴的な種族。知能は低く暴力的で忘れっぽく、さらには異臭を放っている。単純ゆえ、情に厚い。『灰銀の太陽』に協力。詳しくは『741.「夜間飛行」』にて


・『灰銀の太陽』→半馬人を中心にして形成された、他種族混合の組織。『緋色の月』に対抗するべく戦力を増やしている。詳しくは『第三章 第一話「灰銀の太陽」』にて


・『緋色の月』→獣人を中心として形成された組織。人間を滅ぼし、血族と他種族だけになった世界で確固たる地位を築くことが目的とされている。暴力的な手段を厭わず、各種族を取り込んでいる。詳しくは『610.「緋色と灰銀」』『625.「灰銀の黎明」』『626.「血族と獣人」』にて


・『黄金宮殿(ザハブ・カスル)』→獣人たちの中央集落『ルドベキア』の中心にある宮殿。玉座には財宝が大量に集められている。歴代酋長が使用する私室や、浴場、ゲストルームが存在する。全体に魔術除けが施されており、魔術を一切通さない。詳しくは『787.「青き魔力の光」』『788.「黄金宮殿」』にて


・『ルドベキア』→獣人の集落のひとつ。もっとも規模が大きい。タテガミ族という種が暮らしている。『緋色の月』はルドベキアの獣人が中心となって組織している。詳しくは『608.「情報には対価を」』『786.「中央集落ルドベキア」』にて


・『グレキランス』→通称『王都』。周囲を壁に囲まれた都。詳しくは『第九話「王都グレキランス」』にて

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